第16話 撃癒師と英雄の帰還

 甲板に戻ってきたケリーを多くの船員と船の中に逃げ込んでいた乗客たちが喜び勇んで迎えた。

 何をしたかは見えなかった。


 しかし彼女があの魔獣を撃退したことはみんながよくわかっていた。

 命を救ってくれた誰かがどんなことをしてくれたか。それは、たとえ見えなくても伝わるものがある。


 誰もが感謝を口にした。

 誰もが彼女に尊敬の眼差しを送った。

 誰もが彼女に敬意を払う。


 それはまさしく、英雄の凱旋、さながらの光景だ。

 拍手が舞い、喝采が沸き起こる。

 続いて彼女が持ち帰ったものが人々の興味を引いた。


 それはあの川の中で見つけた巨大な魔石。

 その中にあるものを見て、真っ先にケリーに駆け寄って行ったイライザは呻いた。


「何よこれ……」

「魔石です」

「それは分かっているの! 中身のことを言っているのよ!」


 カールは合図を受け、ケリーを河から船へと転送する。

 ケリーが持ち帰った魔石は巨大なもので、毒々しい紫色に染まっていた。

 太陽の光を受けて中身が見えてしまう。

 イライザは嫌そうな声を上げ、ケリーは冷静に返事を戻す。


「魔獣です。ヘイステス・アリゲーター」

「……だからそうじゃなくって!」


 言いたいことは分かる。

 カールとサティナには分かっていた。

 でもケリーはそうではないらしい。

 平然と言ってのけた。


「別にいいじゃないですか。中に魔獣が入っていても。これだけの魔石、なかなかお目にかかれないですよ。毒素もないですし……」

「だって! 普通は魔石の中にこんなもの、入ってないでしょう!」

「大自然の神秘というやつでしょうか」

「どんな神秘的なことがあればことになるのよ……」


 ケリーの反応の薄さに、イライザは頭痛を覚えた気がした。

 いつもそうなのだ。

 いつもといってもまだ自分たちの付き合いは二年程度しかないけれど――ケリーのマイペースにはいつも参ってしまう。


「わかりません」

「あああ……もう! どうしてあんなことがあった後なのにそんなに落ち着いていられるの!」

「慣れているからでしょうか」

「もういいわ」


 諦めるイライザの頭をケリーの手がヨシヨシと撫でた。

 多分、普段から二人の関係性はいつもこうなのだろう。


 好奇心旺盛なイライザが若さも相まってはしゃぎ、何かトラブルを起こしそうになったらケリーがそれを諌めて、そして何かとんでもないものを持ち帰って来たり普通じゃない終わり方をするのだろう。


