第204話 だから、”Human Error”は無くせないんだってば!

大阪府吹田市の2つの診療所で、「インフルエンザワクチン」を接種しに来ていた子供に成人用の「COVID-19ワクチン」を接種する医療事故があった、と報道された。


一例目は、未就学児とのこと。家族5人でワクチンを打ちに来たとのこと。その中におそらくインフルエンザワクチンも、COVID-19ワクチンも含まれていたのだろう。未就学児だから、インフルエンザワクチン、COVID-19ワクチンだけでなく、MRワクチンも用意されていたのかもしれない。大人二人、子供三人で、年齢構成がわからないが、おそらく複数のシリンジが用意されていたと推測される。大概、この時期のワクチン外来は混雑するので、注射する医師も、用意するスタッフも大忙しだったのだろう。そんなワヤクチャな状態で間違えないようにするのが難しい。


もう一例は、詳細は不明だが、インフルエンザワクチン接種希望の小学生に成人用COVID-19ワクチンを接種したらしい。


ネットニュースでは、診療所、とくに医師を叩くコメントが多数見られた。「ひどい医者だ」と。


しかし待ってほしい。「生まれてから今まで、私は全く勘違いしたことはありません。間違いをしたことはありません」という人はいるだろうか??


医療の現場に限らず、様々な場面での危機管理体制が学問として体制化されているが、その中でも徹底されていることは「ヒューマン・エラーを個人の責任に帰着しない」「ヒューマン・エラーへの対策はヒューマン・エラーを起こしえないシステム、あるいはヒューマン・エラーが起きたときに、エラーが実行される前に止めることのできるシステムを作ること」とされている。つまり、「打ち間違え」が起こることのないシステムを作る、あるいは、複数の眼で確認する(これでもスルーすることがある)ことが重要である。


私も診療所に勤務していた時に、「ワクチン外来」を担当していたことがある。その当時はCOVID-19流行前なのでCOVID-19ワクチンはなかったが、小児では生後2か月から、アクトヒブ(インフルエンザ桿菌血清型bワクチン)、プレベナー13(肺炎球菌ワクチン)、ビームゲン(HBVワクチン)、3か月からはDPT+IPV4種混合ワクチンが必須であり、希望者には生後2か月からロタウイルスワクチン(経口摂取)がある。それぞれのワクチンがそれぞれ指定の間隔をあけて、ロタは2回ないしは3回、ビームゲンは3回、アクトヒブ、プレベナー13、4種混合は4回接種する必要がある。生後4か月からはBCGがある。また1歳を超えるとMRワクチン、水痘ワクチンが始まり、希望者にはおたふくワクチンが始まる。これらもそれぞれ指定の間隔で2回接種が必要である。3歳を過ぎると日本脳炎ワクチンの接種が始まる。6歳(幼稚園年長児)には2回目のMRワクチンが、12歳ではDT二種混合ワクチンの接種がある。一時接種は下火になっていたHPVワクチンもワクチン外来で対応していた。MRワクチン、水痘ワクチン、おたふくワクチン、ビームゲンは医療従事者を養成する学校の生徒には必須としている学校も多く、さらに、A型肝炎ワクチンを希望される方もいる。高齢者には5年に一度のニューモバックスNP(肺炎球菌ワクチン)、帯状疱疹予防として水痘ワクチン(そのころはまだ、シングリックスは発売されていなかった)、そして冬季にはこれにインフルエンザワクチンが追加される。インフルエンザワクチンは年齢によって、接種量が異なり、接種回数も異なる。これを1時間の間に何十人に接種し、母子手帳とカルテに過たず記録し、ロットシールを過たずそれぞれの問診票とカルテに貼るわけである。これで間違えるな、というほうが無理である。定期接種となっているワクチンはそれぞれ母子手帳に貼る場所が決まっていて、任意接種ワクチンはまた異なるページにロットシール、接種日を記録するのだが、ちょうど任意接種→定期接種と切り替わったころに生まれた子供さんは、任意接種のところに定期接種の接種記録が記載されていることになり、そういったことでワクチンの接種回数を誤った、というエラーや、指定の間隔にあと1日足りずに接種してしまった、という事もあった(奇跡的に私がワクチンをミスしたことはないが、診療所全体としてはそういったことがあった)。インフルエンザワクチンの季節になれば、ワクチン外来の患者さんは70人くらい来ることも普通だった。そうなると外来はぐちゃぐちゃである。


現在当院では、インフルエンザワクチンのみを接種している。これは、先ほど言ったヒューマンエラーを無くす大切なことである。診察場、接種場にインフルエンザワクチンしかなければ、他のワクチンを打つことはできない。事故防止の観点からは「めでたしめでたし」であるが、患者さんからのクレームが多いのも事実である。ただし、これはクレームがついたとしても、少なくても同日、同じ時間にインフルエンザワクチンと、COVID-19ワクチンを同時に扱うことはしない、としている。事故防止策である。


「間違って打たれた人」には誠意ある謝罪が必要だと思うが、ワクチン打ち間違えは決して個人の責任ではなくて、システムの責任である。

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