最強JK&幽霊娘と過す夏休み。俺の住んでいる町では信じられたものが具現化するらしい。【想造獣】
雨有 数
凡人と鉄仮面と幽霊と
第1話「今日、俺はここで死ぬ」
息が荒い。
呼吸する度に喉が焼けるようだった。それは経験したことがない異常が目の前で起きているからだろう。
俺はどこにでもいる高校生。それも、ドがつくほどに平凡な人間だ。
そんな俺が直面しているのは、十七年という短い人生でもっとも恐ろしく理解できない事態だった。
たらりと、汗が頬を伝う。
夏場だというのに皮膚を這う汗はいやに冷たい。俺はなんとも言えない寒気に襲われた。
ここは廃ビル。
関係者以外は誰も立ち寄らない人気のない場所だ。どうして俺がここにいるかって言うのは、今は考えないでおこうと思う。
ともかく俺は風化した廃ビルの最上階で、ヤバい事態に遭遇してしまった。
コンクリート片が散らばった地面、そこにいたのは真っ赤な怪物。派手なパンツを一枚まとっただけの原始的な姿がまず目についた。
そのうえ、怪物の右手には金棒が握られている。鋭く光るそれは視界に入れることすら恐ろしい。
その姿には妙な既視感があった。何度も、何度も見てきたような違和感。
脳が理解を拒むのが分かった。
しかし、その情報はいやでも脳内に流れ込む。
そう。
目の前にいるのは……あの赤鬼なのだ。
その事実に気がついてしまった自分は、どうすることもできずにその異形を眺めるしかできなかった。
もう一つ、信じられないことがある。
それは、赤鬼の前に……一人の女の子がいたということ。
多分、鬼がその女の子を襲っている最中だということ。
鬼はゆっくりと右手で握っていた金棒を振り上げていく。本当にゆっくりと、牛の歩みのように遅い。
そう感じるのは、俺の見え方の問題か。それとも本当にトロいのか。
正直、そんな疑問はどうでも良かった。
今、大事なのは俺がどうするべきか。
これだ。
だって目の前で今まさに命を狙われている女の子がいるんだ。
助けるか。助けないか。
そんな選択を、俺は突きつけられていた。……助けるに決まっている! なんて言えたらどれだけ良かっただろう。
残念なことに、俺はそんな無謀な言葉を吐けるほどに特別じゃなかった。
もしこれが、漫画のヒーローだったら。
きっと何も考えずに助けに出ているのだろう。
けど、俺はそうじゃない。
考えてしまう。俺が出ていって何になるのかと。あの鬼を倒せる? ――わけがない。
出て行ったら最後、無駄に死んでしまうだけだ。
なら、このまま見捨てる?
その選択だってできなかった。
自分の意思を持って、目の前の女の子を見殺しにすることさえできない。
だから俺はただ眺めていた。
悩みながら。
情けないことにどっちつかずのまま。ゆっくりと振り上がるそれを眺めて、そして金棒が頂点に達して、鬼がそれを両手で握って――
振り降ろされた。
その瞬間だけは見たくなかった。
だから身体を背けた。
瞬間、足元からパキッという小気味良い音が……。
異様な静けさに包まれたこの場において、その音は想像以上に響いた。
下を見れば、そこには砕けたコンクリート片。
自分がしてしまったことを理解して、俺は正面を眺めた。
ピタリと動きを止めた鬼がこちらを見ていた。ギョロッとした黒目が俺を見据える。
俺は慌てて階段を駆け下りた。
一秒後、俺が立っていた場所に金棒が刺さる。雷のような轟音と、建物が僅かに揺れるその衝撃で、俺は鬼の筋肉が飾りではないことを知った。
「死ぬ、死ぬ、死ぬ!」
自然と、そんな言葉を口走っていた。
心臓が一気に血を巡らせる。聞いたこともない大きな音で鼓動する。
俺はそのまま、無我夢中で階段を駆け下りた。
あの怪物に追いつかれないように。
少しでも遠くに逃げられるように。
ひたすらに、俺は階段を下りていく。
「グガアアア!」
怪物の怒号が、俺の耳をつんざいていった。
あんなのが、この地球上にいることが信じられなかった。俺が知っている中で、コンクリートをいとも簡単に破壊できる生命体なんて存在しない。
だというのに、あの鬼はどうだろうか。
投げた金棒が、コンクリートに突き刺さった。それだけでも、その異常な力は証明されている。
かすっただけでも致命傷だ。あんなもの!
