第8話 絶望の王と蹂躙劇
「それじゃあ、サクッと行っちゃうよ」
テノアが槍を構え、ゴブリアス目掛け突っ込んで来る。
その速度は、目にも止まらぬほどに凄まじいが……あまりにも素直な軌道故、狙いを読むことは難しくなかった。
「甘いわ!!」
薙刀の柄と槍の穂先がぶつかり合い、軌道が逸れる。
ここに来て初めて、テノアの目に驚きの感情が浮かび上がった。
「そこだッ!!」
ぐるりと薙刀を回転させ、本命の刃をテノアへ向ける。
戦技ではないが、長年積み上げて来た己の技術によって放たれる一撃の鋭さは、戦技のそれに匹敵する。
テノアの体を間違いなく捉えたと確信するゴブリアスだったが、それは直前で小さな拳によって弾かれ、阻まれてしまう。
互いの攻撃が不発に終わり、一旦距離を取る両者。その間に、ゴブリアスはテノアの力をより深く分析していく。
(槍の扱いは素人だが、反応速度は凄まじいな。まさか、俺の刃を横から殴り付けて逸らすとは)
幼い体をスキルによって多重強化することで得られる、常軌を逸した身体能力。そこに、当人のずば抜けた反射神経が加わることで、手が付けられないほどの力を振るう。それが、テノアの強さの根幹だ。
この短い攻防の中で、ゴブリアスはそこまで見抜いていた。
(ならば……この娘が予想だにしない攻撃で隙を作り、全力の一撃を見舞うまでよ)
そして、テノアを仕留めるための仕込みは、とっくに完了している。
彼女が一対一を了承した時点で……否、たった一人でここに乗り込んで来た時点で、もはや勝敗は決しているのだ。
(さあ……来い! 次で終わらせてくれる!!)
自らの余裕を悟られぬよう、険しい表情を意識しながら防御の構えを取り、慎重に間合いを測る。
そこへ、テノアは躊躇いなく突っ込んで来た。
(バカめ、突っ込むことしか出来んようだな!)
先ほどと寸分違わぬ攻撃に、ゴブリアスはほくそ笑む。
自分の力に自信を持っている人間ほど、得意な戦法が破られてもそれに固執してしまうというのはよくあることだが……愚かなり。
そうやって内心で嘲笑いながら、先ほどと同じように薙刀の柄で弾いて──
「よっと」
弾かれた衝撃を利用し、テノアの体がぐるりと反転。槍の柄で殴り掛かって来た。
目前に迫る予想外の攻撃に、ゴブリアスは目を見開く。
「ウオォォォ!?」
慌てて地面を転がり、回避行動を取るゴブリアス。
そこへ容赦なく追撃をかけてくるテノアの攻撃を凌ぎながら、ゴブリアスは戦慄した。
槍の穂先を使った攻撃から、流れるような柄による打撃……それは明らかに、直前にゴブリアスが薙刀によって披露した攻撃方法、その応用だったからだ。
(まさか、一目見ただけで俺の技を盗んだというのか!?)
ただ全く同じ動きをするだけではない。技の原理を理解し、即座に状況に合わせて作り変える。
そんな真似を、まさかこれほど幼い娘がやれるとは思わなかったのだ。
(こいつは、危険だ……ここで確実に殺さなければ、必ず"あの御方"の脅威となる……!!)
出来れば生け捕りにしたかったが、そんなことを言っている場合ではないと思い直す。
そして、何度目かの交錯によってテノアの槍を受け止めた瞬間──ゴブリアスは、指示を飛ばした。
「やれ」
周囲を囲んでいたゴブリン達から、テノア目掛けて一斉に攻撃が降り注ぐ。
シャーマンの放つ魔法のみならず、下級ゴブリン達の放つ矢や投石なども混じるそれは、もはや回避する隙間もない。
そう、ゴブリアスは最初から、律儀に一対一で決着を付けるつもりなどなかったのだ。
"誇り高きゴブリンの王"などと名乗りを上げたのも、全てはこの一瞬のため。
テノアの意識が完全にゴブリアスに集中するのを待ち、配下の攻撃を確実に通すためだ。
「貰ったぞ!! 《グランドブレード》!!」
更にそこへ、ゴブリアス自身もまたずっと温存していた必殺の戦技を放つ。
テノアはこれまで、全ての攻撃を回避するか、己の戦技で相殺してきた。
だが、これほどの攻撃が降り注ぐ中、ただでさえ慣れていない槍の戦技で適切な対処など出来るだろうか?
確実に
しかし、テノアはそんな状況になってなお、全く揺らがなかった。
「《スラスト》」
躊躇なく戦技を放ち、ゴブリアスの戦技を弾き飛ばす。
その間に、他のゴブリン達の槍や魔法が襲来するが、見向きもしない。
まさか、気付いていないのか? とゴブリアスは思ったが、そうではなかった。
魔法によって体を炙られ、降り注ぐ矢に肌を裂かれようが関係なく、ただ目の前のゴブリアスに狙いを定めているのだ。
「《スラスト》」
「グアァァァ!?」
連続して放たれた戦技が、ついにゴブリアスの胴体を捉える。
鮮血が噴き出し、激痛に悶えながら地面を転がって距離を取るゴブリアス。
テノアも怪我は負っているが、そのほとんどは掠り傷だ。生じたダメージの差は計り知れない。
だが……そんな現状分析をする余裕もないほどに、ゴブリアスは混乱の渦中にあった。
なぜ、戦闘経験に乏しいはずの小娘が、あの状況であそこまで適切に動くことが出来たのか、と。
「びっくりした、一対一って嘘だったんだね。じゃあ、まあ……」
弱ったゴブリアスを無視し、テノアの視線が周囲へと注がれる。
それに怯え、ゴブリン達は一歩後退るが……その反応は、あまりにも遅かった。
「先に、周りから片付けるね」
疾風を纏って地上を駆け、ゴブリンの群れを突っ切っていく。
彼女が通り過ぎた後を一瞬遅れて血風が舞い、絶命したゴブリン達の亡骸が積み上がる。
無闇やたらと配下を殺されてはたまらないと、幼女の背後から斬りかかるのだが……全く当たらない。
根本的に、速すぎて追い付けない。先を読んで薙刀を振るっても、まるで背中に目がついているかのように鮮やかに回避されてしまう。
こんなもの、どうやって勝てばいいというのか。
あまりの理不尽に、ゴブリアスの中で恐怖が生まれる。
(こうなれば仕方ない、配下が殺されている間に、この俺だけでも逃げ延びる……!!)
