学校の転ぶミステリー
天西 照実
第1話 科学部、本日の活動
その4階奥にあるトイレは、不思議と転びやすいのだという。
本日は科学部の活動日だ。
丘流戸学園中等部、科学部部長の
あや子が真剣な面持ちで見回すと、集まった部員たちは教壇に立つあや子に目を向けた。
「今日の活動内容は、謎を科学的に解明してみること!」
そう言って、あや子は黒板に大きく謎の一文字を書いた。
「転ぶトイレの謎よ。知ってる?」
首を傾げる部員たちを見回す。あや子は意気揚々と解説を始めようと口を開きかけたが、目の前に座る副部長が片手を上げた。
「なによ、
「黒板の文字。『謎』って書いたつもりなら違ってるわよ。謎は右側が米。述になってる。点が足りない」
貴美香と呼ばれた女生徒は、黒板に書かれた謎の文字『 言述 』を指差して言った。
「……え? あ、こうだっけ?」
あや子は黒板に点を足し、『 謎 』の文字に直した。
他の部員も笑っている。
「……漢字間違いの謎が解きたいんじゃないんだってば」
「転ぶトイレ?」
「そうそう。最近、3年生の間で噂になってるでしょ?」
「あ、2年でも
と、貴美香の後ろに座る、2年生の部員も言っている。
「トイレで転んじゃうんですか?」
小柄でショートカットの女生徒が聞いた。1年生の部員だ。
3年生のあや子は頷いて見せ、
「4階奥のトイレでは、なぜか転ぶ生徒が多いの。他の階のトイレと造りは同じはずなのよ。でも個室を出たとたんに、何もない所でつまづいて転んじゃうの。どの個室でも同じ。花子さんの噂みたいに、3番目の個室とかじゃなくて、どの個室でも出る時に転んじゃうの。保健室の先生にも聞いたのよ。最近、4階奥のトイレで転んだって言う生徒が多いんだって」
と、説明した。
貴美香は横に身を乗り出して、教壇に立つあや子の膝に目を向けた。右膝に絆創膏が貼られている。
「なるほど。実際に、転んだのね」
「さすが副部長」
真顔であや子に言われ、副部長の貴美香は肩を落として見せた。
「幸い、今日の部活参加者は女子だけだから、女子トイレに入り放題だし」
ガッツポーズなどして見せながら、あや子は楽しげに言った。
10人しかいない科学部員の内、6人は幽霊部員だ。
部長の他に副部長と、1年生と2年生の生徒。合計4人だけが部活に参加していた。
「それ、4階の多目的室とかある廊下の奥のトイレでしょ? なんでそんな所のトイレに行ったの。噂を確かめに行ったの?」
3年生の副部長、貴美香に聞かれ、部長のあや子は下腹部に手を当て、
「……昼間、おなかの調子悪くて」
と、答えた。
「あー……。お大事に」
「えっと、だから。転ぶトイレの謎を、科学部で解き明かしてみようって話だってば」
教壇から降りると、あや子は他の部員3人が座る机の席に腰掛けた。
頬杖をついて部員たちを見回し、
「なんか、気になるじゃない? 実際に経験しちゃったし」
と、言った。あや子の正面に座る貴美香は、
「みんなが毎日使う場所でもないのに、なんで噂になってるんだろうね」
と、首を傾げている。
「だって、そりゃ、キレイとは言えないトイレで転ぶのよ。誰にも見られてなくても忘れたりしないでしょ。他の誰かも転んだなんて話を聞いたら、私も転んだ! って話になるじゃない?」
「なるほど」
1年生の女子生徒、
「他のトイレで転ぶなんて話は聞かないですよね」
と、言っている。
「他のトイレでは転ばないのに、4階奥のトイレだけ転ぶ人が多い理由を、科学的に考えてみようと思うの」
『科学部活動日誌』と書かれたノートを開き、あや子が言った。
「段差とか、ありましたっけ?」
と、2年生の女子生徒、
「なかったわよ」
と、あや子が答える。
科学室の隣に位置する生物室から、生物部の生徒たちの楽しげな声が聞こえてくる。
生物部は部員数が20人を超えているらしい。
科学部よりも生物部に人気がある謎も、いつか解明してみたいものだと貴美香は考えていた。
副部長の貴美香は、小さく咳払いし、
「水漏れ対策で、ちょっと傾斜がついてるとか?」
と、聞いてみる。
「可能性としてあるわね」
「じゃあ、他のトイレと4階のトイレで、ビー玉か何かを転がして傾斜を確認してみるとか」
部長のあや子は活動日誌に書き込みながら、
「いいね。他にはどう?」
と、聞く。
「あんまり使われてないなら、床が水カビか何かでヌメッてて、すべりやすいとか」
考えながら、茉莉も発言した。
うんうんと頷きながら、貴美香が、
「綿棒でも持って行って、床面の微生物も調べてみようか。ちょっと生物部っぽいけど」
と、言った。あや子がサラサラと日誌に書き込んでいく。
「どんなふうに転んだんですか?」
と、砂羽が聞いた。
シャープペンを走らせていたあや子は、少々考えてから、
「んー? 何も無かったのに、何かに足が引っ掛かった気がして、つんのめっちゃった感じ」
と、答えた。
「ヌメリとかホコリで、すべった感じじゃなかったの?」
机に手の平をすべらせてみながら、貴美香が聞く。
「すべるって言うより、なんかに足が引っ掛かった感じだったのよね」
「イタズラで糸でも仕掛けてあったりしたら、謎じゃなくて犯罪ですね」
苦笑いで砂羽が言った。
「確かにイタズラで済まないけど、それなら個室に入る時に引っかかるんじゃない? 転ぶのはみんな、個室から出る時って保健の先生が言ってたわよ」
「じゃあ、やっぱり個室側からの傾斜って可能性が高いですかねぇ」
貴美香は、活動日誌を眺める3人に、
「見えない人が、足でも掛けてるんじゃないの」
と、言ってみた。
「あんたは、いつも非科学的なこと言うわねぇ!」
わざとオバチャン口調で言うあや子に、貴美香は平然と、
「非科学部は無いんだから、非科学的な事も科学部で扱えばいいじゃない?」
と、答えた。
目をパチパチさせながら、砂羽と茉莉は顔を見合わせている。
「……さすが副部長。めっちゃ天然ですね」
と、砂羽が言う。
「とりあえず、まずは実際に見て来てみようよ」
そういう事になった。
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