第13話 社交パーティーと友達
馬車の旅を終え、私はついにコーデリア領の領都へと足を踏み入れた。
お父様やお母様の言っていた通り、その町並みはどこまでも綺麗に整えられた真っ直ぐな道で構成されていて、大きな荷物を牽いている馬車の一団がすれ違ってもまだ余裕があるほどに広い。
並び立つお店も、冒険者の人達に向けた装備品や、ポーションなどの魔法薬を売るお店や、普通の青果店、雑貨屋。それに、アーランド村では考えられないくらいお洒落なレストランまであって、なんだか同じ国なのに文明レベルの差を実感する。本当に田舎なんだね、アーランド領って。
「はあ……上手く行かない」
でも、そんな残酷な格差とは別の理由で、私はちょっと落ち込んでいた
この馬車旅の途中、私は出来るだけ子供らしく、元気に明るく振る舞った……つもりなんだけど、やっぱりどうにも心配かけちゃってる感じがする。
特にお兄様、ちょっと過保護過ぎる気がするんだよね。窓に近づくだけですぐに抱き寄せられちゃうし。
まあ、それもこれも、私が《ミラージュ》の操作に慣れていなかった頃にやらかした奇行のせいなんだけど。
「どうにかここで友達を作って、元気だってところを見せてあげなきゃね」
Sランク冒険者に会って、その力の一端でも取り入れられたら、と思ってここまで来たけど、私は新たにそんな目標を掲げる。
「まあ、私はこれでも見た目通りの幼女じゃないしね、余裕余裕」
実のところ、前世の記憶があるといっても思い出したのはこの世界……FBFに関するものがほとんどで、人間関係についてはあまり覚えていない。
でも、ぼっちだったわけではない気がするし、きっと何とかなるでしょ。
そんな風に思いながら、私は家族に連れられてパーティ会場……コーデリア辺境伯が住む立派なお城に足を踏み入れたんだけど。
「…………」
見事にぼっちを拗らせ、呆然と立ち尽くす羽目になっていた。
いや、うん。一応、同年代の子が集まってる場所は見付けたから、近付いてはみたんだよ?
でもその……どうやら私がゴブリンに拐われたって情報は、既に知れ渡っているみたいで。
どうも、"魔物に穢された哀れで汚らわしい女の子"ってことで避けられてるみたい。
その状態で、ズカズカと会話の輪に入っていけるほど私は図太くはないよ。たとえ噂に尾ひれがついてとんでもないことになっていても、子供相手にとやかく言うのは大人げないしね。
問題は、理由はどうあれ一人でいたら、家族にまた心配かけちゃうってことだけど。
「姿を眩ませ……たらどのみちアウトだよね。どうしよう」
家族には、「友達作ってきます! 心配しないでください!」って大見得切って飛び出して来たのに、これはマズイ。というか、今もどこからともなくお兄様の視線を感じるんだけど。
こうなったら、やっぱり当初の予定通り、Sランク冒険者でも探そうかな。そもそも、いるかどうかもわからないけどね。
「王国西部をメインに活動してるから、こういう集まりにはよく招待されるってお父様も言ってたけど。確か、蒼髪紅眼の双剣使いだっけ? えーっと、名前は……」
「《氷炎》のスレイプ様なら、今日は遅れていらっしゃるようですわよ」
「ひょえっ!?」
後ろから声をかけられ、私は驚きのあまり変な声を上げてしまう。
振り返った先にいたのは、一人の美少女だった。
年齢は、私より少し上かな? 12歳くらいの身長に、ドレスの上からでも分かる胸の膨らみ。物腰柔らかで丁寧な口調が、より一層大人びた印象を懐かせる。
緩くウェーブがかった紫の髪は腰まで伸び、紫水晶の瞳には大人顔負けの知性の光が灯っていた。
会うのはもちろん初めて。でも、私はこの子の名前を知っている。
今回のパーティの主催者、コーデリア辺境伯の一人娘。フィエラ・コーデリアだ。
「えーっと……お初にお目にかかります、フィエラ様。私、アーランド騎士爵家の娘、テノア・アーランドと言います。以後お見知りおきくださいませ」
「知っているわ。ふふ、そんなに堅苦しくしなくていいのよ、私達西部貴族は、皆同じ目的で戦う同志なのだから」
「そうですね……あははは」
その同志達に、たった今拒絶されてきたばかりです。とは言えず、私は笑って誤魔化す。
そんな私に、フィエラ様はくすりと年長者らしい上品な笑みを溢す。
「というか……私のこと、フィエラ様も知っているんですね」
「当然よ、今のあなたは有名だから。その上、そんな槍をパーティ会場に持ち込む女の子なんて、他にいないでしょう?」
私が抱える聖炎の槍を見て、フィエラ様は指摘する。
常在戦場を旨とする西部貴族の集まりでは、基本的に誰でも武器の携帯は許されている。
それでも、私みたいな年端も行かない女の子で武器を持っている子なんて他にいない。いくら槍を布で包んで隠していようと、目立つものは目立つのだ。
もしかしたら、さっきの子達から避けられたのって、この槍のせいもあったりして?
