第2話

 その後探索隊に動きがあったのはちょうど1か月後。探索場所は施設を中心に徐々に壁側へと広がっていった。



「……。ちょっと止まれ」


「園田さん、あれ!」



 園田さんが見ている方向には横たわる電車の上で空を眺める少女の姿があった。俺は急いで少女を保護しに向かおうとするが、それを園田さんは止めに入る。あたりを見回した後、少女を注意深く観察する……。どれくらい時間がたっただろうか? 沈黙の後に園田さんが言い放った言葉は。


「……一度施設に帰還する」


「……園田さん。このタイミングで言う冗談にしちゃちょっとキツいですよ」



 ここ1か月関わってきて分かった。誰よりも周りに気を使って接していたのは他でもない園田さんだ。確かに言動に難がある時もあるが、園田さんの前ではどんな暗い過去を背負っていた子供も、どんな大怪我を負っていた大人もみんな笑顔だった。俺も例外ではない。人間としての暖かみが詰まった人だ。そんな人が言うにはあまりにも人道から外れた発言だった。



「こっちにも事情があるんだよ。施設長に指示を仰ぐ」


「目の前に一人ぼっちの女の子がいるんですよ? こんな環境下でまともな食事ができているはずがない。このままじゃ餓死してしまうかもしれない」


「……年だ」


「は?」


「大地震が発生してからもう3年経ってるんだよ! お前ならこの意味分からない訳じゃないだろ?」



 あんなに幼い子が3年も一人でいれば、間違えなく餓死してしまっているだろう。ということは、近くに誰か保護者がいると考えるのが普通だ。施設にある食料の備蓄も無限ではない。それなら一度帰還して指示を仰ぐのも手かもしれない。



「……分かりました」


「お兄さんたち、こんなところで何してるの?」



 言い合いをしていて近づいてきていた少女に気が付かなかった。彼女はにっこりと笑うとこっちの方まで駆けてきた。施設の子供たちと同年齢くらいだろうか。話しかけられたからには何とかしてやりたい。



「俺たちは今、ここら辺の探索……散歩にきているんだ」


「そうなんだ! あたしメアリ。一緒に遊ぼ!」


「それは、良いんだけど、パパとママは?」


「パパ? ママ? メアリにはいないよ?」



 両親が居ない? じゃあ一体今までどうやって生きてきたのだろう。そもそもそんな事有り得るのか? なんにせよ連れて帰る以外の選択肢は俺の中から消えた。今は如何にして園田さんを説得するかを考えなければ。



「……はぁ、1日待て。俺はその間に何とか坊ちゃんを説得してきてやる。これ以上の譲歩は無理だ」


「それで構いません」


「取り敢えず今持ってる食料は全部置いていく。明日の夕方には帰る。ったく、仕事増やしやがって」 



 ぼやきながらリュックサックの中身を出していく。これだけあれば2、3日は持つだろう。園田さんはめんどくせーとかだりぃとか言いながら遠くへと消えていった。


 


「お兄さん! これから何して遊ぶ?」


「遊ぶ前に少しお話しようか」


「えー。しょうがないなぁ」



 不服そうにほっぺたを膨らませムスッとする。だが、両親の居ない中この年齢の女の子が一体どうやって生き長らえてきたのか。他にも疑問点を挙げればキリがない。



「メアリちゃんはここにずっと居たの?」


「ううん。少し前にきた。だけど、1人で出来る遊びは全部やっちゃったの」


「どこから来たの?」


「むぅ。お話ばっかじゃつまんない」



 そうだよな。施設の子供たちもそうだったが、このくらいの子達は体を動かして遊んでないと気が済まないのだろう。別に今焦って聞く必要は無い。これからゆっくり信頼を築いてからでも遅くは無いだろう。



「それじゃあ遊ぼっか!」


「わぁい!」



 それから俺たちは2人で鬼ごっこやかくれんぼなど子供らしい遊びをひたすらに楽しんだ。気が付けば周りは周りはすっかり暗くなり、遊び疲れて熟睡したメアリを抱きかかえるようにして俺は眠りについた。


 次の日、俺は膝に違和感を感じ目を覚ます。そう言えば昨日は膝に乗せて一緒に寝たんだったかな。

 まだ眠りから覚めないようなので、起こさないようにゆっくりと寝かせ伸びをする。無意識のうちに気を使っていたのか姿勢が全く変わっていなかったこともあり膝が痺れ少し身体がふらつく。



「っと……よし!」



 普段は眠気覚ましに顔を洗うのだが、野宿だったのでそれもできない。両手で頬を軽く叩き気合を入れる。取り敢えず園田さんの帰りを待つしかない。



「んぅ……」


 少しするとメアリも目を覚ます。眠そうに目を擦った後しばらく周りを見渡す。


「おはよう、お兄さん」


「うん、おはよう」


「メアリここにいるの飽きた。お外行く」


「お外って?」


「あの壁の向こう」



 メアリは壁の向こうに行く方法を知っていると言う。全身が粟立つ。この情報が分かりさえすれば食料危機への不安も無くなり、施設のみんなと幸せに暮らすことが出来るはずだ。



「お兄さんもついて行っていいかな」


「うん」



 建物の崩落が危険ということもあり、今まではペアの調査でしか外出をすることは無かったのでこんなに間近で壁を見るのは初めてだった。

 地上とこの廃都を隔絶するように聳え立つ黒く堅牢な壁は、思わず尻込みしてしまうほどの威圧感がある。

 壁付近に調査隊を派遣しない理由がよく分かった。この壁は絶望そのものだ。少女1人見つけただけで高揚していた俺に執拗なまでに現実を突きつけてくる。



「ここ」



 メアリは手ごろなサイズの木の棒を持ってきて、壁付近の岩をてこの原理を使って横にずらす。するとそこには。



「……穴ない」


「ここにあったの?」


「うん」



 メアリ涙ぐみ始めた。大方道に迷ったんだろう。もしかしたらと思っていたが1歩前進とは行かなかった。でも、壁からの脱出が一気に現実味を帯びてきた気がした。そう遠くないうちにその穴を見つけることができるかもしれない。


 集合場所に戻ると既に園田さんは戻ってきていた。不機嫌そうな様相は自然と俺の足取りを重くさせる。これは今日もなんかけしかけられるな。このまま園田さん置いて二人で施設に戻っちゃおうかな。



「どうしたの? おじさんとこ行こ?」



 物音を立てないように歩いてきた俺の後ろをメアリが普通についてくる。そこにすかさず焦点を当てる園田さんは物音に敏感なんてレベルじゃない、さながら狩人のようだった。



「おいてめぇ。俺前に言ったよな、待つのが嫌いって」


「い、いやちょっと用を足しに……ね」


「ほーん」



 言い訳としては苦しいか? すかさず出てくるものはこれくらいしか思いつかない。成果を上げたならまだしも、壁の方まで無許可で行ってなんてことがバレれば間違いなく殺られる。



「幼女を連れて用を足しに……人の性癖をとやかく言うつもりはねぇけどよ。歪んでんな」



 そんな解釈するのかよ。まずい園田さんの顔が新しいおもちゃを見つけた子供のような顔をしている。これは施設で絶対に言いふらすやつだ。俺の名前の件で、施設の情報伝達の速さは実証済みだこのままでは変態のレッテルが張られるのは自明の理。社会的に死ぬか身体に死ぬかと言うかその両方か……これもう詰んでね?

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