終末を刻む極彩色

空門杏弥

第1話

 ここはかつてトウキョウと呼ばれた主要都市があったらしい。らしいと言うのは俺はそれを知らないからだ。今ここにあるのは瓦礫の山と人の営みを感じさせない無音の廃都だけだ。

 風の吹きすさぶ中、俺は生存者がいないか辺りを見回す。時には廃ビルの屋上を時には瓦礫の下を。居たとしても助かりようの無い場所までくまなく探す。



「そこら辺にしとけ新入り、もう時期日が沈む。街灯もねぇんだ。迷子になったら事だぞ。おらぁ野宿なんざ御免だね。」



 話しかけてきたのは、探索隊の上司。名前を園田と言うらしい。園田さんは腰掛けていた鉄骨から立ち上がるとその場で伸びをして自分の腰を叩く。



「なに如何にも頑張った雰囲気醸し出してるんですか。あなた座ってただけでしょう?」


「言うじゃねえか新入りぃ。おらぁ待つのが嫌いなんだよ。だから、待ち疲れってやつ?」



 だったら一緒に探して欲しいもんだと思ったが口には出さない。この人に逆らうとろくな事がないからだ。この前は施設で出てきたご飯のおかずを俺の分まで平らげてしまったし、最近では嫌がらせがエスカレートし自室のトイレのトイレットペーパーにカラシを塗りたくたれていた。夜中で寝ぼけて用を足していた事もあって気付かずにそのまま拭いてしまい地獄を見た。この人に逆らったら今度は命を取られそうだ。折角助けて貰った命、大切にしないとバチが当たる。



「そんじゃま帰るかぁ。忘れもんすんじゃねぇぞ……っと。そういや思い出したか? 自分の……なんかしら」


「特には……今日見たのは廃ビルと瓦礫くらいですし、なんかもっとヒントになりそうなものとか無いですか?」



 そう言うとしばらく悩んだ末、園田さんは歯切れが悪そうに答え紙切れを渡してくる。ふと、何か甘い香りが鼻腔をくすぐる、お菓子の包み紙か何かかと思ったが違った。

 そこには絵が描かれていた。満天の星空と、それに負けずとも劣らない程の素晴らしい夜景だった。あまりにも精巧に描かれていたので最初は写真と見間違えるほどだった。俺は目を奪われその絵に魅入ってしまった。



「すごい……これ今、園田さんが描いたんですか?」


「いや、うーん……まぁそんなところ?」



 あの粗暴、横暴、凶暴の三3暴の揃った園田さんが……椅子にだって座り続けることが出来ないような人なのに、瞬時にここまでリアリティのある絵を描けるのは驚きだ。これ、絵画展とか出来てしまうレベルなのではないのだろうか。と言うかここが廃都になる前は元々そっちで食べていたのかもしれない。



「これ、俺が描いたってのは内緒な?」


「なんで? こんなに素晴らしい絵を描けるならみんなに教えてあげれば良いじゃないですか」



 施設は元より娯楽の少ない場所だ。芸術系統の特技は重宝されるはずなのに何故か園田さんはそれを拒んだ。


「いや、絵が描けるってのは別に言ってもいいんだけどよ。ここで描いたってのと描いた内容を内緒にして欲しいわけよ」


「はぁ」



 よく分からないがこの人の言うことには逆らってはいけないので俺はこれ以上この話を広げようとはしなかった。結局思い出せそうなことは無かったが、園田さんの意外な特技を知ることが出来た。

 空を見上げると既に茜色に染まっていた。俺はヘッドライトを付けて足元を照らしながら帰りを急いだ。


「……新入りは、さっき絵で見せた魅入っちまう程綺麗な街がどうしてこんな風になっちまったかって聞かされたか?」


「大まかには……。確か大地震によってトウキョウを中心に都市が壊滅してしまったんですよね」



 トウキョウはその際に異常なまでの隆起と沈下が起きてしまい周りが壁に囲まれたようになっている。現在までその内側で生き残った人間の救出の目処は経っていない。最低限の食料は施設に確保されているが、何十年も持つ訳では無いのでそれも時間の問題。俺たち探索隊は人命救助が第1だがその他にも食料確保やこの都市からの脱出の糸口を見つける事も役割のうちに入っている。



「そう言えばどれくらいの間俺は意識を失ってたんですか?」


「おらぁ知らんな。帰ったら他のやつに聞いてみるといい」


 足早に帰って来たという事もあって施設の明かりを見つけるまでの時間はそう長くはかからなかった。今日で探索隊として俺が動き始めてから7日。良くも悪くも状況は何ひとつとして変化していない。結局今日も得も言われぬ不安感を拭いきれないまま施設に帰ることとなってしまった。



