第15話 疑惑と興味

 スレイプさんの宣言は、自惚れでも自信過剰でもなんでもなく、ただの事実だった。


 会場の守りをお父様達や残された貴族に任せた彼は、一人で会場の外を駆け回り、押し寄せるゴブリンをバッタバッタと薙ぎ倒し、ついに突然のゴブリン出現の元凶──召喚魔法陣を破壊するに至っていた。


「すごい……」


 そんなスレイプさんの戦闘の一部始終を、少し離れたところから眺めていた私は、思わずそう呟いた。


 単純なステータスとか、スキルの差じゃない。ゴブリンをただ殺していくのではなく、適度に注意を引くことで仲間を呼ばせ、離れた場所にいながら会場を守ると共にその出所を探る"立ち回り"の力。


 今の私に一番足りないモノがそこにあった。


「今のはしっかり記憶に刻み込んでおかなきゃね」


 いきなりゴブリンが現れたのは驚いたけど、結果だけ見れば大した怪我人もいないし、Sランク冒険者が戦う姿も見られて、私としては大収穫だ。


 ラッキー……とまで言うのは、さすがに不謹慎かな?


「っと、いけない、そろそろ戻らないと」


 緊急事態だったから仕方ないとはいえ、また本体を放置して分身に意識を持ってきてる。


 あんまり長時間こうしてたら、また家族に心配かけちゃう。

 そう思って、すぐに《ミラージュ》を解除しようとして……。


「おっと、帰るのはまだ早いよ。君とは話があるからね」


 私の腕は、スレイプさんに掴まれていた。


「……えっ」


 私の《カメレオンカラード》が見破られた!?

 いや、このスキルは単に体を透明化するスキルだから、このレベルの人には通じなくて当たり前か……! うっかりしてたよ。


「単刀直入に聞こう、君は何者だい?」


「……アーランド騎士爵家の娘、テノア・アーランドです。ええと……スレイプ様のご活躍の噂はかねがね……」


「そういうことを聞いてるんじゃない。では、もっと分かりやすく行こうかな? ……今回の事件、やったのは君か?」


「違います!! なんでそうなるんですか!?」


 とんでもない勘違いをされていると気付き、私は憤慨する。


 一体何をどう間違えたら、こんないたいけな女の子がパーティ会場にゴブリンを召喚するなんて暴挙に出ると思うわけ!?


「なんでと言うが、こんな小さな子供が分身体を生み、更には周囲の景色と同化させるスキルまで併用し、コソコソと俺の後をつけ回しているんだ。疑うなという方が無理だろう?」


「あ、はい……おっしゃる通りです……」


 確かに、姿を隠して覗き見なんて、完全にストーカーだよね。

 そう思ってシュンと俯くと、なぜかスレイプ様は目を瞬かせ……そのまま、思い切り笑い始めた。


「くっはははは! 今の流れでその反応は、疑ってくださいと言っているようなものだろうに。いいのかい、それで?」


「えっ!? いや、ダメですよ!! 私は何もしてません、ただスレイプさんの戦いの様子を見学したかっただけです!!」


「なるほど、そのためにゴブリンを呼んだのか……」


「ちっがーーう!!」


 慌て過ぎて、思わず素の口調が飛び出してしまいながらも全力で否定する。


 この場で戦っても勝てないとは言わないし、逃げ切るくらいは全然出来ると思うけど、それじゃあ家族に迷惑がかかる。


 どうしたら信じてくれるのかと、私が悶々と悩んでいると……スレイプさんは私の手を離し、ポンポンと頭を撫で始めた。


「すまない、あんまり素直だからついからかいたくなってしまった。許してくれ」


「むぅ……! からかってたってことは、私が犯人じゃないって最初から気付いてたってことですよね!? 許しません!」


 ぷいっ、と顔を逸らしながら、ついでにぺちんと手も弾き返す。


 そんな私に、スレイプさんは「まあまあ」などとあまり反省の色が見えない宥め方をしてくる。


「別に最初からというわけじゃないさ。君の手を掴んだ時に、少し魔力を調べさせて貰ったんだが、先ほど壊した召喚魔法陣とは全くの別物だった。協力者という線が消えたわけじゃないが……まあ、一旦信じるには十分な根拠だろう」


「むぅ……」


 つまり、「少し話がある」っていうのは嘘で、魔力を探っていることを私に気取られないための方便だったってことか。


 ゴブリアスと戦った時も、相手の言い分を鵜呑みにしてあっさり騙されちゃったし……もう少し、言葉の裏を読むことを覚えた方がいいのかな?


「まあ、続きはまた後にしよう。家族が待っているんだろう?」


「あ、そ、そうだった!! それでは、また!!」


 私をこの場に踏み留まらせた元凶とは思えない、とても朗らかな笑顔。

 なんともイラッとさせられるその顔に見送られながら、私はスキルを解除し、本体へと意識を戻した。



◆◆◆



「テノア・アーランドか……本当に、何者だ……?」


 直前までテノアの分身が立っていた場所を眺めながら、スレイプは一人呟く。


 彼が探ったテノアの魔力は、想像を遥かに越えるほど膨大だった。

 幼い体が抱えるには、あまりにも多すぎる魔力量。それを、同じく膨大に過ぎる女神の加護で抑え込み、どうにか人としての形を保っている。そんな印象だ。


「あれほどの加護、よほど大量の魔物を幼い頃から狩り続けなければ、到底得られないと思うのだが。それに、仮に狩れたとして……魂と肉体への定着が異常に早い」


 女神の加護は、魔物を倒すことで得られる。だが、ただ加護を得るだけでは強くはなれない。


 自らの素質と向き合い、真に進むべき道を見出だした時。その背中を後押しするように、加護は本当の意味で力となり、スキルとして顕現する。


 ただ闇雲に魔物を狩れば強くなれるというほど、単純な話でもないのだ。


「あの子の中に、よほど明確な力の指標が備わっているのか……? ふむ……」


 いくら考えても、スレイプの中で答えは出ない。


 まさか、テノアが前世でプレイしたゲームで到達した、自身のアバターが持つスキルと強さ。それが指標となり、今世における加護の定着によるスキル取得を早めているなど、テノア本人ですら気付いていないのだから当然だ。


「何にせよ、面白い」


 スレイプは魔力を探ったと言ったが、実はそれすらも嘘だ。本当は、彼のスキル──《読心》によってテノアの考えていることを読み、その真意を見極めていた。


 相手の心の全てを読めるほど万能なスキルではないが、放つ言葉の真偽、掛けられた言葉によって動く感情の変化を読み解くくらいは造作もない。


 それによって分かったのは、テノアがどこまでもバカ正直に思ったことを口にし、感じたままにコロコロと表情を変える、あまりにも素直で純粋な心の持ち主であるということだ。


「今時、子供でもあそこまで素直な子はそういないぞ……願わくば、あのまま元気に育って欲しいところだな」


 力を持つと、人は多かれ少なかれ歪んでしまう。

 スレイプ自身もまた、Sランクとしての力を幾度となく利用され、騙されてきた経験により、気付けば《読心》などという戦闘とは何の関係もないスキルを習得するに至ってしまったほどだ。


 今はどうやら、家族にもその力を隠しているらしいテノアの今後を思い、スレイプは一人呟くのだった。

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