第49話 水晶病
水晶病。
それは名前の通り肌の一部が水晶のように透明で青白く輝く皮膚へと硬質化し、変化してしまう病気のことだ。
奇病とも呼ばれていて、どうしてそんな変化が起こるのかは、まだ解明されていない。
同じような肌を持つ種族に、傭兵稼業で有名な水晶族がいる。
彼らは奇病に侵されているわけでもなく、生まれながらにして、その身に精霊を宿している。
肌を硬質化させ、ドラゴンの一撃すらも防ぐといわれている防御力は、人間では到底なしえないものだ。
黒狼族と同じく神に仕え、眷属として生み出された水晶族。
その神の名は――。
「赤の月の女神リシェス?」
「そう、それ。あなたってば、意外と博識なのね。ちょっと見直したかも?」
「伝説だから誰でも知ってるよ」
そうかあそこに繋がるのか。
リシェスつながりで、ドラエナともつながった。
「じゃあ何? ブルーサンダース財閥は水晶族ってこと?」
「どうして話をそんなに飛躍させたがるの? 水晶族だなんて誰も言ってないわ、流行り病にかかって死んでしまったって言っただけ」
「ああ、そうだったね。そうでしたはい」
「ちょっとでも賢いと思って損したかも」
口の悪い小オオカミは自分が惚れた分を返せ、と脇腹を突いてくる。
子供じみた仕草が、どうしても彼女のことを年上だとカールに認識させてくれないのが、どうもいたたまれない。
二歳も年上なのだから、やはりお姉さんらしく振る舞って欲しいのだ。
サティナやローズ、ケリーのように。
ん? ケリー?
しばらくイライザと二人でヒソヒソと話しをしていたら、マルチナとケリーがこちらをじっと見つめてきて、そこにはなぜか咎めるような感情が含まれている。
「結婚されたばかりだというのに、今度はイライザですか」
「治癒師様、なかなかにモテますね。でも妹はまだそんな年齢じゃないんですけど」
と、大人の女性二人から、あなた達ちょっと距離が近いわよ、と窘められてカールは痛く自尊心が傷つく。
妻たち二人のように魅力的な女性ならともかく、こんな幼い六歳児のようなイライザに興味を持つなんて……天地がひっくり返ってもありえないと思った。
「違いますよ! そんなこと、世界が終わったってありえない」
「失礼ね! こっちだってあなたなんか嫌よ! 年下なんてありえないし、第一、私よりも背が低いんだもの」
「身長は関係ないだろ! そんなことよりレビンの話! どうしていつもまともに話が進まないのさ!」
カールに叱られて、黒狼の美少女三人は互いに見つめ合い、そっと肩を竦めた。
レビンのことですが、とマルチナが話を戻して再開させる。
「彼のお兄様が流行り病でなくなってしまい、私生児の彼が急遽、本家の跡を継ぐことになったのが、半年前なのです。彼は実家のために通っていた大学も辞めてしまったし、夢だった考古学者になることも諦めてしまったの」
「それはお気の毒にとしか言いようがないですけど。ブラックファイアとブルーサンダースはこういう言い方はあれですけど、王都四大マフィアの二つとして知られています。そこの後継者二人が結婚することは悪いことじゃないと思うんだけど……」
「組織同士は昔から仲が悪い。ブラックファイアは港湾関係を支配しているし、ブルーサンダースは海運を支配している。正確には船には船主が居て、それがブルーサンダース。貿易をすると場所を貸し出しているのが我々ですね」
ケリーがわかりやすく注釈をつけてくれた。
船は船主の意向でどこにでも貸し出せるし、どこにでも入出港ができる。
「ブルーサンダースの発言力の方が、ブラックファイアよりも大きい、と?」
「そうではなくて。ブルーサンダースは、自分たちで港を新しく整備しようとしているのです」
「そこに海運王が持っている船のすべてを集めたら、王国の海運は一手に牛耳られることになるわけ、ですか。でもそれって何かおかしくないです? どうしてこれまでお互いに仲良くなってきたのに、いきなり新しい港を作ったりして、ブルーサンダースだけが大きく飛躍しようとしてるの?」
それは、とケリーが言葉に詰まる。
言えないうちうちの事情というものもあるのだろう。
やはり今回の、ダレネ侯爵絡みということか?