俺はひたすらに階段を下っていく。
階数を示す看板を眺めて、その数字がどんどんと小さくなっていくことを確認した。それは、三になり、次には二。やがて、一となった。
よし! 逃げ切った!
俺は、このまま立ち止まって胸を撫で下ろしたかった。生き延びた嬉しさに打ち震え、そのまま地べたへ寝っ転がりたかった。
だけど、そういうわけにもいかない。
この建物を出て、どこか安全な場所へ行くまでは何も安心できないから。
真っ白な頭で建物の出口を目指した。
寂れた両開きの扉が、今だけは輝いて見える。
後、二歩。そこまで来て。
突如、天井が落ちてきた。
凄まじい轟音と真っ赤な何かが俺の視界を覆う。
鬼が……落ちてきた。
俺の目の前に君臨した、巨大な肉塊。しかも、それら全てが異常に隆起した筋肉なのだ。
俺はただ見上げるしかない。
悟ってしまった。
今から逃げることなんて、不可能だということを。
だって目の前に立つ鬼はもう金棒を振り上げているし、最初に見たほどそれはトロくない。
もってあと数秒の命。
落ちかけの線香花火が如き灯火は、鬼の一撃で消されるらしい。オーバーキルもいいところだ。
しかし、どれだけその事実を覆そうとしてもそれは覆らない。
だから、俺は些細な抵抗として瞼を閉じた。
迫り来る金棒だけは、見ないように。せめて、痛みも感じないほどの速度で死ねることだけを願いながら。
俺は瞼を閉じて、その時を待った。
足が震える。
心臓が絶え間なく鼓動する。
最後にふと思ったのは、あの女の子は逃げられたのだろうか? ということだった。
事故みたいなものだったが、俺が彼女の身代わりとなった。多分、それは結果的に良かったと思う。
だって、あのまま見殺しにしていたら……きっと俺は一生後悔していたから。
だから、あの子さえ逃げてくれたなら。どうしようもなく平凡な俺も、最後に少しは何かをできたかもしれないと思えたから。
と、ここまで覚悟を決めて待つこと数秒。
……十秒。
俺が思っていた衝撃が、一向にやってこない。おかしい。一秒とさえ猶予はなかったはずなのに。
そう思った俺は、恐る恐る瞼を開けた。
改めて見て見れば、ビルの出入り口からは強い夕陽が差し込んでいて少し眩しい。
けれど、そこに立っているはずの巨大な怪物は存在していなかった。
その代わりというように、そこに立っていたのは一人の少女。
俺が助けようとした女の子とは違う少女だということが、その後ろ姿からでもわかった。
腰にまでかかりそうな長い黒髪は、風に揺られて揺蕩う。
さっきまでの喧噪が静まって、酷く穏やかな雰囲気だった。
ただ、一つ気になったのは……彼女の腰に日本刀がぶら下がっていたこと。
時代錯誤。
というよりも、制服に刀なんてあり得ない組み合わせだ。
だというのに、不思議とまとまっているように見える。
「あ、ありがとう……ございます?」
俺だってそこまで馬鹿じゃない。
多分、彼女が鬼を斬った。そう解釈しないと、この状況を説明できない。
だとすれば、彼女は俺の命の恩人だ。御礼をしておかないと。
その言葉で目の前の少女はこちらに顔を向けた。
その顔が、夕陽も相まって美しい。
けれど、彼女の顔をしっかりと見ることはできなかった。
命が助かったことに安心して緊張の糸が切れたからか、疲れていたからか。俺の意識はそこでぷつりと途切れてしまった。
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