夕暮れと私の壊拍
カラサエラ
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縦横無尽に駆け回る私の部屋の黒い何かがどこかに行ったところで、扉の前にいるあの男がどこかへ行くわけもなく、私が顔の皮膚を水晶に変えたところで鏡に映るモザイクがかった血が消えるわけでもない。
私は、ただただ、アレから逃げて、逃げるために、階段を下りた。
玄関を抜けて、庭に出て、また、走る。
足に黒いアレが集ってきたところで私の足が止まるわけもなく、ただただ、走る。
走って走って走り続けて――そして私は気が付いたら、庭の下にあるキッチンにたどり着いた。
そこに置いてあった赤と白の錠剤を20個ほど口に放り込む。喉を通らずに張り付く薬を飲み込むために首を曲げて蛇口に口をつけ、水を出す。水が胃の中に流れ込んだことでようやく落ち着いた私は、その場に座り込んでしまった。
心臓が激しく鼓動し、息苦しさを感じる中、それでも私はまだ冷静でいられた。
今ここで死んでも構わないと思っていた。だから私は目の奥にある包丁を手に取った。
刃先を見つめていると、頭の中がすっきりしていくような気がした。
刃先に指をあてがい、力を込めて押し込む。すると鋭い痛みと共に赤い液体が流れ出した。
それが自分の血液だと理解すると同時に、目の前にいたあの黒いアレのことを思い出す。
この出血量ではすぐに死んでしまうだろうけど、それでも私は生きている実感がなかった。死ぬことが怖くなかったわけではないけれど、それよりもずっとあの黒いアレのことを考えてしまうのだ。
あいつは小さい頃から部屋の前にいた。家族に聞いても私の顔すら見てくれなかった。
アレは私のピンクを基調としたぬいぐるみだらけの部屋をいつまでも見つめるかのように佇み、私と一緒に生きてきた。
でもそれは違ったんだ。本当は私がアレの生きる意味だった。私がいないと生きていけないのは彼ではなく私だ。私だけが私を必要としている。
そんなことはわかっているはずなのに、それなのに、どうしてもアレが愛おしい。
そう思うと涙が溢れ出してきた。
視界がぼやけていく中で、ふと思う。
……ああ、そっか。
私はまだ生きているのか。
その瞬間、私の中で何かが壊れた。
それから数日が経った。
あれからというもの、私は学校に行くことを止めた。
親は相変わらず果物のように動かずに私の方を全く見ずに話してくる。弟は何も言わず、何も食べない。
いや、弟なんていなかった。
私はもうすぐ死ぬだろう。今まで生きていたこと自体が絶望なのだ。
だが、どうせなら最後にしておきたいことがある。
私はクローゼットの中から大きな斧を取り出して部屋を出た。
家を出て、庭へと降り立つ。
そこにはやはりアレがいた。
アレは変わらず、こちらを見ていた。
私は手に持っていた斧を振り上げて、思い切り振り下ろす。
斧はアレの頭に命中し卵の黄身のようにどす黒いドロドロが飛び出て私の体に抱きついてきた。身体中の骨が裏返しに曲がり、ドロドロが包み込みながら私を締め付けてくる。
苦しいとか痛いとかいう感情はなかった。
ただただ、アレに対する憎悪と衝喝があった。
私はアレの中で繰り返し繰り返し締め付けられ、潰され畳まれた。そしてついにアレは動かなくなった。
それを確認してから私は家の中に入っていく。
そしてリビングにあった包丁を手に取り、今度は弟の部屋に行った。部屋に入ると弟の姿はなくベッドの上に置いてあったのは、弟が私が生まれる前に作ったという人形だけだった。
その人形を抱きしめると、私は包丁で人形の腹を突き刺し、腸を引き摺り出して殺した。
その後、私は自分の部屋に戻りクローゼットの中に入っていたクマの大きなぬいぐるみを手に取って弟と同じように何度も刺したり裂いたりを繰り返した後、同じようにした。
次に自分の首に包丁を当てた。勢いよく横に引くと血飛沫が上がった。意識が薄れていく中、私は幸せを感じていた。
夕暮れと私の壊拍 カラサエラ @3cutter_4cats
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