アイラとドラムとラスプーチン

「あい。ウィスキーは楽でいいね、カクテルやめようかな」


「楽とか言わない! やっぱりいいお酒ですわね、アードベッグ。力強くも透明感のある香りと、海を感じる後味。世界が広がったように感じますわ」


「アードベッグみたいなアイラウィスキーもそうだけどさ、ヨーロッパ周辺ってどうしてスモーキーな味が好きなんだろうね?」


「アイラの他に何かありますの?」


「……お蝶さんってフランス文学の先生だよね?」


「なんですの、その目は! 文学に関係ないことまで知りませんわ。スモーキーな燻製ならわたくしも好きですの、たまごとか」


「じゃあはい、おつまみ燻製たまご」


「いただきますわ」


「いやなんかさ、うろ覚えなんだけど『ラスプーチン』みたいな名前の紅茶なかったっけ?」


「またよくネタになる人物が出ましたわね……もしかして、『ラプサン・スーチョン』のことですの? 留学中にいただいたことがありますわ」


「ああ、多分それ。お客さんにもらったことがあるんだけど、紅茶の燻製かと思った」


「高級品で貴重品ですのよ……まぁ燻製ではありますわね。松のチップを焚いて乾燥させますの。スコッチウィスキーにその土地のピート香が付くのと同じですわ」


「恐ろしく飲みにくかったんだよ……だから変な名前で覚えてたのかな。あれは貴重だから高級品なの?」


「製法が特殊で、茶葉が厳選されているから貴重、というのも嘘ではありませんわ。あとはヨーロッパのお水事情のためですわね。現代はともかく、茶葉貿易を始めた頃のイギリス・ヨーロッパではお茶を硬水で淹れていましたの」


「ミネラルが多い水のことだね。わたしはあれ飲むとお腹壊しちゃう。

 日本は地下水でも軟水が多いよね。水はお酒の味にもかなり影響するけど、その話は置いておこうか。じゃあラスプーチンは硬水で淹れると美味しいの?」


「ラプサン・スーチョンですわよ……硬水だとお茶成分の抽出が悪いので、お茶の色や香りが控え目になりますの。あれくらい強い香味が付いて丁度いい、と当時の人々は感じたのですわ」


「お蝶さんもおいしいとは思わなかったわけだ」


「歴史や文化を感じる味なのはアードベッグと一緒だったのですわ……」


「わたしは『ドラム』っていう刻み煙草の匂いを思い出したよ」


「そういえばヨーロッパに行くと見かけるお名前ですわ。刻み煙草の銘柄でしたのね」


「煙が燻製臭いってのもおかしな話だけど、独特な匂いでね。火を点ける前から独特で、鰹節みたいって言う人もいる。一応ヨーロッパで一番メジャーな刻み煙草なの」


「想像つきませんわ……」


「吸ってる本人は平気らしい」


「それガラムと一緒ではありませんの?」


「系統は全然違うけど、うちの店ではガラムとドラムは禁止だから」


「よっぽどでしたのね……でも葉巻はOKですの? あれも周囲にとっては煙たいと聞きますわ」


「葉巻はわたしが平気だからOK。バーで葉巻吸えないのもかっこつかないしね。さっきの手巻きタバコの反対で、長時間ゆっくり楽しみたい人にはおすすめしてる」


「太くて長いタバコは巻かないのですわ?」


「う~ん、ロングサイズ以上に対応する巻き器とか巻紙は手に入りにくいかな。コストメリットも無いし。太さは5~8ミリの範囲が一般的で――」


「難しいお話が続いて、お酒が回ってきましたわ~。次はビッグ・アップルをいただきますわ~」


「おや、酔っ払った? りんごはウサギさんにしてあげよう」

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