「水晶病が流行った時、ブルーサンダース傘下の企業の労働者たちの多くが、病にかかり床に伏せて働けなくなったことがありました。二年ほど前のことです。その時、臨時の労働力として我々が人を雇い入れ彼らの船を代わりに運営することで、王国の海運は持ちこたえた……そう言えば、聞こえは良い、かと」
「それってもしかして、ブラックファイアがブルーサンダースの企業に人を沢山入れたことで、内部から乗っ取りを企てたとかそんな感じですか?」
「こちらとしてはそんな意図はありませんでした。でも彼らからしてみれば、そう見えたかもしれません。田舎から、辺境から、移民なども多く雇い入れました。我々とも彼らとも、あまり接点のない労働者たちを」
「お互いに関係性があまりない人間を雇い入れることで、ブラックファイアとしては誤解を招くようなことをしないように気をつけたんですね」
そうなのです、とマルチナが瞳を伏せた。
どうしてこうなってしまったのかわからない、今となってはもう取り返しがつかないほど、お互いの仲は悪くなってしまっている。
彼女は悲しそうにそう告げるのだった。
「二年前まではうまくいっていた。全部がうまくいっていた。水晶病が流行り、それぞれが海に関して持っていた特権のようなものが、あらぬ誤解を生まないようにとたまたま雇った人々によって崩れてしまったから」
「その人々を紹介したのは一体誰ですか? 仮にもマフィアが裏にいるなら、人身売買のようなことだってやったわけでしょ?」
「そんなことをしていない。人身売買ところか、王国自体が南の大陸や西の大陸から、大量の移民を受け入れたり辺境の国民やそれまで仕事がなかった者たちに、仕事を紹介することを強く斡旋したのです」
「二年前かあ……。僕がちょうど宮廷治癒師になったころですね。懐かしいといえば懐かしい。あの病気には」
と、そこまで言いかけてカールはふと発言をやめた。
未だにその病から立ち直れないある人物の姿が脳裏に浮かんだからだ。
治癒魔法の最高峰【撃癒】ですらも、あの病の進行を遅らせることしかできていない。
同じ様に病にかかった他の人々は、聖女や神官たちの行使する神聖魔法でどうにか、快復へと向かったのに。
患者を病の淵から助け出すことができないことに、カールはずっと苛立ちを覚えていた。
カールは忘れようと首を振る。担当が変わり、もうあの人は自分の患者でなくなったのだから。
「どうかしましたか、撃癒師殿」
「いや、なんでもない。なんでもないです……。自分たちの利権を守ろうとしてブルーサンダースは新しく港を開講することにしたんですね。そうすることで、新たな産業も生まれるし、雇用も創出できる」
「そして我々は主だった資金源を失い、四大マフィアの地位から追われることでしょう。しかし何をするにしても資金が必要となります」
「それであの魔石の販売ですか……。つまり、ダレネ侯爵とブルーサンダースは裏でつながっている」
「なぜかわからないけど」
と、そこでパフェに長いティースプーンを差し入れて、パクついていたイライザが話に割り込んだ。
手にしたティースプーンを、指揮棒のようにして、軽く振って見せる。
すると、テーブルの上に黑い炎のようなもやのようなものが現れた。
闇の精霊? とカールにも馴染みのある存在が、そこで白く彩を放ち、平たい鏡のようになってそこに何かを映し出す。
ダレネ侯爵と見知らぬまだ年若い青年だった。
カールはその青年が誰か思い至ってしまう。
「……婚約者の。いえ、彼はもうそう思っていないかもしれませんが」
「レビン・ブルーサンダースですか」
悲し気に目を細めて、マルチナがこくりと肯いた。
終極の撃癒師【ヒーラー】~絶対無敗の撃破スキル【撃癒】を極めた治療師。どんな病気も困難もぶん殴って解決へ~ 和泉鷹央 @merouitadori
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