2022年クリスマス番外編

12月 第1話 クリスマス

師走が近づくと、営業であるわたしのスケジュールは客先への挨拶で埋まって行く。おまけにそれに伴って忘年会への参加も1回や2回ではない。


「ごめんね、今月は家のことあんまりできなくて」


リビングに掛けてあるカレンダーに、わたしが夜遅くなる日をまた一つ書き込んでいく。


アプリで睦生むつきとはスケジュール共有もしているけど、カレンダーも使っている。睦生が書き込んだスケジュールと、ひびきちゃんが書き込んだスケジュール、そしてわたしのスケジュール。


3人で暮らすために引っ越しをして以来、ひびきちゃんにも分かるようにとカレンダーを使うようになった。


「営業だからそれは仕方がないことでしょう? ワタシはせいぜい忘年会が1回あるだけだから」


お風呂から上がったばかりの睦生は、キッチンカウンターにくっつけてあるテーブルセットに座って、肘をついたままでわたしに視線を向けてくる。


睦生の方は今のプロジェクトメンバーとの忘年会が来週予定されている。

わたしも担当営業として睦生と同じ職場いにいる同期の真依まいに誘われたけど、断りを入れた。でないと睦生はひびきちゃんがいるから参加をしないと言うので、わたしからひびきちゃんを見ておくからと申し出た。