 マイペースにして偉大なる闇の精霊使いと、おてんばな主人である黒狼の少女。

 カールは二人の関係性をそう評価した。


「見ていて飽きない二人ですね」

「うん。僕もそう思うよ。どっちが大人なのかよくわからないペアだね」

「私もそう思います」


 さっき幼いと言われた意趣返しじゃないけど。

 イライザは調子づかせるとろくでもない結果にしかならない気がして。

 二人はなるべく距離を取って付き合いをしようということになったのだった。


「宮廷魔導師様」

「おかえりなさいケリーさん。闇の精霊と黒い炎。大活躍でしたね。僕が出る幕はなかった」

「お言葉感謝いたします」


 ケリーが頭を下げて謝辞を述べると、むしろから偉そうに腕組みをしたイライザが何かを言いたそうだった。


 私のペリーはすごいでしょ! と目が旺盛に語っている。もっと褒めろ、もっと感謝しろ、もっと評価しろ。

 そんな雰囲気が巻き起こっていた。


「あなたの働きは報告によって正当に評価されるでしょう。僕からも報告しておきます」

「ああ、いえ」


 それには及びません、と彼女は辞退した。

 聞くところによるとあの黒い炎使えることは、人に知られてはならないらしい。

 闇の精霊たちは、黒狼の神はひっそりと静かに暮らしたいから、あまり騒がれたくないということだった。


 代わりにもらって欲しいものがあると言われて、びっくりする。

 それはケリーが持ち帰ったヘイステス・アリゲーターの魔石。ヘイステス・アリゲーターの魔石の中にヘイステス・アリゲーターが閉じ込められている、奇妙な魔石だった。


「人体に有害な瘴気を発していません。中に魔獣が眠っているというのは何か空恐ろしいものを感じるのです。私の手に負えるものではないような気がします」


 かといってそれを自分が預かることでこちらに問題が起こらないとも限らない。

 どうしたものかと頭を悩ませていたら、イライザが面白いことを言い出した。


「こういった場合何が考えられるの?」

「魔石の中に本体である魔獣が眠っているなんて、聞いたことがないよ。いろんな文献を読んだことがあるけどそういったのを載ってなかったな」

「可能性としては封印でしょうか。それともまさか」

「まさか何?」

「ヘイステス・アリゲーターがどうこうではなく。あれほどの巨大さにまで成長した魔獣なら、命の危機に瀕した場合、魔石の中に己の肉体を逃がすことができるのかもしれません」


 それは新たな知見だった。

 あり得ることですか、とケリーに視線で問われる。

 カールの返事に困った。


「ありえるかもしれない。元々、魔族と人族の争いは長いけれど、魔獣に関しての研究はそれほど進んでるわけじゃないし。魔石に関しても同じことが言えるから」

「……もしあり得たとしたら?」

「宮廷魔導師の学説として学会に大きな話題を呼ぶかもしれない」

「それって魔導師様が有名になるってこと?」


 さっきまで幼いと小馬鹿にしていたのは誰だったのか。


「たぶんそうなると思うよ」

「凄いじゃない! 是非、見てみたいわ! 有名になる人って、ものすごく羨ましいもの」

「イライザがそうなるわけではないですからね」

「分かってるわよ……」


 目を輝かせて自分のことのように喜ぶ少女にケリーは冷たく釘を刺した。

 このまま放っておけば学会が開かれる当日、自分に発表させると言い出しそうな気がしたからだ。

 機先を制されてイライザはムスッとした顔になる。尾が不機嫌に揺れていた。


「とりあえずこの魔石は僕が預かることにします、それでいいですか」

「もちろんです。それに何にせよこれほどの価値のあるもの頂いても旦那様達は困りますから」


 たぶんそれはイライザの両親のことだ。

 これほど巨大な魔石なら大金貨、数十枚にはなるだろう。

 一家族が一生遊んで年ほど暮らせるぐらいの額だ。

 雇い主が困るということはないような気もしたが、詳しく聞くのはやめた。


 王都に住む獣人で黒狼族で有力な存在と言えば、あまり多くない。考えなくても名前が上がってくる。

 その多くはあまりよろしくない噂の良くない人物たちだ。

 裏社会、闇社会、黒社会に属していると言ってもいい、マフィアのボスたち。


「誰が困るかは僕には関係ないから」

「そう言っていただけると助かります」


 カールは自分が詳しいことを追求しないと伝えた。

 面倒事に巻き込まれるのはたくさんだ。

 船長がイライザとケリーに、賓客の扱いで宿泊して欲しいと告げた。


 平民として乗船していたらしい。身分を隠すわけでもなく裏社会の人間は貴族にはなれない。

 それをカール達が宿泊する部屋の近くに移動するように願うのだ。


 この船にとってケリーの働きがどれほど素晴らしいものだったかを物語っていた。

 カールはドラゴンの魔石を封じたようにして、皮袋に巨大な魔石を移動させる。

 それは封印を解くまでの間、その中でずっと眠っているはずのものだった。


 一つ誤算があったとしたら……封じられた魔獣が、実はまだ生きているという点。

 まさかの意外な事実をカールは見落としていた。

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