犯人はお前だ

 三人で真っ暗な廊下を進む。スウィッツの持つ灯りだけを頼りに俺たちはそれぞれの持ち場へと向かっていた。


「それじゃあ、ハイレン。君はこの先を曲がったところにある第二教員室を頼む」

「よしきた。お前ら、もし犯人にかち合えば、大声を出して俺に助けを求めるんだぞ」

「お前の助けなんかいるか。相手だってたかが生徒だろ」

「ふむ……しかし、カンニングともなれば立派な校則違反だ。もし見つかりそうになれば全力を出して抵抗するだろう。他の二人を呼びつけて損はあるまい」


 俺はハイレンを見送ると、それじゃ、私は二階に向かうと言って階段を降りていったスウィッツとも別れる。

 一人で深夜の校舎の廊下を進む。風で窓ガラスが軋む音にいちいちビビりながら、目的の教員室に向かった。

 暗い廊下を一人で進んでいると、嫌なことを思い出しそうになる。こんな暗い場所にはどこか見覚えがある――――ああ、初めて悪魔と契約したときだ。


 今回、もし本当にカンニング犯をとっ捕まえられたら、これは俺の功績にもなるだろう。また、影響力の強いこの学園で名を売ることは、後々家を存続させていくためにも有利になるはずだ。

 全てはアーネット様のために。

 その気持ちに偽りはない。


「ここかな、俺の持ち場は」


 校舎、三階の奥。曲がり角を曲がってすぐ前にある第三教員室。広大な校舎の中で、一番小さい教員室がここだった。


(まあ、こんな端っこには来ないだろ。もしハイレンかスウィッツの大声が聞こえたら、すぐに動けるようにしとかかくちゃな)


 俺はそう考えながら、横の柱の陰に隠れる。


『――――面白そうなことやってるな』

「うわっ!?」


 突然聞こえた声に腰を抜かした。幽霊か!?


『違うわ……いい加減慣れろ』

「なんだサタンか」


 ここ一週間ほど声を聞いていなかったから忘れていた。一週間前のも、俺が昼食に久々のスパゲティを食っていると『お前ばかり美味そうなもの食うな』とかいちゃもん付けてきただけだったし。


「サタン、お前最近出てきてなかっただろ。突然どうした」

『最近暑いからな。避暑だ、避暑』

「悪魔にそんな感覚あるのかよ……」


 というか、炎の悪魔が暑がってちゃだめだろ。もっと熱くなれよ。


『そんなことはどうでもいい。私が目を覚ました理由だが、何か嫌な予感がする』

「嫌な予感……? あの二人が危ない、とか?」

『あの小娘と生意気な野郎か? 違う、そうじゃない。お前に関することだ』


 初めて聞くサタンの声色に戸惑う。彼女自身も、その感覚を明言できず戸惑っているようだった。


「嫌な予感か。もし俺に何かあっても、俺は時を巻き戻せる。それはあの二人に何かあっても同じだろ」


 ……実際、俺がこの話に乗った一番の理由がこれHRGだった。

 そもそも、あんなでもハイレンもスウィッツも相当の実力者だ。まず俺ができるような心配はない。その上で万が一、彼らが怪我するようなことがあれば俺は時を巻き戻してそれを止めるつもりだった。


 あんなのでも一応友人だ。ひどい怪我はさせたくない。

 しかしサタンの心配は少し違うようだった。


『違う。嫌な予感と言うか、何とも言えない感覚だ……何かが近付いてくるような』

「おいおい、何かってなんだよ、はっきりしてくれ。気持ち悪いこと突然言うな」

『……私が出ていられるのも限界だな。私は戻るが、くれぐれも注意しろよ』


 俺が何か言う間もなく、サタンは制限時間を迎えて俺の中から消えた。

 ……近づいてくるって、不穏な単語だけ残して消えるなよ。

 窓から見える木々すら不穏に思えてきた。え、ほんとに幽霊? ホラー展開?


 ――――ぎし


 床が軋む音が聞こえて喉の奥がひゅっとなる。ビビり散らかしかけた俺だが、すぐにその音に察しがつく。

 ――カンニング犯だ。ここに現れあがった!


 明らかに人が歩く音が、廊下を進んで教員室の前に辿り着く。本当にその姿は見えなかった。これが例の姿を消す魔法か。

 と、何もない空中に光の小刀が浮かぶ。ぎょっとする間もなくそれは振り降ろされて教員室の鍵を破壊した。


 ……これで完全に間違いなく、こいつが犯人だ。

 俺は手に握った水風船を力強く握る。がらがらと開き始めた扉に向かい、「おっらぁ!」と見えない人間目掛けてその球をぶん投げた。


「……!?」


 見えない人間の驚いた声と共に、ばっしゃあ! と水風船は弾ける。途端に何も無かった空間に水が光乱反射しだして、そこに人の姿を形作った。


「確保ーーっ!」


 叫びながらその影を捕まえて教員室の中に飛び込む。

 抵抗するその身体を押さえつけようとすると、ふとその胸の部分に柔らかさを感じた俺は、ほえ、と体を起こした。


 魔法は解除されたようだが、暗闇のためその顔は見えない。だが俺が押さえつけているシルエットの胸には――――かすかだが膨らみがあった。


(――――女!?)


 俺は慌てて体を起こすが、冷静に逃がしはしないように、扉まで下がって俺はその女に声をかける。


「おい、お前」

「……………………」


 相手は黙ったままだった。


「大人しくしてれば何もしない。ただ教員に突き出すだけだ」

「……………………」


 目の前の相手は頑なに喋ろうとしない。


「……お前の顔を見る。そのために魔法を使うが、攻撃するわけじゃない。大人しくしてろよ」


 そして俺は、初級の炎魔法を使ってあたりを照らした。

 明るくなった部屋の真ん中。はっきりと犯人の姿が映し出される。


 そこには、びしょびしょに濡れた指定の制服を着て、その美しい金色の髪も濡らした少女が、無表情でまっすぐに俺を見ていた。

 その、見覚えのあるの瞳で。


 俺は茫然と言葉を発した。


「……アーネット様?」

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