「あら、お帰りなさい。何か収穫はあったかしら?」


「ただいま。いやぁ、結構範囲を広げて探したんだけどよぉ。なーんにもねぇわほんと。死者が見つからないだけマシって感じだなぁ。」



 俺たちを迎えてくれたのはこの施設で保母をやっている女性のガブリエラ。名前からもわかるように外国人である。ブロンドの髪を1つ結びし、エプロンをして如何にもな格好をしている。温厚な性格で施設の子供たちからもよく懐かれている。



「大丈夫よ。今日ダメなら明日また頑張りましょ?」



 懐かれてると言えばもう1人子供達から絶大な人気を誇っている人物がいた。



「おじさん! 今日は俺と遊ぼ!」


「誰がおじさんだ! 園田お兄さんと呼べ。俺はまだ26だ」


「だめ! 園田おじさんは今日私とおままごとするって約束してたもん」


「俺をおじさん呼ばわりするような子と遊ぶ約束した覚えはねーぞ」



 園田おじさんは子供の心を不思議なまでに掴んでいた。ここ1週間帰ってくるといつもこの調子だ。遊んでいると言うよりは遊ばれているようにも見えるが、懐かれていることには変わりない。精神年齢が近そうだし気も合うのかもしれない。



「うふふ、子供たちもあんなにはしゃいじゃって……そう言えば君はどう? 何か思い出した?」


「いえ、残念ながら何も」


「そんなに暗い顔しないの。さ、お風呂でも入ってさっぱりしてきて」



 そういうとガブリエラはタオルと着替えを用意してくれていた。施設の風呂は共同浴場で男女で時間がそれぞれ決まっている。急いで済ませてしまおう。俺はそれを受け取り共同浴場へ向かった。

 脱衣所に着くとまたふと甘い香りがする。全く違う場所で同じ香りがした。流行っている香水か何かなのだろうか? でも、園田さんが香水を付けてるとも思えない。



「風呂先に頂きました。ありがとうございます」


「大体、俺がおじさんならガブリエラはもっと……」


「私は……何かしら?」



 とんでもないタイミングで戻ってきてしまった。と言うかその話どれだけ引っ張ってるんだよ、30分は経ってるぞ。ガブリエラは物凄い圧で園田さんに近づいて行く。顔は満面の笑みなのだが殺気を隠しきれていない。これは園田さん死ぬかもしれないな。合掌……。



「これは違ぇんだよガブリエラ。お、おい新入り、手を合わせてないでフォローしやがれ!」


「え、嫌です。さっきの外の報告も我が物顔で答えてましたけど、園田さんずっとサボってたじゃないですか」


「バカ、なんで今それを言う……」


「何ですって?」



 火に油を注いでしまったみたいだ。まぁ普段から嫌がらせ受けてるしたまには痛い目を見てもらおう。今日も他人の不幸で飯が美味い!

 これみよがしに普段の園田さんの行いの数々を告げ口してやろうか。サボってばかりの園田さんには良い薬になるだろう。



「そう言えば食料が底を尽きそうなの。イノシシでも狩って来てもらおうかしら?」


「嘘つけ! 後ろの冷蔵庫も離れの食料庫も果ては足元にある床収納の缶詰も溢れるほどあるじゃねぇかよ!」


「うふふ。つべこべ言ってるとあなたを食料にしちゃうわよ?」


「……野宿は嫌だが、食料になるのはもっと嫌だぁ!」



 最後にそう言い残すと玄関から飛び出して行った。彼はもう今日は帰って来ないだろう。折角野宿しないために捜索を早めに切り上げたのに。まぁ、身から出た錆と言うやつだろう。普段からもっとしっかりしていればこんな事にはならなかった。



「さぁ、お猿さんは山に帰った事だしみんなでご飯にしましょ」


「……。」



 逆らってはいけない人序列の順番が入れ替わった瞬間だった。

 ご飯を食べてから1時間後ポツポツと他の捜索隊のメンバーも帰って来た。ガブリエラさんとの話の内容を聞く限り、状況はあまり芳しくないらしい。



「おにぃさん。園田おじさんどこか行っちゃったから代わりにおままごとしてー」



 先程園田さんと遊んでいた女の子が話しかけて来た。背丈や顔つきを見る限りまだ小学生くらいだろうか、こんな小さな子供まで災害に巻き込まれていると思うといたたまれない気持ちになる。だが、本人がこんなに前向きなのに悲しんでばかりも居られない。俺に出来ることは、いち早くこの子の親を見つけてあげることだけだ。俺は心に強く誓った。



「いいよ。おにいさんは何をすればいいのかな?」


「えーっとねーママと不倫している間男役ー」


「え゛」



 今の子供ってそんな複雑な家庭環境のおままごとしてるの? おままごとって言えば料理とかして、もぐもぐおいしいねーみたいな物をイメージしてたんだけど。これ、付き合っていいのかな……この子の将来に悪影響を及ぼしたりしないかな? 取り敢えずガブリエラさんにSOSを出そう。



