第153話 友よ…。

数年前だったか、外来中の私の個人携帯に、小学校時代からの親友Tが電話をかけてきた。遊びの連絡ならそんな時間に彼が掛けてくることがない。慌てて、診察中の患者さんに断って電話に出た。

「もしもし、どうしたん?」

「おう、今、俺のところにHのお母さんから電話があったんやけど、Hが亡くなったんや…」

「えぇっ?!ほんま?!。…(しばし絶句)…ごめん、今外来中やから、電話切るわ。連絡ありがとう」


一瞬呆然としたが、今は仕事中。すぐに気持ちを切り替えて、とはいえ100%切り替わるわけでもないが、仕事モードに戻り、外来を続けた。


親友Hも、親友Tとともに小学校時代からの友人だった。


親友Tとの出会いは今も覚えている。クラスの中ではいじられ系だった私、誰かにいじめられ、泣いていた小学校2年生の時、「月曜日に泣いたから『月曜ナイター』」と言って笑わせてくれたのがTだった。小学生時代の友人は、クラスメートから始まることが圧倒的に多いが、Tも同じクラスメートで、そんなきっかけで仲良くなった。


親友Hは小学校の同級生なのだが、不思議なことに小中と一度も同じクラスになったことがない。Tとのつながりで知り合い、仲良くなっていった。Hは体が大きく、仲良くなった5年生のころにはもう身長は170cmを超えていたと思う(ちなみに私は今でも161cmのまま、あの頃は120cmあるかなしかだっただろう)。Hは、スポーツマンではないので、「ドカベン」の「山田 太郎」ではないが、「気は優しくて力持ち」だった(もちろん小学生時代は、それだけの体格差があれば「力」では勝てないが、長じてからも、彼は力持ちだった)。


小学校の卒業アルバムには、修学旅行でクラスが違うのに、並んでお弁当を食べている僕らの写真が写っている。


中学生の時、Hは囲碁部に、私は放送部に入部した。囲碁部も雰囲気は私にあっていたのだが、いかんせん私はボードゲームには弱い。囲碁部に仮入部し、9路盤で囲碁のルールを教えてもらいながら対局したが、「白石」と「黒石」での陣地取り合いゲーム、と言われても、どこが自分の陣地になるのか、十分理解できなかったことと、当時深夜放送を聴くことにはまっていたので、放送部を選択した。余談であるが、妻も途中入部で囲碁部に入部しており、我が家での囲碁の実力は妻≒長男≒次男>>私であり、いまだに自分の陣地がどこなのか、よくわからない(その点で、スプラトゥーンシリーズはとても分かりやすいゲームだと思う)。


閑話休題。私たちの通っていた中学はいわゆる「荒れた」中学であった。なので、学校の姿勢としては(あくまで推測だが)「クラブ活動」で生徒をヘトヘトに疲れさせ、悪さをする気力も、時間も奪う、という方針だったのだろう。生徒全員が何らかのクラブに所属し、いわゆる「帰宅部」は許されていなかった。我々放送部であっても、なんだかんだで19時ころまで活動をしていた。そんな中、定期テスト1週間前になると部活は原則休部となり、試験勉強に専念することとなる。その時期になると、なぜか私たちは試験勉強そっちのけで、Hの家に集まり(彼は友人が多かった)、覚えたてのマージャンをしたりして(もちろん賭けマージャンはしていない(本当に))遊んでいた。Hはマージャンが強く、私は下手の横好き(囲碁が弱い時点で推して知るべしである)。当時のマージャン漫画「スーパーズガン」のように、空の点棒箱をかぶりながら、馬鹿話をして楽しんでいた。


高校時代は私とTは地域のそれなりの公立進学校へ、Hは地元の公立高校へ進学したが、休みの日や試験前などは、同じように遊んでいた。


高校2年生だったか、自転車通学をしていたHが登校途中に交通事故にあい、脳に大きなダメージを受けた。一時は命の危機があったが、無事に乗り越え、これまで通りの彼としてまた戻ってきてくれた(確か一つの学期丸ごと入院していたように記憶している)。今、医師の目で彼を見ると、もしかしたら高次脳機能障害を発症していたのかもしれないが、入院前後の彼に大きな違いはなかったように記憶している。彼が元気になって、本当にうれしかった。


そして私たちは大学に進学。彼は日ごろのまじめさが評価され推薦で進学。私は1年の隠居生活ののち、大学に進学した。時代は残酷で、第二次ベビーブーマーのほぼピークに当たり、高校、大学と厳しい関門を乗り越えてきた途端にバブル崩壊。失われた30年が始まった。Hは公務員試験を受けようとしていたが、もともと文系でしかも一つの学期を丸ごと欠席しており、公務員試験の特に数学が分からなかったようだった。何度か私の家で、彼に高校数学を教えたこともあった。残念ながら、当時は公務員試験は難関(バブルがはじけたので)で、結果は出せず、Hは、当時最寄りの駅前にあった、数年後には区画整理で立ち退きで閉店する予定のレンタルビデオ店の店長となった。彼や、私たちの同期の友人の就職に対する惨状を見ると、時代が私たちにした仕打ちを思って、今でも怒りがわいてくるが、その時に私の心に浮かんでくるのは、まずHのことである。


