第17話 できちゃったかも
でも。正直、撃ち抜かれてしまった、心臓を。頑なに未来を否定してくれなかったこいつが、これだけ言い切ってくれるなら、そこだけは信じてやれる。強制的に信じざるを得ない。
「私は、もしかしたら最後には子ども達のことも裏切ってしまうのかもしれないわ。それを否定することは出来ない。でももう二度と大切な家族を死なせはしない。心中なんて、少なくとも子どもが出来たことなんて、嘘だったのよ」
「わかった。だからといって浮気のパラレルワールドが否定されたわけじゃない以上、お前のことは許さないけどな。でも、愛朱夏が嘘をついてるってことには同意だよ。あいつは明らかな意図をもって、蒼依を貶めようとしている」
「責めないであげて。あの子からしたら、不倫をした母親だもの。事実以上に悪く言いたくなる気持ちは理解出来るじゃない」
「いや、それはそうだけど……」
それだけじゃないのだ、愛朱夏の言動の不可解さは。単純に母親への恨みを晴らしたいという目的以上の、何か別の意図があるように思えてならない。
僕を使って蒼依に復讐するつもりなのだと仮定しても、肝心の僕に吹き込んできた情報にチグハグさが見えてくる。計画性を感じられないというか……。
何というか、蒼依を貶めるのは目的ではなく、本当の目的を果たすための非常手段でしかないような、そんな印象を受けるのだ。
「何か、思うところがあるのね? というか、何か知っていることがあるのよね。何もかもを教えろとは言わないけれど……あなたに不都合がない限りで、私にも共有してほしいわ。刈上げ君と愛朱夏から、私が知らない何かを教えてもらっているのでしょう?」
「ああ……」
話が脱線しまくっていたが、元からそのつもりだ。
僕は万葉と愛朱夏から得た情報をかいつまんで蒼依に話す。かいつまんでっていうか、ところどころ誤魔化しながら、話せるところだけ話す。
伏せるところは、まず、蒼依が十年前に死んでいるという情報。そして、蒼依が父親と手を組んで僕を殺そうとしているということ。これらが真実なら、それはイコール、蒼依が僕に隠していることだ。僕がこの情報を掴んでいることを今はまだ明かすべきじゃない。だって万が一真実だったら明かした時点でブッスリ刺されて殺されちゃうやん。
逆に話せることは割とある。
万葉が鈴木貞作と今でも付き合いがあって彼の居場所を知っていること。貞作が蒼依を探るため僕に盗聴器を仕掛けようとしていたこと。彼が細胞生物学者で、十年分の動物実験データを集めるほどに癌治療の研究を進めていること。現状タイムマシン研究には着手していなそうだということ。さらに、愛朱夏のおば(つまり僕の姉)が蒼依の裏切りの前科を仄めかしていたという怪しい証言。そして、これも嘘の可能性が高いが愛朱夏がいま貞作に捕まっていると主張しているということ。以上だ。
多くの真実に埋もれさせて重要な秘密を隠す。これが人を欺くコツなのだ。さすが僕。
「…………」
そんな僕の巧みな話術を聞きながら、蒼依の表情は徐々に凍り付いていった。まぁ、内容を考えれば当然だ。こいつに話せる部分というのは、ほぼ間違いなく、全てがこいつにとっての新情報。それも、かなり衝撃的なはずだ。
全てを聞き終えた蒼依は、顔を真っ青にして、
「…………え…………いや…………ちょ、ちょっと待って…………」
「おう、いくらでも待つぞ。タピオカが売り切れるかもしれないけどな」
「……そんな…………でも……………………………………………………いや、ダメよ、そんな場合じゃない……!」
ぶつぶつと呟いていた蒼依は、突如、意を決したように顔を上げ、
「愛朱夏からの留守電内容、全部は話していないわよね? 本当は何て言っていたの!?」
「え、あ、いや」
図星だよ、クソ。え、何こいつ。伏せた内容に気づいてる? じゃあマジで僕を殺そうとしてるってこと?
「愛朱夏がパパに捕まってるってことについて! 場所は!? 言っていなかったの!? 言っているはずよね! じゃないと私達を誘い込めないじゃない!」
「あ、そっち? 別に隠してたわけじゃないぞ。ただ重要じゃないかなぁーと思ったから端折っただけで」
「じゃあさっさと言いなさいよ!」
「じ、神社」
「神社!? やっぱり分かってるんじゃない! こんなことしている場合じゃないでしょ! 早く助けに行かなきゃ!」
「は? 助けるって……お前だって愛朱夏が何か企んでるだけだって思ってるんだろ? 現に今だって、誘い込まれるとかどうとか……」
「確証はないわよ! 本当にパパが何か知ってて誘拐しようとしているのかもしれないでしょう! 万が一にもあの子を危険には晒せないわ! 行くわよ! 私、自転車で行くからあなたは走って!」
「ええー……」
「ええー、じゃない! パパでしょ! あとは移動しながら聞くわ! あの子の、愛朱夏に関する情報だけでいいから、他にあるなら話して!」
「他って……ないよ別に……。まぁ強いて言うなら、『あのときと同じようにもう一度助けにきて』とか何とか……大げさだよな、ただ迷子を保護してやっただけなのに」
だいたい未来から来た娘とか言われたら誰だって放っとけないだろうに。
「――――」
「ちょ、何だよ、急に止まんなよ!」
自転車を漕ぎ出していた蒼依が急ブレーキをかけ、走る僕の前に立ち塞がりやがった。危ねぇ。
「……できちゃったかも……」
「は? え、なに、子ども? ちょっと待てふざけんな何のための貞操帯だこのビッチがああああああああああああ」
「確証、できちゃったかも……」
蒼依は、何かを観念したかのように空を見上げ――言った。
「全部終わったら、三人で話しましょう。あなたに告白しなくちゃいけないことがあるの。まぁ、生きていたら、だけれど」
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