「ふふっ。ダメよちーちゃん。お兄さん困っちゃってるわ」


「えぇー。園田おじさんはノリノリでやってくれるのにー」


「本当に……あの人は。もう」



 そんな風に言ったガブリエラさんは困ってはいるものの嫌悪感を感じることはない。ある程度の信頼がないとこんな風になることは無いだろう。そう言うノリも子供に好かれる為には必要なのだろうか。今度は園田さんに懐いていた男の子方に聞いてみた。



「ちなみに君は普段園田おじさんとどう言う事して遊んでるのかな?」


「うん! この前は頭にチンチン乗っけてお殿様ーとかやった」



 その絵面が容易に想像できる。園田さんがそこまで考えている訳がなかった。



「やぁ、ここでの生活にも慣れてきたかな」



 頭を抱えた俺に対して話しかけてきたのは、俺と年が変わらないくらいの青年、財前晶。彼はこの施設で目を覚ました時に一番初めに目にした人物だ。顔立ちが整っていて高身長、さらにお金持ち、何でも施設の所有者らしい。その上この嫌みのない爽やかな笑顔。本当に勝てるところがない、完璧という概念が足をつけて歩いているようだ。



「? どうかしたかな」


「財前くんは俺と年が変わらないのに、被災者保護の施設を作ってしまうなんてすごい人だなと思いまして」


「年が変わらないんだから、そんなにかしこまらなくても。同い年の子って今までいなかったから君が来てくれて嬉しい。これからもよろしくね」


「あ、うん」


「僕はあくまでも場所を提供しただけだ。僕一人じゃここまでの施設を完成させることは出来なかった。保母として働いてくれているガブリエラさんを始めとして色んな人が協力してくれてるからね。

 勿論、君のバディの園田さんもその一人だ。君が記憶喪失だと分かった時、我先にと名乗りを上げたしね」


「そうだったのか……」


「まぁ、たまに突拍子もないことをし始めることはあるけど、彼なりの考えがあってのことなのさ。あっ、この話僕がしたっていうのは言わないでね? 彼恥ずかしがり屋だから」


「おらっ! どうしてもっつーいうからイノシシ捕まえてきてやったぞぉ!」


「はぁ、園田さん。程々にね」



 財前はドアを蹴り飛ばして帰還した園田さんに一言告げるとそのまま自室へと戻っていった。



「じょ、あ~。坊ちゃんは食いませんか? 久々の新鮮な肉でっせ」


「遠慮しとくよ。僕の分は子供たちに分けてあげて」


「りょーかい。……ところで、ガブリエラさん? 俺の分の晩飯って残ってたりします?」


「山猿の分際で人と同価値のごはんが食べれると思っているのかしら? 自惚れも大概にして欲しいわね」


「……キッチンお借りしまーす」



 年齢の話まだ根に持ってるんだな。園田さんは肩をすぼめてキッチンへと向かった。財前の話の信憑性が薄れていく。折角、目頭が熱くなる話だったのに。今見ている彼の背中はあまりにも小さかった。居ても立ってもいられないので何か手伝えることがないかを聞いてみる。



「なんだぁ、新入り。なんか目線が気持ち悪ぃぞ」



 ちくしょう。やっぱこの人嫌いだ!



「と言うか、いい加減新入り呼びも飽きてきたな。ちょっくら名前を考えてみっか。おら、ちびっ子共集合!」



 まさに鶴の一声といった感じか、子供たちが一斉に集まってくる。



「どうしたの、おじさん」


「だから、おにいさんな?」


「何かあったの? 園田おじさん」


「園田お兄さんな?」


「年齢イジりで一々反応してるところがじじ臭いんだよ、そのおじ」


「あぁん? あんま調子に乗ってると寝てる間に鼻にカラシ突っ込むぞガキ」



 あ、キレた。眉間のところがピクピク動いてる。年齢ってそんなに気にすることか?



「ヒッ!!」


「そんなことしたら私がデスソースお尻から飲ませてあげる」


「やだなぁ、じょ、冗談に決まってるでゲスよ。ガブリエラのアネキぃ、ひっひひ……」


「あら? ご褒美じゃない?」


「実質的な死刑宣告だ!」


「あははは、おじさんよわーい」


「うるせっ。お前らのせいで怒られたじゃんかよ。というか新入りの名前だよ。随分と脱線しちまった。」


「考えればいいの?」


「まおくんとかどう?」


「おっ、いいじゃねぇか。なよっとしたこいつにピッタリだ」


「俺に拒否権は?」


「無い」


「ですよね」


「ちなみに、名前の由来は?」


「間男!」


「嫌過ぎるんですけど!」



 とんとん拍子で話が進んでいってしまい、真央という俺の名前が浸透するまでそう時間はかからなかった。

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