第3話 営業女子会

「桧山さんチームと飲み会だったんですか。いいなぁ」


月曜日にふとしたことで金曜日は桧山チームと飲み会だったと話題にすると、西下さんから羨望の声が上がる。


西下さんが来た時に歓迎会はしたけど、営業だけで飲み会ってわざわざ企画することはほとんどないので、西下さんからすればうちでの飲み会のお誘いはゼロだろう。


職場で飲みに行きたい人と飲みに行きたくない人がいるけれど、西下さんは飲みに行きたい方なのかもしれない。


「じゃあ、久々に営業で飲み会しませんかって声を掛けてみましょうか?」


「そこまでして頂かなくても大丈夫です。よければ須加さんの都合のいい日に2人でどうですか?」


わたしだけでいいのか? と確認をしたけれど、いいと言うのでわたしは西下さんと日を合わせて飲みに行く約束をした。





「お疲れ様です」


月初の処理が終わった後に、西下さんとの飲みは開催になった。


店は西下さんが選んでくれるというので一任した。わたしだと会社近くの行きつけの居酒屋になってしまうことは目に見えている。


2人で定時後に会社を出て隣駅の付近まで歩く。ここまで来ると少し街の雰囲気は変わって、入ったのはアイリッシュパブっぽい店だった。


「こういう所でも大丈夫ですか?」


「お酒が飲めればどこでもいい人間なので、大丈夫ですよ。西下さんはよく来るんですか?」


「時々です」


わたしより西下さんは5歳下だったけれど、年齢以上にしっかりしていてつい頼ってしまいそうな雰囲気がある。


お互いビールを注文して、まずは乾杯をする。


「西下さんが来てくれて、月末月初の処理がスムーズに終わるようになったので、ほんと助かっています」


今までは営業それぞれでやっていた事務作業の負荷軽減を計るために、営業事務を増やそうとなったのが今年度に入ってからのことだった。


「私が入るまではどうしていたんですか?」


「月村さんが手伝ってくれていたんですけど、今は流石に負荷はかけられないので」


「月村さん、大変そうですよね」


総務の月村さんは、あともう少しで在籍30年になるベテランだ。わたしも新人の頃から大変お世話になった人で、事務的な処理はほぼ月村さんに教えてもらったようなものだった。


その月村さんは、昨年病気をして手術を受けてから、継続治療をしつつ仕事を続けている。治療を受けた翌日は見た目にも辛そうな日がよくあった。


「助けてあげられればいいんですけど、残念ながら総務のことはわたしにはさっぱりなんですよね。他の拠点の人が少しは手伝ってくれてるって聞いています」


「本社ならまだしも、支店だとなかなか人の増強は難しいですしね」


「そうなんですよね。まあ、わたしは西下さんに助けて貰いっぱなしの立場なので、偉そうなこと言うななんですけどね」


「私は営業事務ですから、須加さんのサポートをするのが仕事ですよ?」


「西下さんって若いのにほんとしっかりしてますよね。派遣で営業事務をしてるのがもったいないくらい」


「…………」


「すみません、人には人の考えがありますよね」


派遣の人は望んで派遣という人もいるけれど、正社員になるのが難しくて仕方なくという人もいる。西下さんがどういう理由で派遣で働くことを選んだかは聞いたことがなかったけど、そこまで詮索するのは失礼だろう。


「須加さんって、分かりやすいですよね」


どういう経験をしたら、25でこんな落ち着きをもてるんだろうか。わたしの方が年上なのに、甘えてしまいたいような雰囲気を西下さんは持っている。


「単純だってことは分かっています」


営業のくせに、わたしは駆け引きにも弱くて、上司に怒られることはしょっちゅうだった。


「一瀬さんには告白しないんですか?」


言葉は理解できたけれど、想定もしていなかった言葉だった。誤魔化すべきかと視線を逸らしながらも、横目では西下さんの様子を伺う。


西下さんは物事をはっきりさせるタイプだなとは感じていた。情報の整理も上手くて、仕事では助けられていたけれど、そんな所まで感づかれていたらしい。


「実はもうとっくに振られているんです」


毎日顔を合わせるので、隠し通せる気がしなくて事実を告げることを選ぶ。


「告白されたんですか?」


「はい。きっぱり振られて、おまけに真依には一緒に住んでいる恋人もいるので、わたしは単に諦めが悪いだけです」


「それはまだ機会を狙ってるってことですか?」


「いえ。多分そういうことがやってこないってことは分かっています。ただ次にって心が動かないだけです」


「須加さんの好みは一瀬さんみたいな人なんですか?」


「西下さん、一応わたしは男の人としかつき合ったことがないですよ。真依はちょっと特殊というか、うっかりはまっちゃったなので、女性とつき合ったことはないですからね」


西下さんの視線は蔑視ではなさそうだった。女性同士で恋愛が成り立つわけがないって人もいるけど、少なくともそういった軽蔑の眼差しではなかった。


「じゃあ、今の須加さんの恋愛対象って男性ですか?」

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