城塞都市

第27話 城塞都市

 ――だってヴァイトさんの妻になれば、絶対に『守ってくれる』。






■■■






「…………守れてねえよ。バカ野郎」

「あ?」

「ん。いや、なんでもねえ」


 1ヶ月後。

 次の街が見えた。結局追手は来なかったけれど。安心はできない。馬車の特徴も、伝わっているかもしれない。


「城塞都市って言ったか」

「ああ。ここを越えればもう国外だ。トナリノ国は魔界と面した国じゃねえから、魔人の噂もそこまで広まってない。だからここがある意味、一番警戒するべき街だ」

「中央も俺達の行き先は知らねえだろ」

「さあな。連中が何をしてくるかなんて俺にも分からねえ」


 御者台のゲルドと、隣にヴァイト。私は荷車からその会話を聞く。


「そういやゲルド、お前家族は?」

「…………居るよ。なんだ、魔人の癖に同情してくれんのか? 嫁と息子がこの街に居る」

「えっ。そうなのかよ。言えよお前、そういうこと」

「なんでだ? どうせ俺はもう人界じゃ働けねえ。帰っても迷惑が掛かる。……あんたのせいでな」

「…………」


 ゲルドに家族が居たんだ。子供も。

 ヴァイトの『無法』は、色んな人に影響を与える。関わった皆の人生を変える。今のところ、全て、悪い方向に。


「なら連れてこいよ」

「は?」

「タキと話したんだ。全部終わったら、尾人族の集落で皆を受け入れられるかもって」

「……なんだって?」


 この1ヶ月。ヴァイトは皆と話していた。それぞれの種族のこととか。これからのこと。


「どうせ俺と一緒に居たらお前も犯罪者だろ? お前の嫁も犯罪者の嫁だ。だが、タキが受け入れたら尾人族の法律上、俺らは守られるらしいんだ。……まあ、殺人族にんげんの街みたいな便利で贅沢な暮らしはできねえかもしれねえが」

「…………あんたはそうするのか」

「いや……俺はまた、魔界へ帰る。タキの話は、トミやメイヨについてだ。ユクは故郷があるが、あっちのふたりは殺人族だ。もう、俺ら全員殺人族の国じゃ生きていけねえだろ」

「…………」

「俺はお前を悪人だと思ってた。法律じゃねえぞ? 俺の主観でだ。だが、違った。お前が『普通の殺人族』なんだよな。縛って殴って、悪いことしたな」

「!」


 謝った。ヴァイトがゲルドに。


「……確かにあんたは俺の人生を悪い方向に変えた。それは、償うってのか?」

「いや。俺は俺の道を往く。お前も『好きに』生きろよ。帰るなら、馬車の扱いは教えていけ。それで終わりにしても良い。俺の情報を売れば、罪は軽くなるんじゃねえのか?」

「…………」


 責任を果たそうとしてる。まだ道の半ばだけど。

 ヴァイトは殺人族らしく、色々考えてる。戦いとなれば、あんなに大雑把なのに。


「……まあ、じゃお言葉に甘えて、一度会うぜ。嫁と」

「そうしろ。家族は一緒に居なきゃいけねえよ」

「…………家族、ねえ」


 男ふたりの会話。特にゲルドは、『社会』について年齢相応に詳しい。髭が生えているだけのことはある。


「この前の話だが、アンタ再婚もしねえのか?」

「ん? サイコン?」

「ハーレムにはしねえのは分かったがよ。アンタまだ若いじゃねえか。夫や嫁が不幸で先に死んじまうってのはよくある話だ。自然界でも人の社会でも、新しい相手を見付けて子孫を残すモンだぜ」

「あー……。再婚」


 ゲルドの質問。私は、凄く気になってしまった。

 姉さんに固執して復讐をしているヴァイトだけど。それが終わったら、再婚をする気はあるのだろうか。


「はは。今はまだ、そんなこと考えられねえよ。なんもかんも、復讐を終わらせてからだ」

「…………まあ、そうだろうな」






■■■






「待機?」

「ああ。この街にはゲルドの家があって、嫁が居る。だからちょっと行ってくるぜ」


 山を越えて森を抜けると、大きな壁に囲まれた円形に見える構造物があった。サバンナの中心にある城塞都市。周囲からは帯状に道が枝分かれしていて、自動車や馬車が走っている。交易も盛んに見えた。


 私達の馬車は、整備された街道から外して、見付からないように岩陰に隠す。そこで待機だ。


「ヴァイトも行くの?」

「ああ。この街には復讐対象は居ないらしいが、取引があって、隣国に売られたって訳だ。あの娼館の男の契約で取引した訳だな。ツキミを隣国へ連れてった奴はもうここには居ない。外国のことはそれ以上記録を追えないらしい。だがまあ、少しでも情報があるならと思ってな」

「はーい! じゃあたし行きたい!」

「ん」


 この街では、戦う予定は無い。ヴァイトも魔剣を置いていく。そりゃ、目立っちゃうからね。あと、住民登録してないと武器の所持は認められないってゲルドが。

 そこへ、トミちゃんが元気よく手を挙げた。


「何も無えぞ?」

「でもさ、この前はミツキちゃん連れてったじゃん」

「いやそれは、復讐だからな」

「そうそう。今回は復讐じゃないんだから、あたしが行っても良いでしょ?」

「…………ふむ。まあ」


 ヴァイトはゲルドと顔を見合わせて。頷いた。


「良いなあ。気軽に殺人族の街に入れるのは殺人族の特権だよね」

「……なんか変な言い方になってるけど、まあそうだね」


 タキちゃんとユクちゃんが、頬を膨らませていた。やっぱり街って聞くと、行きたくなるよね。

 男爵領では、一応普通に街へ降りてたんだよ。男爵の所有物として知られてるから、襲われることも無くって。


「ここは安全なの? 隠れては居るけど、見付かったら」

「ふむ。じゃあ、こうしよう」


 ユクちゃんの不安。そもそも荷車から出られない彼女。ヴァイトは頷いて、魔剣から牙の素材をひとつ千切って外した。


「これだけ持っていく。握りゃ、少しは異能を使える。何かあれば、ミツキ。お前が『叫べ』。スッ飛んで来るからよ。呪いは後でなんとかしよう」

「…………うん。分かった」


 ここから街まで、数キロくらいあるけど。でも多分大丈夫だ。

 最初に出会った時みたいに。流星のように駆け付けてくれる筈。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る