12月 第3話 夕食の後に

「まだ、ちょっとだけお腹に入る?」


シチューを食べ終えた後の睦生からの確認に、ちょっとならと返す。


デザートでも買ってあるんだろうか、と待っていると、お皿が運ばれてくる。


お皿に載せられたそれはパイのようだったけど、


「これ、睦生が作ったの?」


売っているものであればトレーや箱に入っている。


でも、睦生はお皿に既に載った状態で運んできた。移し替えたとも考えられるけど、手作りっぽさがある気がする。


「そう。柚羽、今日誕生日でしょう?」


言われてみて気づく。


12月27日はわたしの誕生日だった。


最近は一緒に祝ってくれる存在もなかったし、年末の忙しなさで気づけば過ぎているのが毎回になっていた。


「睦生、わたしの誕生日知っていたんだ」


去年はお互い祝うような関係でもなかったし、そこから誕生日の話をすることもなかった。睦生とわたしの間で話をしたのって、ひびきちゃんが2月生まれであることくらいだった。


「引っ越しした時、住民票を見てだけどね」


結婚しているわけじゃないので、別々の世帯にはなるけど、引っ越しした時に一緒に住民票を移す手続きに行った。


その時に、お互いに書類に間違いがないよね? と見せ合いをした時に見られていたらしい。


だって、わたしもそこで睦生の誕生日が来月であることを知った。


「普通のケーキはクリスマスに食べたばかりだから飽きちゃうかなって、パイを焼いたの。市販のものだとシナモンがきいていて、ひびきが嫌がるけど、わたしが作ったのならひびきも食べるしね」


「ひびきも卵ぬったの!」


「ありがとう、睦生、ひびきちゃん。祝ってもらえるなんて思ってなかったっていうか、自分で誕生日も忘れてたからびっくりしちゃった」


アップルパイに3と2の数字の形のローソクを立てて、2人がハッピーバースデイを歌ってくれている中で、わたしがその火を吹き消す。


ローソクを吹くって何の意味があるんだろうと思いながら、睦生とひびきちゃんがわたしを祝うために準備をしてくれたことが嬉しかった。


「柚羽ちゃん。いつも遊んでくれてありがとう。これ、おたんじょうびプレゼントです」


ひびきちゃんはキッチンボードの引き戸から何かを取り出してきて、わたしに厚みのあるタブレットくらいのラッピングされた箱を差し出してくる。


「開けていい?」


それを受け取って、確認をしてから包装紙を開く。


重さは感じないので軽いものだろう。


中から出て来たのは手袋だった。スポーツメーカーのロゴがついたそれは、グレーでピンクのラインが入っている。


わたしがランニング用の手袋を最近落として、まだ買っていないことを知っていて、これを選んでくれたのだろう。


「ありがとう。嬉しい。さっき言ってた内緒のお買い物はこれ?」


それにひびきちゃんは頷いて、いたずらが成功したかのような満面の笑みを見せる。


2人で買い物に行って、アップルパイを焼いてくれて、シチューも作ってくれて、誰かがわたしのために頑張ってくれるなんて、こんな幸せな誕生日はなかなかないだろう。





「睦生、今日のって前から計画してくれていたの?」


ひびきちゃんが寝た後、今日の家事は全部ワタシがするからと譲ってくれなかった睦生がやっと寝室にやってくる。


「うん。クリスマスよりも、今日の方が気になりすぎて、うっかり柚羽のクリスマスプレゼントを忘れちゃったくらい」


「それはいいよ。今日手袋貰ったし、わたしは睦生とひびきちゃんがいればそれでいいから」


「柚羽は欲がなさすぎじゃない?」


くっつけ合わせたベッドの隣側に入った睦生は、わたしを見て緩く笑う。


わたしの大好きな睦生の笑顔だった。


「睦生だってそうでしょう? 何か欲しい? って聞いても、いつもひびきちゃんのものばかり言うんだから」


「だって、柚羽がいてくれるだけで、ワタシは幸せだから」


「それはわたしもだけど……」


わたしたちは似たものってことかもしれない、と顔を見合わせて笑って、そのまま顔を睦生に寄せる。


「キスしていい?」


「いつも聞かないのに、今日はどうして聞くの?」


「……止まらなさそうだから」


「今日は柚羽の好きにしていいよ」


「睦生、そういうやばいこと言わないで……」


下心が睦生の言葉で一気に溢れ出して、もう止まれそうにない。


こういう時だけ睦生が見せてくれる色気に引き寄せられて、わたしは睦生を抱き締めたままベッドに転がる。


もう数え切れないくらいキスをしているのに、睦生を至近距離で見つめるとやっぱり胸が高鳴る。


睦生は育児と家事と仕事で大変なのに、わたしにも気を配ってくれる優しさが好きだった。


「睦生、愛してる」


「それはワタシもだから。こんな風にわたしとひびきのために頑張ってくれる人なんて、柚羽しかいないから離れないでね」


「離れるわけないでしょ」


睦生の唇に吸い付くと、それに睦生が応えてくれる。


キスやセックスって一方的な愛情でも性欲を満たすものでもなくて、互いに求め合って、混ざり合う行為だと、睦生と体を繋ぐようになってから気づいた。


そうすることの気持ち良さを覚えてしまって、わたしはつい睦生を求めてしまう。


求め合っている内に温もりがやがて熱になって、睦生の体を貪ることに熱中する。


触れても触れても睦生に満足することはなくて、一つ一つの表情が、反応が心地良い。


「もう睦生に一生くっついていたい」


「柚羽ってしっかりしてるのに、甘えてくるよね」


「睦生にだけだよ」


睦生の負担にならないようにしっかりしないとって思いはある。

でも、睦生がわたしにだけ許容してくれる範囲があって、そこに踏み入れるとわたしは纏った鎧なんか全部放り出して睦生に甘えてしまう。


「年を取ったせいか、そういうのが嬉しいんだよね。柚羽って絶対前に立ってくれるのに、ちゃんと手を繋いでくれるから」


「ただ甘えてるだけだよ?」


「そうかな? 柚羽の名前って、柚羽にすごくぴったりだなって思ってるの。清涼感があって、どこにでも飛んでいく強さがあって、それなのに懐に入ると温もりを感じさせてくれるでしょう?」


「…………褒めすぎじゃない?」


ちょっと照れくさくて視線を逸らす。


「そういうところにワタシは惹かれたから」


「嬉しすぎるんだけど。もう、来月の睦生の誕生日に、わたしはどんなことしたら、これ以上を返せるの」


「柚羽がいてくれたらそれでいいよ?」


「…………それ殺し文句じゃない。睦生ずるい」


「たまには年上の余裕を見せたいしね」


そうだった。

どうやればわたしは睦生に敵うのだろう。一生無理かもしれない、と思いながらも睦生を抱き締めていた。




end

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