5.休息

 一通り家事を終え時刻は15時半。

 神のいたずらか、達志のいたずらかはわからないがちょうど競馬のメインレースの時間。私が予想した馬のレースが始まる。今は暇なので競馬中継でもつけて結果を見ておこう。

 ちょうど馬がターフに出たところか。ゲートの前に馬が集まる。

 清々しい姿であり勝負前の顔をしている馬の面々達が映し出される。競馬は賭け事ではなくスポーツだと達志は言っているが、素人からすると賭け事にしか見えない。ただ、昨今の競馬ブームで若者の参入。一般的な世の中に浸透し、メジャーになっていることを考えるとスポーツと言えるのかもしれない。


「各馬ゲートイン完了。スタートしました」


 どうやらスタートした。競馬の実況は凄い。レースの状態を伝えるために先頭から馬の名前を伝えていく。私からするとすべて同じに見える。色分けされていようが同じだ。

 蹄の音がテレビ越しから聞こえてくるので、少しは気になる。


 一生懸命に走っている


 なぜそこまで一生懸命走るのか


 そんなことはわからない


 とりあえずボーっと見ていたらレースは終わった。1が一着で来た。


「あれ、当たった」


 私が買ったのではないが、達志に伝えた番号が的中した。すぐさま連絡が来た。


(ありがとう一点買い成功)

(俺は本当に人の競馬を当てるのは上手いらしい)

(大勝ちよほんとうに)

(それはよかったことで)

(おごってやるから。いつもの駅集合な暇だろ。18時な)

(いや、暇とは)

(おごってやるから)

(わかった)


 彼に押されてしまった。おごってもらえるのであれば行かない選択肢はないし一人でいても暇なだけか。私はそう思い家事をとっとと終わらせることにした。



 時間が近くなったので駅に少し早いが到着した。

 果たして勝利した男から奢って貰える飯は美味いのだろうか。彼が奢ってくれる時点でかなりの大勝ちである事には変わりはない。呼び出された駅にて待っているのだが、やはり職業病。警備の雰囲気になってしまう。

 繁華街近い故に若者は多い。夜近くても学生服は散見する。補導する年齢ではないとはいえ、気にしてしまうところがある。


「警官は一生警官…か」


 この肩書きは普段の生活で消えることは無い。呪縛と捕らえるか誇示と捉えるかは人それぞれ。私はおそらく呪縛だ。とても嬉しくて人に自慢できるような肩書きとは思っていない。

 パトロール中は人の目が痛いからというのもある。人の視線に質量は無いはずなのに向けられた視線には痛みを伴う。


「いかんな。こんなこと考えるのは」


 折角ご飯を食べに行くのにネガティブな考えを持つのは疲れてる証拠だ。体ではなく心がな。

 体を鍛えたところで心は生身。そういうことだ。


「しけた顔してんな」

「うるさいな」

「こんなに人がいるのに負のオーラ出されるとねすぐ分かるんだよ。疲れてるねぇ」

「まあな。お前とは違って楽観主義とは言えないからな」

「言ってくれるね〜今日は特に機嫌いいよ」

「そりゃそうだろ。ほれ、行くぞ」

「(ボソッ)お前だって昔は明るかったのにね」

「ん?」

「はい!行こう!」


 こいつなんか言ってた気もするがどうせくだらないことだろう。

 私達は駅前の信号を渡り飲食店街へ。様々なお店があって悩ましいがこういう時は焼肉というのが相場。色んな匂いが鼻腔を刺激するが焼肉の匂いというのは1発で分かってしまうもの。

 それはこいつもだろ…


「パスタ」

「殴るぞ」

「え!なんでだよ!」

「目の前が焼肉屋で何言ってんだお前」

「それは本当に焼肉屋か?幻想なのでは」

「お前の頭が幻だ。やかましい」

「さすがは俺のボケにツッコミ慣れてらっしゃる。さぁ、焼肉屋へ」

「結局焼肉かい」


 私達は店員の指示に従って席へ着席。適当に肉と酒を頼んで待機した。


「競馬ありがとうございました」

「まさか当たるとはな」


 競馬で当たった金で食わせて貰うんだ感謝はしておこう。


「奢ってくれるとは思わんかったがな」

「日頃の感謝よ。そして、お前…何があった」

「え、」


 急に顔付きが変わった。なんなんだ


「おいおい、何年の付き合いだと思ってんだ。駅でお前を見つけた時にちょっと観察したよ。暗いんだよオーラが」

「オーラって、そんなもので」

「でも否定してないだろ。何があった?って質問に」


 こいつはよく見てるな。もちろん事件の詳細を伝えることこそNGではあるものの、世に出ている情報くらいは言っても問題ない。いや、彼はそんなことよりも私の心のつっかえを言えということなのだろう。


「ん~事件は言えない」

「そんな堅苦しい話聞かねえよ」


 やはりそうか。俺は実際に何に疲れているのかまとめてみることにした。単に体が疲れているというわけではない。心も少々疲れている。華舞伎町という日本一眠らない街で勤務しているんだから疲れないわけない。病むまでは行かない。それはいいのだが、やはり川崎の話はなぜか引っかかる。私達が逮捕したことで彼の人生は不幸になるかもしれない。果たして俺の正義は合っているのか。そこに疑問を抱き始めている。


「整理できたかな?」

「あぁ」


 俺は現在思っていることを達志に吐露した。事件のことは世に出ている範囲までの話。


「川崎って子の事件は面白いな」

「面白いって何が」

「終わらない気がするんだよ簡単に」

「考えすぎでは」

「競馬を当てた男の勘ってやつよ。警察官さん」

「頼りにならん」


 俺だってこのまま終わるとはあまり思っていない。確証はない。そう。なぜかこの事件は私において気になる部分が多いからこそ心に残る。

 こいつに話したことで俺は少し楽になった。私が気になっていることが何も悪い方向に行かなければいいのだが。


「ま、肉食うか」

「そうだな」


 束の間の休日を過ごした。

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