第38話 ケリーの提案

 カールの身長は同年代の男子の平均身長に比べて、かなり低い方だ。

 大体の同窓生を含め、心当たりのある彼らはみんな、160センチ前後の身長を誇っている。


 それに比べてカールは150センチあるかないか、だ。

 サティナとローゼは身長がほぼ変わらず、カールより頭一つ高い。


 底の高いヒールを履いたら、普通に170センチは超えそうだ。

 意味ありげなイライザの視線を受け、自分の左右に座る妻と妻になる予定の女性を、バレないようにそっと見返すと、カールはイライザの視線の意味を察っした。


「見た目が幼いといろいろと大変そうだね」

「何か言われまして?」


 イライザの頬がひくり、と持ち上がる。

 その下に隠されている犬歯がやや鋭さを増したような気がした。

 白い天然のナイフがこちらに刃先を向けたような、そんなゾクリとする感覚を味わう。


 ……さすが、ブラックファイアの娘。

 そんなに幼女にしか見えない癖に、大した殺気だ。


「イライザ」

「ういいぅ……はいっ」


 ガルルルと吠えかけた護衛対象を諭すかのように、ケリーが同様に牙をむいた。

 しかし、それは母親が子供をしつけるときのようなもので、他人が見て怖さを感じることはない。


 だが、イライザにとってはとてつもない恐怖の対象になるらしく、彼女はさっさと牙をしまって食事に目をやった。


「カール様。この後はどのようなご予定ですか」

「え? 僕は彼女たちと共に、与えられている官舎に戻りますが、どうかしましたか」


 ケリーはまだ尾を膨らませてカールを威嚇するイライザの肩に手をおき心を慰めてやる。

 すると、イライザは不満そうにその尾をしぼませていった。


 それを見届けてから、ケリーは声を潜めて意味深い発言をする。


「ヘイステス・アリゲーターについて、ご報告したいことが」

「えっ?」


 まさかあのワニ、ケリーの夢にまでお邪魔したのか?

 そんな思いがカールの頭をよぎった。

 しかし戻ってきた返事はその予測を裏切るものだった。


「侯爵が持ち去ったあの魔石、市場でそうそう売れるとは思えないのです」

「あの巨大さだからね。幾つかに分割して販売するようになるんじゃないのかな。僕はそこまで詳しくないけど」

「……どなたなら、王国の魔石売買に詳しいですか?」


 予想した返事とは違ったものが返ってきて、カールはほっと胸をなでおろした。

 ついでに、質問の返事を考えて、言いたくないと思ってしまった。


 宮廷魔石彫金師、という存在がある。

 カールと同じく、宮廷魔導師の資格を持ち、それ単体では瘴気を吐き出す魔石を、金属などを使い、特殊な紋章を彫刻する、宝石職人のことだ。


 彼らはまた自分で原材料となる魔石の持ち主。

 魔獣を狩る、優秀な魔猟師でもある。


 カールは史上最年少で撃癒師の資格を取得した。

 同じ年に、同年代の少女が史上最年少の魔石彫金師として、登録したと有名になったことがある。


 部署間の違いもあり、あちらとの交流はほとんどないが、噂はよく耳にしている。

 その内容は、魔猟師としての腕を生かし、上位魔獣を捕獲したり、魔王軍の将校を撃退したりと、華々しいものだ。


 最近では国の許可を得て、自分のブランドを掲げた、魔石宝飾店を王都にいくつも開店しているとか……。

 陰と陽でいえば、間違いなく、彼女は陽の世界に生きる存在だった。


 身長と体格も似ていて「あなたの女性なら良かったのに」と誘われるようにぼやかれてしまい、閉口した覚えがある。

 そんな相手を紹介するのはちょっとばかり心苦しい。


「……いることはいる」

「いることは?」

「うーん。今回の内容に巻き込むのがあれだから、僕からそれらしく話を通しておくよ。後はそれぞれ連絡を取り合ってもらったら」

「助かります」

「うん」


 ロニー・アトキンス。

 いつも、亜麻色の長髪を三つ編みにして左側に流している、苔色の瞳の少女。

 社交界の男性たちからは、可憐な乙女とも呼ばれる彼女の素顔を、知る人は少ない。


 常に一撃で獲物を捕らえることから、ついたあだ名が「一撃殺」

 一人称に僕、と使う、カールとは真反対の、男勝りの性格が脳裏にため息をつくカールの脳裏によみがえる。


「そのご連絡は、いつごろいただけますか?」

「うーん。二人をまずは貴族院できちんとした、登録を済ませんてからだから」


 と、カールは左右の新妻二人を確認するように見た。

 サティナは気恥ずかしそうに菫色の瞳を膝上に落とし、ローゼは気まずそうに緑色の瞳で見返してくる。


 女性というものは本当に強い。

 二人共、すでに人生の覚悟を決めている顔をしていた。

 それはとても嬉しいことだったけれど、なぜか巨大な猛獣を自分の中に抱え込むような気がして、カールはどことなく気が引けてしまう。


 これは勘違い。

 そう、大きな勘違いのはずだ。

 自分の心にそう言い聞かせて、浮かび上がってくる不安を忘れることにした。


 二人が仲良くやってくれるかどうかそれが一番の不安なんだ。

 そう叫びたいが誰も聞いてくれる者はいない。


「僕も話があるから、そちらにお邪魔してもいいかな?」


 いきなりの提案だった。

 イライザはきょとんとして首を傾げる。ケリーは訝し気に眉根を潜めていた。


「……ブラックファイアの屋敷に来ることになりますが?」

「さすがにそれはちょっと。王都のどこかで落ち合えない?」


 それでは、とケリーが指定したのは、西区にあるカールの官舎からも近い、とある喫茶店だった。

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