第41話 撃癒師と一撃殺

 職場に顔を出せばいじめられるから、行きたくない。

 仮にも妻を迎えた男子なら、そんな弱音は吐きたくない。

 軽い愚痴として告げることはあるかもしれないが、本音をそのまま正直に告げるのは、度胸がいる。

 カールはそれを伝えるだけの強さが、まだ……なかった。


「頑張ってきてくださいね」

「……いろいろ、お願いします」


 声援と申し訳なさを漂わせながらの請願を受け、カールはうしろを何度か振り返った。

 屋敷の外には王宮へと続く馬車の定期便がある。

 新妻たちに見送られ、時刻通りにやってきた馬車に乗り込む。


 入り口から中に入ると、中は縦長く間取りを取っており、真ん中に通路を設けて左右にそれぞれ二席ずつ。

 それが奥に三列並んでいた。


 カールはその一番左奥へと身を滑り込ませる。

 その列の右端には、一人の少女がいた。

 妻たちの姿が車窓から見えなくなったところで、少年は椅子に背を預けて天を仰いだ。


「ああ……もう、なんでこうなるんだよ」


 ぼやきにも似た呟きに、亜麻色の髪を左肩の上で三つ編みにして垂らした少女が、反応する。


「随分と賑やかな家庭になったんだね。羨ましい。あの人見知りのカールが女性二人と家から出て来るなんて、驚きだよ」

「ロニー……。嫌味はいらないよ、もう」


 ロニー・アトキンス。

 苔色の瞳を愉快そうに細めると、少女はくくっと含み笑いを漏らす。

 可憐な乙女と呼ばれている彼女の本性は、少年のような茶目っ気があるところだ。


「言われた通りに、この便でちゃんとやってきたんだよ。ボクに対するお礼はないの?」

「……ありがとう。これにはいろいろと事情があるんだ」

「事情、ねえ? 宮廷じゃ話せないことなのかな?」

「またそんな無理を言う……。僕は君のような社交性はないんだってば!」


 カールは自身の人見知りの激しさを擁護するように言った。

 ロニーは宮廷の一角にある魔石彫金師ギルドの官舎の一角に、自身の工房を持っている。


 その部屋まで行くことは難しくないが、社交界における彼女の存在は高嶺の花だ。

 はっきり言ってカールのような暗い男性がまとわりつくだけで、悪い噂が立つ。

 そのことを知っているカールは彼女に配慮する形でこの場所で落ち合うことを依頼した。


「それは周りの事情であって、ボクは別に困らないけど? 工房の中では一人だから、時間を持て余してる時も多いしね」

「だから……。もう少し自分のことに気を割いたがいいよ。パトロンだっていい顔をしないだろ?」

「ああ」


 あれね、とロニーは面白くなさげに言った。

 体格はカールとほぼ変わらない。低い身長の割に細く繊細な指先で、彼女はそっと自分の首筋を撫でた。


 なにか気まずいことを思い出したのだろう。

 顔をしかめると、目を細めて、左手の中指を飾っていた、小ぶりのルビーがついた指輪を外す。

 それを、「あげる」とぶっきらぼうに言うと、カールの方に向かって放り投げた。


「おいおい。どういうこと?」

「それ、そのパトロンからの贈り物だからつけてたけど、もう要らない。ボクの技術じゃなくて、外見を見て言い寄ってくる男なんておぞましい」


 どうやらロニーは、その男性から言い寄られたらしい。

 しかし気に召さずに彼のことを切り捨ててしまったようだ。

 またか、とカールは指輪を受け取ると、目を伏せた。


 ロニーは貴族令嬢たちからすれば、これほどないだろうという程に優雅な顔つきをしている。

 職人などせずに結婚したいと希望すれば、どこの国の男性でも立って両手をあげて喜ぶような、そんな美貌をたたえている。


「僕は君のことが羨ましいよ。それなのに君ときたらこれでもう何度目? パトロンがいなくなっちゃうよ」

「いいよ。ボクはそんなものいなくても、自分で魔石を狩ることができるし、誰の手も借りなくてもやっていける」

「まあそれはそうなんだけど……」


 一級魔石彫金師の登用試験に、ロニーは王国史上最年少で合格した才媛だ。

 彼女が望めば、王国だけでなく海外からも引く手あまただろう。

 自分とは大した違いだ、とカールはその自身のほどに舌を巻く。


「そんなことよりも話って何? 君がボクを呼び出すときって、大体、仕事がらみなんだよね」

「他にどんな話題で呼び出せって言うのさ」

「……そりゃあ、例えば食事とか」

「その辺りにいる貴族令息に声をかけたら済む問題だろ」

「嫌なんだよ。ああいうの。人を外見でしか反応しない奴」


 ほとほと呆れ果てたかのように、おえっとロニーは下を出して見せた。

 彼女とカールの間には特別な秘密がある。


 それはそんなにたいしたものじゃない。

 ただお互いに、人見知りが激しいというだけだ。


 カールの場合は純粋に人が怖い。自分の能力が群を抜いているだけに、それを知った誰かに恐れられて、心の距離を置かれるのが怖いのだ。


 ロニーの場合はもうちょっと複雑で。彼女は臆病な自分を他人に知られたくなくて、とにかく外面の良さだけを磨いてきた。


 だから、「ボク」なんて男性を思わせる一人称も、特定の人以外の前では使わないようにしている。

 普段なんて、いまの言葉遣いやまるで男みたいな態度が嘘のように、淑女を演じていた。


「スカートで足を組むのはやめたほうがいいよ」


 小さく忠告してやる。

 ロニーはまるで少年のように足を組み、それをこちらに向けていた。


 彼女が着ているオレンジ色のワンピースは膝丈だが、足を組むとその白い太ももがたまにちらりと露出する。

 それはどう見てもレディの仕草だとは言い難いものがある。


「君はボクのマナーレッスンの講師かい? それで今日は何?」

「そんなことはないよ。用件だけど」


 と、カールが告げたその名前を耳して、ロニーは唖然として口を開けた。


「ブラックファイヤ?」

「しっー! 声が大きい!」

「車内にはボクたち二人しかいないをだから、誰も聞いてないよ! それよりも何! マフィアと関係しようっていうの?」

「いやそうじゃなくて、向こうは確かにその関係者だけど。これには深い事情が」

「地方の貴族を治療するって出て行ったっきりしばらく音沙汰がないなと思ったら。一体どんな荒事に巻き込まれたっていうのさ?」


 必要なのは魔石彫金師としての自分の腕?

 それとも、「一撃殺」と称される魔猟師の腕?


 どちらが必要かを問われ、カールはその前者だと答えた。


「魔石販売について情報が欲しいらしい」

「うーん? よくわかんないな。闇の売買をボクに勧めて来るのかと、思わず勘違いしたよ」

「そんな犯罪に手を染めるようなことはしないよ」

「ふーん。でもどんな要件であれ、マフィアの関係者と手を組むことには違いないわけでしょう?」


 それって間接的に犯罪に加担していない?

 暗にそう示唆されて、カールはどこまでの事情を明らかにしたものか、とぐぬぬっと唸った。

 


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