配下は、また増やせばいい。適当なゴブリンの群れを吸収し、人の村を襲って勢力を増やせば、またやり直せる。
だが、自分の命だけは失ったら二度と取り戻せない。
その一心で、ゴブリアスはテノアに背を向けて走り出し──
「逃げたらダメだよ」
最初の一歩で、テノアの槍に足を貫かれた。
「グアァァァ!?」
雄叫びを上げ、その場にひっくり返る。
目を向けた先で、いたいけな幼女が無感動に自分を見下ろしているのを見て、ゴブリアスは「ひぃっ……!?」と恐怖に喉を引き攣らせた。
「ま、待て!! 頼む、見逃してくれ!! 俺は、俺はもう人間を襲わない!! 暗黒大陸に戻って生涯殺しはしないと約束する!! だから……!!」
もはや逃げることすら不可能と見て、ゴブリアスは命乞いを始めた。
みっともなく涙すら流し、少しでも哀れに見えるように懇願する彼に、テノアは淡々と問い掛ける。
「それを聞いて……あなたは見逃したの?」
「は……?」
「そこで死んでる女の人、腕の中に、私より小さな女の子を抱えてるよね。ゴブリンに襲われながら、それでもこの子だけはって、死ぬまで守ろうとしてたんじゃないの? それを……あなたは、殺したんだよね?」
「それはっ……ち、違う!! 俺はやってない、配下が勝手にやったことだ!!」
テノアが示した母子は、ゴブリアス自身が己の快楽がために殺した娘と、その様を見せ付けられた挙げ句ゴブリン達に弄ばれ、一晩で耐えきれずに生き絶えた女性だった。
紛れもなく、ゴブリアスの意思と、その指示によって死んだ二人。だが……彼は本心から、自分はやっていないと考えてそう告げる。
ゴブリアスにとって、その程度のことは覚えるにも値しない些事だったのだから。
「そもそも、ここに来たのだって俺の意思じゃない!! 俺は"あの御方"に頼まれて、それで仕方なく……!!」
「仕方なく、この町を滅ぼして……それで、次は私の故郷まで、"仕方なく"滅ぼそうとしたんでしょ?」
今度こそ、ゴブリアスは何も言えなくなる。
テノアを最初に襲ったナイトは、殺すのではなく生け捕りを目指していた。その理由を、テノア自身もまた既に察していたのだ。
テノアを囮に、他ならぬ家族を……アーランド村の人々を、この町の人々と同じように殺し尽くすつもりだったのだと。
「私、知ってるんだよ。あなたみたいに命乞いをする魔物や魔族を見逃したら、次にどういうクエストが待ってるのか」
クエストなどという単語の意味はわからないが……自分の命乞いはこの幼女に全く通じておらず、やがて復讐のために戻って来るつもりだと看破されていることは分かった。
退路を完全に絶たれたと察したゴブリアスは、最期の賭けに出る。
「やれ、お前ら!!」
周囲に残った生き残りのゴブリン達に、もう一度一斉攻撃を命じる。ただし、今度は自身の足を貫くテノアの槍を掴み、武器を使えないようにした上で。
「いづっ……!!」
爆炎と弓矢の雨に呑まれ、テノアの視界が塞がる。
その一瞬で、ゴブリアスは薙刀を掴み直し、全力で振り抜いた。
「《グランドブレード》ォォォ!!」
ゴブリアス自身もまた配下の攻撃に晒されながら放った、渾身の一撃。
回避も、迎撃も間に合わない完璧なタイミングに、やったか、と内心で呟いて──
「……私はね、決めてるんだよ」
服一枚、そしてその下にある幼女の肌を浅く裂いたところで止まっている自らの刃に、愕然とした。
「相手が誰でも、どんな理由があったとしても」
確かに、配下のゴブリン達の攻撃では十分な痛手を与えることは出来なかった。
しかし、まさかゴブリンキングたる自分の攻撃でさえ同じ結果に終わるなどとは、とても想像出来ない。
「私の家族を傷付けようとするやつは、容赦しないって」
力技では歯が立たない。だからといって裏をかいても、不意を突いても、そもそもの攻撃が通じないのでは意味がない。
逃げようにもスピードに差がありすぎる上、今や足まで奪われた。到底逃れることなど出来ないだろう。
「だから……さようなら、ゴブリアス。来世では、友達になれるといいね」
ズブリと引き抜かれた槍の穂先が、高々と掲げられる。
千体にも及ぶ配下がいるのに、もはやゴブリアスの頭には、それを止める術は何一つ思い付かず──
こうして、とある町を襲った一つの悲劇は、たった一人の幼女の手で蹂躙され、絶望の中でその幕を閉じるのだった。
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