第55話 尾人族のタキ

「ハオマの実だ」


 つい、口をついて言葉になって出てしまった。あまりにも。

 懐かしかったから。


「……お客様ね。あなたは、尾人族?」

「あっ。えっと……」


 ガーラスの街の、チイ将軍の屋敷にやってきて。将軍と詳しい話をする前に、まず休憩を取ることになって。

 お手洗いを探して、迷って。


 ふと庭が見えて。


 綺麗な殺人族の女の人が居た。さらさら風に流れる長い髪。すらり細い腕と腰。長いスカートのドレス。殺人族の『偉い人』の格好は、多少の違いはあってもどこの国でも似たりよったり。


「私はチイの妻。キヒンです」

「……タキ、です」


 気圧された。この女の人に。

 生傷ひとつない綺麗な肌。ナイフも持ったことない綺麗な手。細い身体。


 この人が、山に入れば1日保たずに死ぬ。


 私は、山なら一生不自由なく暮らせる。


 『生存力』に、それだけ差があるのに。


 この人の持つ雰囲気に、圧された。


「……この実が珍しい? 私のお気に入りなの。チイが、よく遠征の度に色々お土産を持って帰ってきてくれて。これはどこだったかしら」

「神樹の森」

「ああ、そうだったわ。知っているの?」

「私の故郷。……尾人族の」

「…………そう。そうだったのね」


 いらっしゃい、と呼ばれて。庭へ出て隣へ。

 ハオマの樹。成長すればいずれ神樹になる樹の赤ん坊が、ここに植えられている。


「チイは中央でもいくつか地位を持っていてね。その関係で、若い頃は色んな国に行っていたの。きっとその途中で、シーハ国にも寄ったのね」

「…………」


 唐突に。


「あら、大丈夫ですか?」

「うっ」


 視界が滲んだ。

 もう、何年。

 男爵に捕獲されて。奴隷にされて。

 どれだけ経っただろう。


「…………う」


 お母さんは。お父さんは。皆は。どうしているだろうか。


「タキさん」


 涙は止まらない。けれど、私は瞼を閉じない。

 直立で、目の前に生っているハオマの実を見る。


 キヒンさんが、抱き締めてくれた。


「辛い旅だったのですね」

「…………いいえ。辛かったのは、その前。私達はヴァイトさんに助けられた元奴隷です」

「ヴァイトさん。あの赤髪の『魔人』ですね。……強く勇敢な方なのですね」

「…………」


 帰りたいのは皆同じ。平穏が欲しいのは、皆同じ。

 私は、帰るところがあるし、特に険しくもない道だ。皆の中じゃ、恵まれてる方。

 我儘なんて、言える訳ない。

 森の中なら、私ひとりで生きていけるけど。

 人の……殺人族の社会じゃ、生きていけない。ここからシーハまでは、絶対に殺人族の国や街を徹らないといけない。だから。


「…………ヴァイトさん。私のこと、どう思ってるんだろう」


 私はミツキちゃんと同い年で、奴隷の中じゃ年長だから。お姉さんだから。


 ちゃんとしないといけないんだ。


「…………あなた達は、どういう関係なんですか?」


 真っ赤なハオマの実を久し振りに見て。少し気持ちが、揺らいだんだ。


「…………ただの。『強い戦士』と、『ひとりで生きていけない元奴隷』です。まだ何も。何の関係も無いんです」


 格好良かった。

 『男の人』って、本当はあんなに心強くて、頼りになって、強いんだ。

 ミツキちゃんもトミちゃんもマモリさんも、あの人に夢中だ。頷ける。


「…………皆の所に戻ります。ハオマの実、見せてくれてありがとうございます」

「ええ。ここに居る間はいつでも来て良いですからね」


 尾人族は。

 別に一夫一婦制じゃない。私の価値観でも、別にヴァイトさんが他の誰を孕ませても良い。


 だから、私も欲しい。強い戦士の子供。そうしたら、もう拉致されなくて済む。私の子供達の世代はきっと、今より安全になる。


 できれば、沢山。森へ帰って、若い女性を集めて。ヴァイトさんに『お礼』をするんだ。それが、種族の存続に繋がる。そう信じてる。


 それまでは。

 私は皆の前で泣いたりする訳にはいかない。


「タキちゃん?」

「うん。ちょっと迷っちゃった。広い屋敷だね。あっちの庭に綺麗な奥さんが居てさ。将軍より2倍くらい背が高いよ」

「なにそれー」


 無意識に、尻尾が揺れていると思う。その意味は、ユクちゃんには教えちゃったことがある。

 だからきっとバレている。


「ヴァイトさん達、もう発つって」

「分かった。じゃあ私達も行動開始だね。将軍が時間作ってくれるらしいから、情報提供して貰おう」

「……タキちゃん、なんかやる気だね」

「そう?」


 ツキミちゃんは、私達にとってもお姉ちゃんだった。復讐をすることについては、私達だって賛成してる。何もヴァイトさんとミツキちゃんだけの問題じゃない。


 それに、その考え方は好きだ。復讐。とにかく愛する人を奪った奴を許さない。絶対に見付けて仕留めるという気概。狩人のような気迫。


 ああそうか。


 私はヴァイトさんの、そういう所に惹かれたんだ。


「メイドさんが案内してくれるって」

「うん。行こう。絶対見付ける。帰ってきたヴァイトさん達に、良い報告ができるように」


 彼の役に立ちたい。

 今はそれだけ考える。

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