「ねえ、テノアさん。その槍、見せて貰っても良いかしら?」
「あ、はい、いいですよ。切れ味すごいので、怪我しないようにしてくださいね」
私が槍を手渡すと、フィエラ様は布を解き、真紅に染まった穂先を眺める。
ほう……と感嘆の息を漏らしながら、小さな手でそれを撫でた。
「すごいわね……鍛造ではなく、自然発生タイプの魔槍かしら? 確かにこれなら、スレイプ様の持ち物だったとしても不思議ではないわね」
「えっ? それってどういう……」
「あら? 私はてっきり、あなたは自分を助けてくれたこの槍の持ち主が、スレイプ様なんじゃないかと考えて、ここまで探しに来たのだと思っていたのだけど……違うのかしら?」
「あっ、そ、それは……」
そっか、そんな言い訳もあったのか……!
ゴブリンの群れを殲滅したのが本当は自分だと分かっているだけに、その言い訳は思い付かなかった。
今回はもう手遅れだけど、他のSランク冒険者に会える機会があったら、使ってみようかな?
「ふふ、素直な子ね」
「あ、あはは……」
それは……褒められているのだろうか?
わからないけど、フィエラ様の表情からはネガティブな感情は感じられない。というか、むしろ……。
「もし困っていることがあれば、いつでも私に言うといいわ。家族には言いづらいこととか……なんでも相談に乗ってあげるから」
「いいんですか? わあ、ありがとうございます!」
私が喜びを露わにすると、フィエラ様も釣られるようにくすくすと笑う。
けれど……すぐに、どこか遠くを見るような寂しい目付きへと変わり、私を見つめた。
「テノアさんを見ていると、妹のことを思い出すわね……」
「妹さん……ですか?」
「ええ。小さい頃に、病気で亡くなってしまったのだけど……生きていたら、ちょうどあなたと同じ歳だったわ。あの子も、すごく素直で、明るくて……よく笑う子だった」
フィエラ様の手が私の髪を優しく梳き、頬を撫でる。
くすぐったくも心地好いその感触に身を任せていると、フィエラ様はハッとなって手を離した。
「ごめんなさい、こんな話をしても困るわよね。忘れてちょうだい」
私に妹さんを重ねた罪悪感のせいか、フィエラ様は表情に陰を落とす。
そんな彼女に、私は勢いよく抱き着いた。
「テノアさん? 何を……」
「フィエラ様、私、実は寂しかったんです。このパーティ会場に来てからずっと、家族以外には避けられてましたから。だから……フィエラ様が話し掛けてくださって、すっごく嬉しかったです」
顔を上げると、困惑するフィエラ様と目が合った。
そんな彼女に、私はちょっとした我が儘を口にする。
「ですから、もう少し甘えてもいいですか? 私、フィエラ様とお友達になりたいです」
「……ええ、もちろんよ。……ありがとう、テノアさん」
「えへへ、今の場合、お礼を言うのは私だと思いますよ?」
「そうね、そうかもしれないけれど……でも、ありがとう」
フィエラ様の手が、もう一度私の頭を撫でてくれる。
そんなフィエラ様に、私もまた、満面の笑みを向けるのだった。
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