それでも渋っていたけど、何とか押し負けてくれて、睦生は参加でわたしは不参加で落ち着いている。


わたしはまだ真依に睦生とのことを話していない。でも、一緒に忘年会に参加なんてするとばれてしまいそうだから逃げたなのかもしれない。


「他にも誰かと忘年会をするとかあったら、遠慮なく言ってね」


「ひびきを産んでから、そういうのもしなくなったから」


「そっか……そうだよね」


「そんな悪いこと聞いたみたいな顔しないで。シングルマザーだからじゃないよ?」


「そうなの?」


「うん。みんな結婚して、子供ができてだと、どうしても集まりづらくなっちゃうんだよね。地元にいれば付き合いあったのかもしれないけどね」


「確かにそうかも。わたしはまだすぐ帰れる距離だから、学生時代の友達との集まりに行くこともあるけど、睦生はちょっと遠いよね」


「面倒くさくて帰ってないのもあるけどね」


睦生は両親と仲が悪いわけではないけど、離婚をしてから実家には全然帰っていないらしい。そんな余裕もなかったとは言っていて、今年の年末も帰る予定にはしていない。


わたしに気にしなくていいよ、とは言ったけど、帰るならわたしも一緒がいいと言ってくれたのはちょっと嬉しかった。


その日がいつか来ればいいけど、まだ少し睦生とわたしには早いことだった。


「こういう時はみんな家族が優先だしね」


睦生に手招きされて近づくと、そのまま睦生がわたしの体に抱きついてくる。


いつもより少しだけ暖かな睦生の体は心地良くて、わたしも緩く睦生の体を抱く。


一緒に住むようになって、こうして触れ合う時間は今まで以上に増えた。


ひびきちゃんに自分の部屋ができて、一人で寝るようになったのもあるけど、睦生に甘えられるのは頼りにされてるってことなので嬉しい。


「そういえば、クリスマスの準備どうする?」


チキンとケーキはひびきちゃんのリクエストを聞いて予約済みだった。


それを買ってきて家で3人で過ごすまでは決まっているけど、まだ用意できていないのはひびきちゃんのクリスマスプレゼントだった。


「毎年悩むんだよね。柚羽ゆずはは何か欲しいもの聞いてる?」


「大きな靴下の絵は描いてたけど、何が欲しいかは言ってなかった。今までは何あげたの?」


「去年と一昨年はその時に好きそうなおもちゃにしたよ」


「じゃあ、今年もその路線かな〜」


タブレットを開いて、それから2人で小一時間ばかりあれこれ調べて、候補を見つける。


ラッピングもしたいし、休みの日に睦生とひびきちゃんが出かけた隙に、わたしが買い出しに行ってこっそり持って帰ることになった。


ひびきちゃんはまだサンタさんを信じているので、夢は壊したくはない。


「2人だと、手分けができていいね」


「今だけだろうけどね」


「うん。でも、柚羽がこうしてひびきのためにプレゼントを買いに行ってくれたって思い出は、ワタシの中に残るから」


隣に座る睦生の柔らかな声に、わたしは睦生に寄りかかるように身を寄せた。


「2人でこういことするの楽しいね」


「柚羽だからだよ」


そんな嬉しいことを言わないで欲しい、と思いながら我慢ができなくて、わたしは睦生の唇にキスをした。





今年のクリスマスは土日に掛かっていることもあって、3人でケーキとチキンを受け取りに行って、その後少しだけ買い物もして、家に帰ってきた。


クリスマスの我が家は、ひびきちゃんが保育園で作ってきたクリスマスの飾りに、更に付け足しをしてリビングに飾り付けた。


クリスマスというよりも、お誕生日会みたいな感じになってしまったので、来年はクリスマスツリーを買ってもいいかもしれない。


夜はひびきちゃんが覚えたばかりのクリスマスソングを3人で歌って、ささやかなパーティーをする。


子供がいると、本当に子供中心の世界になるけど、その時間を厭うことはなかった。


「ひびきにサンタさんきてくれるかな」


「ひびきちゃんが良い子にしていたら、きっと来てくれるよ」


お風呂に入った後、ひびきちゃんはリビングでそわそわし始める。


自分のベッドに行って、100均で買ってもらったちょっと大きめのプレゼントを入れるための靴下を枕元に並べて、また戻ってくる。


3人で寝る? と聞いてみたけど、大人が一緒だとサンタさんが来てくれないから、駄目だとあっさり断られてしまった。


「サンタさん入って来られないかもしれないから、今日はここ開けておいてね」


リビングから続くベランダの鍵をひびきちゃんが外して、いいよと頷く。サンタさんが入ってくる経路は確保しておかないといけないという考えには至っているらしい。


留守にしているわけじゃないし、今日だけだからまあ、大丈夫だろう。


「ひびき、そろそろ寝ないとサンタさん来てくれないんじゃない?」


睦生の言葉に壁掛け時計を見ると22時になろうとしている。いつもより少しだけひびきちゃんは夜更かしで、そろそろ眠くなる時間だろう。


「じゃあねる。おやすみなさい」


引っ越しをして、自分の部屋ができてから、ひびきちゃんは自発的に動くことが増えた。もう子供じゃないから、というのが口癖で、一人で部屋に入っていく。


時々寝られずに起きてくることがあるけど、今日は1時間をしても出て来なかったので、一人で寝られたようだった。


「今持って行く?」


「そうだね」


わたしの寝室のクローゼットの奥から、この日の為にと買ってあったプレゼントを取り出す。


二人でひびきちゃんの部屋に足下を忍ばせながら入って、枕元の靴下の上にプレゼントを置く。


残念ながらひびきちゃんが用意した靴下には入るサイズじゃなかった。


そのまま無言でひびきちゃんの部屋を出て、扉を閉じてから息を吐いた。


「よかった。起きなかった」


一大事業を無事終えて、2人でそのまま寝室に入る。


「ありがとう、柚羽」


「2人で分担してやっただから、お礼を言われることじゃないよ?」


「それでも嬉しいの。柚羽がいてくれるから、ワタシもひびきも2人じゃ経験できなかったこと、いっぱい経験できてるから」


「それはわたしだってそうだよ? 去年一人だったのに、今年はこんなに素敵なクリスマスになったのは、睦生とひびきちゃんのおかげだよ」


1年前のわたしは睦生への想いを抱えながらも、その先に進める未来なんて考えられていなかった。


それは睦生がわたしに応えてくれたからできたことだった。


「柚羽……」


「それに下心もあるからね。ひびきちゃんが一人で寝てくれたし、今日は誘っていい?」


睦生の顔を下目で確認すると、吹き出しているのが目に入る。


「いいじゃない」


「ごめんなさい、所帯じみていて。今日が柚羽と過ごす初めてのクリスマスだしね」


よかった。OKみたいだ、とわたしは睦生を抱き締める。


これからは2人のクリスマスを楽しむ時間だった。


 

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prime number2を連載中ということもあり、今年は柚羽にしてみました。


あとちょっと続きます。明日か、明後日には更新できれば。

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