高校時代には、私の恋愛相談を彼にしていたが、大学時代は、彼の恋愛話を聞いていた。彼の恋愛経験もつらいものであった。世の恋愛に関する不条理は、私に1/3,彼に2/3が降りかかっていた。


彼が正社員で働いているとき、ちょうどブログがはやり始めた。彼も時代の流れに乗ってブログを始めた。おそらく、彼の生活はそれほどハッピーなものではなかっただろうし、日常生活の中でもそうそう面白いことがあるわけでもない。しかし、彼のブログはいつも楽しく、読んでいて、腹を抱えて笑っていた。今、私が書いている文章も、常に彼のように、人を傷つけずに笑えるような文章を書ければよいのに、と思いながら書いている。


私が医学部進学に人生の路線変更をした時も、彼は背中を押してくれた。彼とPS1でよくプレイした人生ゲーム、私は職業は常に「医師」を選択していた。そんな私を彼は暖かく見守ってくれていた。彼はお酒が飲めなかったので、いつも彼の家で、ピザとコーラを飲みながら、互いの現状、少し先の未来の話などをしていた。


私が医学部に進学し、一時地元を離れた時も、メールや電話で、時々連絡を取っていた。彼と、彼の先輩かつ友人の二人でDJを務めたプライベート番組のカセットテープをもっていき、少し寂しいときには、彼の声を聴いていたことも覚えている。


私の妻は、お互い中学生のクラスメートとして知り合い、友人→恋人→一生のパートナーとなっていった。私が医学生時代に結婚したが、婚姻届の保証人には、HとTの二人になってもらった。


無事に研修医となり、地元から少し離れた場所で、初期研修医、後期研修医として訓練を受けたが、後期研修医の時に、Tから「Hが入院した」と聞いて、休みの日に家族でHの見舞いに行ったことを覚えている。1歳くらいでよちよち歩きの長男も連れて行ったが、「俺らもそんな年になったなぁ」とH,Tとともにしみじみしたことを覚えている。多分Hと顔を合わせたのは、あの時が最後だった。


後期研修を終え、私が子供のころからお世話になっていた診療所に常勤医として働きだした。地元なので、その気になれば、すぐにHの家に遊びに行ける。「いつでも会えるさ」と思いながら、日々の忙しさと、少しでも家族の時間を持とうと頑張り、「いつか」「またいつか」と思いながら、診療所での多忙な日々を過ごしていた。


だから、Tからの電話を受けても、信じられなかった。受け入れられなかった。医者の視点から見れば、それは不思議ではなかったのだが。

男性の一人暮らし、お酒もたばこもたしなまないが、明らかな肥満。食事はピザや持ち帰りの中華料理で自炊はしなかったはずである。仕事についてもどうしていたのか?年齢も考えれば心血管リスク、脳血管リスクは明らかに高い。一度、医師になる前に定期的な受診の話をしたことがあるのだが、「いや、あまり…」と乗り気ではない返事だった。あまり医療機関をよくは思っていなかったようだった。返す返すも残念でならないのは、そんな友人がいるのに、医学部に入ることに背中を押してくれていたのに、彼の顔を見に行かなかったことだ。「いつでも会いに行ける」と甘く考えていたことだ。


Tからの連絡を受けて数か月後、Hのお母様から葉書をいただいた。10/30 大動脈解離で救命救急センターへ搬送中の救急車内で息を引き取ったこと、生前の友誼に感謝します、と綴っておられた。葉書をいただいたことはとてもありがたかったのだが、私自身がその事実を受け入れられなかったこと、日々の雑務に追われていたことから、お悔みの返信を送るタイミングを失してしまった。お母様にも大変申し訳ないことをしてしまった。


今日は彼の命日である。友人Tに「今日はHの命日だね」とメールしたら、Tが電話をかけてくれた。少し思い出話や、互いの近況を話した。Hとの思い出話をできる、今もつながっている友人はTだけである。だから、Tからの電話は本当にうれしかった。


私も破戒者ではあるが仏法を信仰するものである。朝夕のお勤めの時には、いつもHのことも祈っている。今日はHを思って、長めに朝のお勤めをした。少しでも仏法の功徳がHに届けばといつも祈っている。


なぁ、Hよ。君がいなくて俺はさみしいよ。近いか遠いかわからないが、また会う機会があるから、その時はピザとコーラで乾杯しながら、昔のように馬鹿話をしようぜ。

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