帰還(SF)

 西暦2xxx年、私は世界初有人宇宙船の日本人乗組員として宇宙へ旅立った。故郷へ帰るのは久しぶりだ。

 科学技術の発達により、数十年で帰還できるのは分かっていたが、地球を離れている間に『浦島太郎』のようになってはいないかと少しの不安は残る。

 季節は春だ。今の時期なら桜が見られるかもしれない。満開の桜、はらはらと散る美しい花びら、想像するだけで心が和む。


「おかえりなさ~い!!」

「ふぉーーー!!」


 場違いなほどの陽気な音楽と歓声が私を出迎えた。肌にまとわりつく空気は熱く、日差しも焦げるほどだ。小麦色に日焼けした派手な格好の人々が笑顔で次々と私をハグする。褐色の美女に頬に情熱的なキスをされて、私は目を白黒させた。

 帰還して最初に降り立ったのは日本の基地だったはずだ。


「えーと……ここ、日本ですよね?」

「そうだけど?」


 新しい所長だという陽気な髭面の男が、自らギターのような楽器を掻き鳴らしながら歓迎の音楽を奏でる。

 代替わりする前の所長は、私が覚えている限り真面目そうな初老の男だったはずだが、これではまるでラテン系のミュージシャンのようではないか。


「日本…」

「まあまあ、細かいことは気にせずに!無事に帰れて良かったな!ワインでも飲んで歌おうぜ!」


 基地の所員達も大半はラテン系のようだ。私のような平均的な日本人顔の者はいない。みな、勤務中のはずなのに口々に乾杯を叫び、酒を飲んで歌い踊っている。

 取り残された気分でチビチビ酒を舐めていると、2人の男が隣に来て、そのうちの1人が馴れ馴れしく肩を組んで私の顔を覗き込んだ。


「よう、飲んでるか、ヒーロー!」

「あの、皆さん、本当に日本人ですよね?」

「なんで?」

「私が知っている日本人とは顔も人種も違うような気がしまして」

「何言ってるんだ、みんなこんな感じさ。君こそ日本人ぽくないな」

「いや、昔はみんな彼みたいな顔だったらしいぜ」

「昔?」


 彼らから聞いた話によると、温暖化の影響で一年の大半が夏のようになってしまった地球では、次第に南国の生活様式となり、それに伴って民族も少しずつその性格を変えてきたというのだ。


「そんな……桜は?」

「サクラ?そんな植物もあったって爺さんに聞いたな。もう絶滅したんじゃないか?」

「ええ!?」

「いや、待て待て、スヴァールバル世界種子貯蔵庫に種子が保存してあるって聞いたぞ」

「そうだ、まだ咲く国もあるらしいよ、今度教えてやるよ」


 男達はがっかりする私を慰めるように口々に言う。それがなんの慰めになると言うのか。環境に適応するのが悪いとは言わないが、四季の移り変わりを楽しんでいたあの頃にはもう戻れないのだ。


 私の哀しみを笑い飛ばすように、陽気な音楽は止むことなく奏でられ続けた。

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