ソーハム
@Dariahrose
プロローグ 〜 ジャイナへ 〜
それは突発なものだった。
計画していたものでもなければ、思い切った訳でもなかった。
雄紀の体は、一瞬、フワッと宙に浮いた気がした。
そして、次の瞬間、心が一瞬で凍るように我に返った。
「!」
物凄い速さで地面が近付いて来る。
「ぶつかる‥!」
空気が鼓膜に当たる。ゴーという音と耳の中と体に空気の圧が急激に激しさを増した。
その衝撃の激しさに意識を失った。
・・・今まで、雄紀は自分の人生が不幸なものだと思ったこともなければ、悲しいことがあったわけでもない。
全て自分のせいだと分かっているからだ。
彼は仕事場では、ほとんどしゃべらない。
そう出来る仕事をあえて選んだ。
毎日、黙々と仕事をこなし、アパートに帰った。
雄紀は、誰かと話していると、心の奥を見透かされるような気がして、恐怖で相手の目どころか、顔も見ることが出来なくなった。
その恐怖感に雄紀は緊張し、おどおどとした態度になってしまうのだ。
その、態度にまわりが、イライラしているのが肌で感じられた。
雄紀に、最初は優しく話してくれた人達も、いつの間にか挨拶すらしなくなった。
雄紀は、このことは雄紀自身、どうにもできない事だと思っていた。
そして、もしそんな自分みたいな奴がまわりにいたら毛嫌いしてしまうだろうとも思っていた。
アパートに帰ると直ぐにシャワーを浴び、世俗を洗い流してから湯にどっぷりとつかった。
お風呂から上がったら、冷たい飲み物を片手にお気に入りの大きな窓のところに行った。
そして、そこにある座り心地のいい椅子に座り、外の景色を眺めた。
なるべく遠くに目をやると、
『みんな、同じ空を同じ様に経験しているんだ。』
と、ビルの明かりの下に存在の全ての人たちと時間や空間を共有していると言う気持ちになれた。
雄紀にとって、他者との関りはそれで十分だった。
と、言うより それ以上は望まなかった。
そんなある日、職場に研修生が入ってきた。
雄紀が卒業した大学院に席を置いていると紹介があった。
彼女は、よくしゃべった。
彼女が職場に来てから、みんなは彼女を中心によく会話をするようになった。
雄紀に対しても、彼女は初日から、人懐っこい真っすぐな黒目がちな瞳の満面の笑顔で挨拶をして来た。
雄紀は面食らった。
『苦手だな。』
彼女の声は、いつも職場で響いた。
彼女が、誰かとしゃべっている声が響くのをまるで数えるかの様に、雄紀は聞いていた。
しかし、決して彼女に話しかけようとはしなかった、と言うより避けた。
ところが、彼女は、一向に雄紀に挨拶をすることを止めなかった。
例え、雄紀が聞こえない振りをしても、完全に無視しても、そこから立ち去っても、彼女は挨拶することを止めなかった。
それどころか、雄紀のところに来ては、まるで独り言のように話して行くようになった。
それまでは、心の休まる場所だったアパートに帰っても、彼女のことを思い出すようになった。
雄紀が毎日、無視し続けても変わらない毎朝の挨拶。
彼女の声、笑顔・・・。
特に、時々聞こえてくる彼女の大げさなくらいの笑い声は一度聞くと、しばらく耳を離れなかった。
アパートの窓からの景色に浸っている時にさえ、彼女の笑い声が頭の中で響くようになった。
雄紀はまるで、呪いにでもかけられたような気さえし始めた。
『僕が壊れていく・・・。』
そんなある日、雄紀は貯まった有休を消化して、旅行雑誌で『癒しの宿』と銘打った山奥の温泉宿に訪れた。
しかし、雄紀がこの宿を訪れたのは他にも目的があった。
荷物を部屋に置き、ハイキングに出かけた。
都会のビルの谷間の雑踏と違い、緑の深い山道の静けさは、雄紀にはなぜか懐かしかった。
かつて、使われていたであろう大きな石橋に差し掛かった。
「ここか・・・。」
少年の頃、購読していた超常現象等に特化した雑誌に特集されていた橋だった。
その雑誌には、『・・・橋の下には異次元につながる”穴”がある・・・』とあった。
なぜか、最近、ふとそれを思い出した。
彼女と出会うずっと前に思いをはせた場所に来て、自分を取り戻したいと願い、ここに来たのだった。
この場所は、かつて、たくさんの人が訪れたであろう。
倒壊しかけた小さな小屋の外壁に、色あせて、やっとそれと分かるチラシと案内が貼ってあった。
橋の方へ歩いて行く。
辺りは草や小さな木で覆われていた。
石橋の上に、組まれた石の隙間に生えている1メートルくらいの木から、どれ程の間ここが忘れ去られているのかが想像が出来た。
雄紀は、橋の手前に張ってあるロープを
丁度、真ん中あたりから下を覗くと、下にうっそうと生え茂った小さな木々や草が見えた。
多分、橋の高さは地面から2~30メートルはある。
真後ろから、急に誰かに呼ばれた気がして、びっくっと後ろに振り返った。
重心を崩して、橋の隅へ倒れそうになった。
何故か、一瞬その橋から飛んで違う世界に行けそうだという気持が、シャボン玉が宙に舞うように心に浮かんだ。
その時だった。
雄紀の体は、フワッと宙に浮いた気がした。
何となく、橋の外へと体を誘う重力に身を任せた・・・
・・・・・・遠くに人の声がする。
遠すぎて、言語の種類すら分からなかった。
しばらくすると、その声はだんだん遠ざかり、聞こえなくなった。
「・・・どうしたんだっけ・・・。どれくらい時間がたったのだろうか。」
何か冷たい物の上に頬があるのに気が付いた。
腕の下も冷たい。
自分は何の上に居るのだろう。
「そうだ!落ちたんだ。」
雄紀は目を開いて起き上がった。
「何だ、ここは!?」
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