最終話:私の愛した光
それから数日後。コウから二人で話したいことがあると連絡が来た。
成人式の翌週の土曜日、待ち合わせ場所の公園に約束の十分前につくと、彼はもう既にベンチに座って待っていた。
「話って?」
彼の隣に座り、問う。
「この間のお礼がしたくて。……ありがとね。俺のこと庇ってくれて。あの時の月華、カッコよかった」
「礼を言うなら、明凛にじゃないの?」
「明凛にもちゃんと言ったよ」
「……あの後、どうなったの? 明凛と」
「どうもしないよ。ただちょっと飲んだだけ」
「……そう」
「明凛とのことはとりあえず置いておいて……単刀直入に聞いて良いか?」
「……うん」
「……好きだったの? 俺——いや、ヒカリのこと」
俺と言ってわざわざ言い直したことから、彼は気づいているのだろう。私が好きだったのはヒカリであり、コウではないのだと。
「……正直に話すよ。良い?」
「あぁ。むしろ正直に話してくれると助かる。本音が聞きたい。俺のこと……ヒカリじゃなくて、コウのこと、どう思った?」
「……」
「……大丈夫。月華が俺を傷つけたくないことは分かってるから。だから、どんな言葉でも受け止めるよ。言葉は無理に選ばなくて良い。素直な気持ちを聞かせてくれ。受け止めたいんだ。俺も。月華の気持ちを」
「……分かった。……コウのことは、ヒカリを殺した悪魔だと思った。私の好きな人の顔や思い出を奪って、彼女に成り代わろうとする悪魔」
「……悪魔か。なるほど。まぁ、そうだよな」
悪魔と言われても、彼の表情は変わらない。傷ついた様子はない。しかし、内心はどうなんだろうかと考えてしまう。いや、受け止めると言ってくれたんだ。ちゃんと話そう。素直な言葉で。
「……それが、第一印象。信じたくなかった。あんたがヒカリだって。……あのストラップ見せられて、思い出を語られて……ショックだった」
「……うん。そんな気はした」
「……だけどそれ以上に、コウのことを受け入れられない自分がショックだった。あんなに好きだったのに、見た目が変わってしまっただけでこんなにもショックを受けてしまう自分が嫌だった。明凛や夕菜は、あんたのことをあっさり受け入れられたのに」
「……そうか。……俺も一つ、謝らなきゃいけないことがある。……君の気持ちになんとなく気づいてた。あの日君を抱きしめたのは、確信を得るためだった」
思えば確かに、少し不自然な流れだったような気もする。
「……確信を得て、どうしたかったの?」
「……思い違いであってほしかった。親友の君に、女の俺を、好きになってほしくなかった。月華は……俺が女だから好きになったんだろう?」
「……うん。私があの時あんたを好きになったのは、あんたが女だったから。あんたがコウになって、それがはっきりした」
「うん……そうだよな……だから憎いんだろう。俺が」
「……違う」
「それは嘘だ」
「半分は嘘。けど、半分は正解。……憎かったの。過去形なの」
私がそう言うと、彼は目を丸くした。どうやら、まだ憎まれていると思っていたようだ。
「……ヒカリに対する好きは、確かに恋愛的な意味だった。けど、人としても好きだった。好きだったのは、ヒカリの身体だけじゃないの。私は、夜明光という人を愛していた。ヒカリにはもう二度と会えない。触れられない。抱きしめられない。けど……あんたの中で確かに生きてるんだって、今はちゃんと、受け入れられる。だからどうか、自分を責めないで。幸せになってほしい。私が恋焦がれたあの子の分まで。……不幸になったら、一生許さないから」
「月華……」
彼の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「涙脆いところ、変わらないね。……ヒカリの頃から」
「だって……泣くに決まってんじゃんそんなこと言われたら……俺……月華とはもう……無理なのかもしれないって思ったから……」
「無理じゃない。私はあんたと仲良くしたい。恨みたくない。受け入れたいよ」
「ありがとう……そう言ってもらえて嬉しいよ」
「ヒカリとして生きた過去を捨てないでくれてありがとう。コウ。私の大好きな人を、否定しないでくれてありがとう。ヒカリとして私達と過ごした時間を大切な思い出だって言ってくれて、ありがとう」
彼を抱きしめる。ヒカリと違って、女性特有の柔らかさはなく筋肉質な身体。平らな胸。この人はもう、私が恋した女性ではない。だけど、私が愛した人であることは確かだと、今ではそう思える。ヒカリにはもう会えない。だけどヒカリは生きている。彼の中で、ちゃんと。
「捨てられるわけないだろ……俺は——私は……みんなが大好きだから。女として生まれなかったらきっと、あんなに仲良くなれなかった。月華なんて特に、男嫌いだったし」
私を抱きしめ返して、彼は涙声でそう続ける。そのまま、私たちは抱き合ったまま会話を続ける。
「そうね。嫌いだった。特に鈴木」
「えぇ? 湊は良いやつだよ」
「……だからよ。ヒカリが好かれてた上に、非の打ち所がないから。だから、ムカつくの」
「……なるほど。嫉妬か」
「そう。嫉妬。他の男子に対してもそうだった。女性を好きになることが許される彼らが羨ましくて、妬ましかった。けど、男にはなりたくなかった。女のまま、女を愛したかった。そんな願い、叶わないって諦めてた。……私、昔ね、お姫様と結婚したいって言って母に叱られたことがあるの」
その話を誰かにするのは初めてだった。コウは黙って私の愚痴を聞いてくれた。
「……コウの親は、カミングアウトした時なんて?」
「最初は戸惑ってた。けど、真剣に聞いてくれた」
「……いいな。私は無理だと思う。きっと、ボロクソ言われる。……でも、黙っててもきっと、いつか結婚しろってうるさく言われるんだろうな。今でもうるさいし」
「……そうか」
「……うん。でも、私決めたから。レズビアンとして生きるって。親に何言われても、無理なものは無理。何回か男と付き合ったけど、無理だったし。……コウも言ってたよね。整形は私が私らしく生きるために必要なんだって」
「……うん」
「だから私も、私らしく生きるために、無理に異性と恋愛しないことにした」
「……うん。その方が良いよ。親になんか言われたら俺達が必ず助けるから。頼って」
「……うん。ありがとう。私も、コウのこと守るから。何かあったら相談して」
「うん。……お互いに、頑張って生きような。自分らしく」
「……うん。本当に、ありがとう。……あんたを——ヒカリを好きになれて、良かった。……大好きだよ。コウ。あんたに対する好きは、ヒカリに対する好きとは違う。違うけど、夕菜や明凛と同じくらい、大好き」
「……俺も月華が好きだよ。夕菜と明凛と同じくらい、月華が好き。ありがとう月華。ヒカリを好きになってくれて。ヒカリじゃない俺を受け入れてくれて。愛してくれてありがとう」
そう言って彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。私も精一杯、抱きしめ返す。きっと、側から見たら夜の公園でいちゃいちゃするバカップルだろう。だけど私達は、お互いにドキドキしていない。コウの恋愛対象はわからないが、おそらく私はそういう対象としてみれないのだろう。見れない方が良い。むしろ見ないでほしい。
ヒカリがコウになったことで、私の恋心は行き場をなくした。行き場を無くした恋心は、コウに対する憎しみに変わりかけた。だけどもう大丈夫。憎しみになりかけた恋心は愛に形を変えて、私の中に残ったから。
私の愛した光 三郎 @sabu_saburou
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