その景色ごと

 ある画家が予約を取り、食事をしていった。

「昔見た景色が思い出したくて」

 しかしよほど古い景色だったのか、それともさほど強烈な記憶ではなかったのか、画家はたびたび店を訪れ、食事をしていった。

 気になったウエイターは画家の名前を聞き、近々開かれるという彼の個展に行ってみた。

 決して大きいとは言えないが、それでも並んだ絵の価格はかなりの物で、驚くことに既に数枚は売約済みの札が貼られていた。

「金持ちが買うんだろうかねぇ、俺には遠い世界だ」

 そう言いながらさらに展示を見て回ると、ちょうど店に来た頃に書いたと思われる絵を見つけた。

 それは、幾重にも幾重にも濃度の異なる青い絵の具で彩られた女性が、指にはめた指輪を愛おしそうに眺めている絵だった。

 しかし、よくみても女性の顔がぼやけている。

 確かに笑顔であることは見て取れる。しかし、まるでそこだけにじんでしまってきちんと描かれていないように見えた。

 しかしウエイターは絵の題名を見て、納得した。


『涙の記憶』

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