独白と献身
「きみと、話をしにきた」
そう言う俺を、彼女は冷たい目で睨む。
「話すことなんてないよ。私はすぐに目覚める。そして、奪った君の身体でアーネットに近付く」
「……そういうわけにはいかない」
「そうだよね。きみはあの娘のために、昔身体を投げうって助けたらしいし」
「そこまで調べたのか、俺たちのこと」
「ほんと……きみは、あの娘のために尽くして、かっこいい騎士様じゃんか」
彼女の声がどす黒く濁っていく。
「私のために何かしてくれた人なんて、いたことなかった。周りの奴らはみんな幸せそうにしてるのに、私だけがこの世界で祝福されてないみたいに」
「そんなことは……」
「気休めの言葉なんてどうでもいい! 私が今、苦しいのは事実じゃないか!」
彼女は叫ぶ。
「周りが優秀なのは分かってる。そして私はそうじゃないってことも……私が人より劣ってるってことは、私が一番よく知ってる」
彼女の独白に、俺はなんと返せばいいのか分からなかった。
そもそも人生はまだ二回目の俺なんかに、気の利いた言葉なんてかけれようもなかったのだ。
「きみは、ほんと完璧で妬ましいよ……ファーラウェイの家に偶然拾われて、そこで魔術の才覚を発揮して、そしてまたたった少しの勉強で魔術学校にも入学して。そんな平民がいるかってぐらい……だからこそ、私の嫉妬心は大きくなって、君の身体に長時間乗り移っていられる」
「…………? ちょっと待ってくれよ」
だから、俺がそう言ったのは、ただ気になったからだった。
「俺が完璧だって?」
「え……? だからそう」
「そんな、わけないだろ」
彼女の言うような完璧な像。それが俺のことだとはまるで思えなかった。
「俺だって、アーネット様に拾われなきゃ、飢えたまま死んでたはずだ。しかも俺は……あの人のために、何もできなかった」
「何の話を……?」
「
俺は、何かに背を押されたかのようにぽつぽつと自分のことを話しだした。
「俺に魔術の才能があるなんて、そんなのは嘘っぱちだ。俺は悪魔の力を借りてるだけなんだ」
「悪魔……グレイ、きみ」
「そうだ。俺は、お前と同じように悪魔と契約して、時を巻き戻すことができるようになっただけのただの凡人なんだ」
その言葉に、彼女は目を見開く。
「この学校に入学したのも、実力じゃない。最終的には勉強したけど、それは時を戻して時間に余裕があったからだし、なんなら一度は時を戻して、解答を知ってる状態で試験を受けたこともある。しかも俺の人生は二度目で、生きてきた時間が人より長いんだ」
「時を、巻き戻す……?」
「この国は五年後の革命で、貴族たちがみんな解体される。アーネット様はその余波でギロチンにかけられることになった……」
息をのんで、俺の言葉を聞く彼女。
「俺が完璧だなんて、そんなわけない。あの人を目の前でむざむざ死なせてしまった俺は、誰よりも馬鹿野郎だ」
「そっか、君も……試験、そんな方法で突破してたんだ」
「君もって、お前もそうなのか?」
「私は、私のECWで、試験中周りの生徒に乗り移ってその解答を写してたから」
話している最中の、彼女の姿が揺らぎ始めた。
『……ココア』
と、レヴィアタンが呼び掛ける声がする。
「レヴィアタン。あなたが、グレイをこんなところに連れて来たの?」
『すまない……だけど』
「……わたしの意識が、アールグレイの身体に留まれなくなってるのを感じる」
ココアはその言葉とともに、どんどん姿を薄れさせていった。
「君が、言うほど完璧な人間じゃないって分かっちゃって――――私に一番近い人間だったってことが分かっちゃって、私はもうきみに嫉妬心を抱くことはできなさそうだ」
その言葉を最後に、彼女の姿は立ち消える。
残ったのは俺と悪魔だけだった。
『アールグレイ。ココアは元の身体に戻った』
「そうか。じゃあ俺の身体は空いたか?」
『だけど、原因を排除しなきゃ、あの子はアーネットを妬み続けるままだ』
俺たちはそのほの暗いノイズに目を向ける。
手を延ばし触れると、ばちりという音と共に鋭い痛みが走った。
「痛え!?」
『こいつあ……凄まじい魔力だな。光か闇属性か?』
サタンが分析する。
「ココアは水属性だったよな。何かの他者が介入してるのは間違いないか」
『それで? レヴィアタンとか言ったな悪魔。グレイに何をさせるんだ』
レヴィアタンは、その体躯を向き直らせる。
『……アールグレイ。あんた、あの子をどうする気だい?』
「ココアをか?」
俺は思案した末に結論を出した。
「……もう一度話したいと思う。さっきの感じなら、話が通じないわけじゃなさそうだし。それでもまだ、アーネット様に害をなすのなら仕方ない」
『逆に言えば、もうアーネットに手を出さないように……この強制力を持つ魔法の枷を外してあげられれば、あんたはココアを殺さないかい?』
「それはまあ、そうだけど……何が言いたいんだよ」
レヴィアタンは、無言でその闇に手をのばした。再びばちりという音がして、レヴィアタンの指先が弾ける。
「何してんだ!」
『グレイ。あんたと、サタンとかいう悪魔を信じるよ。あんたの身体の中で、ちょっとあんたらの記憶も見た。あんたらは無意味に人に手を出すような人間じゃない』
「レヴィアタン、お前……」
『この鎖は、間違いなくあたしらみたいな悪魔の力のモノだ。今触ってはっきりした。そしてだからこそ……あたしが本気を出せば、なんとかできる』
彼女は力をこめる。
『悪いけど、あの子のこと任せたよグレイ』
その姿が薄れると共に、その暗さは段々中和されていき、レヴィアタンの姿が完全に消えるのと同時に、暗闇の鎖は完全に祓われた。
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