2023年 2月

第298話 「手洗い」ちゃんとできてる?

この冬季は、1年前、2年前と比べて随分とインフルエンザの患者さんが増えている。実際に発熱外来でも、時々インフルエンザの方を見かけるようになった。


インフルエンザが流行している、とはいえ、COVID-19出現前のような数ではないようで、ただ、1年前、2年前がほとんどインフルエンザの患者さんがいなかったことを考えると、今期は明らかに違う、ということである。


なぜ、今期はインフルエンザの流行が見られるようになったのか、ネットを見るといろいろなことがまことしやかに書いてある。COVID-19感染時のウイルス干渉がうんたらかんたら、だとか、感染力がうんたらかんたら、だとか。


インフルエンザウイルスと人間とはずいぶん長い付き合いになっている。おそらく人類が「人類」として確立されたころからの付き合いではないのだろうか?インフルエンザウイルスも変異しやすいウイルスで、毎年ウイルスの表面タンパク(ヘマグルチニン、ノイラミニダーゼ)には小変異(抗原ドリフト)が起きており、数十年ごとに大変異(抗原シフト)が起きることもわかっており、抗原シフトが起きた際は大流行となる。2009~2010年に起きた新型インフルエンザも「抗原シフト」である。


それだけの期間人間と付き合いのあるウイルスであるにもかかわらず、基礎再生産数は2程度となっているので、「感染力が…」と言われても、COVID-19のように基礎再生産数が10くらいにまで跳ね上がったり、エアロゾル感染をするようになった、とは考えにくいだろう。仮にそうなっているとしたら、ウイルスの解析を行う国立感染症研究所が緊急でアナウンスをするだろう。


COVID-19とインフルエンザの間にウイルス干渉は起こらない(あるいは極めて起きにくい)というのは確か証明されていたはずで、COVID-19とインフルエンザの同時感染は十分に起こりえること、実際に身の回りでも起きていることが分かっている。マスメディアでは「フルロナ」と表現していたが、お子さんが同時感染となった当院の看護師さんは「コロフル」と呼んでいた。ラ行の音が連続する「フルロナ」より、「コロフル」の方が語感が良くて言いやすいように思うのは気のせいだろうか?


個人的には、今期のインフルエンザ流行については、1年前、2年前に比べて「感染予防対策」が徹底されていないだけだろうと思っている。同調圧力が強い、と言われている日本だが、やはりこの冬季は、1年前、2年前と比べると、格段に感染防御への努力が減っているように思う。飲食店の状況もしかり、マスクについてもしかり、手指消毒についてもしかり、である。


休みの日には、妻と近くのスーパーに買い物に行くことが多いが、入り口にあるアルコール消毒、使っている人をほとんど見ない(私は使っているが)。一応店内は「マスク着用」となっているが、マスクをしていない人とすれ違うことも多くなった。


COVID-19にせよ、インフルエンザにせよ、飛散した飛沫は、結構な範囲に広がる(エアロゾルはなおさらであるが、私は現時点ではインフルエンザウイルスのエアロゾル感染は否定的だと考えている)。ずいぶん昔だが、TVで飛沫がどの程度広がるか、という実験をしたのを見たことがある。原理は簡単で、大きなシャボン玉を作る輪っかに着色した石鹸水をつけ、着色した石鹸水の膜を人の顔のすぐ近くに持ってきておく。そしてその人の鼻をこよりで刺激して、人工的にくしゃみを起こすと、その勢いで着色した石鹸水が飛散する、というものだった。実験場所を「特急列車の車内(クロスシートで、座席が等間隔で並んでいるため、飛散した飛沫のとび具合が見やすい)」を模したところで行なっていたが、飛沫は3列ほど前まで広がっていた。


マスクをしていなかったり、マスクをしていても鼻の穴がマスクから出た状態で咳やくしゃみをすれば、飛沫はそのくらいの広がりで飛散する。スーパーなどでは、販売している物品の表面にミクロの飛沫が付着していてもわからないだろう。声を出しておしゃべりをしていても、多少の飛沫は飛ぶわけで、飲み屋さんなどで近接した状態でマスクを外し、飲食を楽しめば、テーブルやお皿、グラスの取っ手にもある程度の広がりで飛沫が付着するだろう。そういったものを触った手で、無意識に目や鼻に触れてしまえば、COVID-19にせよ、インフルエンザにせよ感染が成立してしまう。


私事ではあるが、以前にも書いたようにインフルエンザワクチンでアレルギー症状が子供のころに出たことがあり、インフルエンザワクチンは毎年接種をしていない。しかも仕事が内科医、あるいはプライマリ・ケア医(わかりやすく言うと町医者)なので、インフルエンザの流行時期には、自分を守るものは、メガネ、不織布マスク、そしてこまめな手洗いだけで、毎日結構な数のインフルエンザ患者さんを診断してきた。しかし、その防御体制だけで、インフルエンザに感染するのは数年に一度程度であった。インフルエンザについては、患者さんの飛沫を直接浴びない限りは、メガネ、不織布マスク、こまめな手洗いで十分に予防可能な疾患なのである。これは今期のインフルエンザも同様であると思っている。


残念なことにウレタンマスクではインフルエンザウイルスに対しても十分な予防効果は期待できない(不織布マスクなら十分に飛沫の侵入を抑えることができるのだが)。観察していても、お店に入るときにアルコールで手指消毒をする人もとんと少なくなっているように思う。不織布マスクをしていても鼻を出している人もちらほらと見かける(それじゃマスクをつけてる意味がないやん、と思うのだが)。


そういったものが、今期のインフルエンザ流行に一番影響を与えているのではないかなぁ、と思う次第である。

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