人間嫌い天使と人間大好き悪魔

ナイム

人間嫌い天使と人間好き悪魔


 神が人を生み出す前、最初に生み出されたのは天使だった。

 世界の管理を手伝う目的で生み出された天使たちは純真で純粋な存在だった。

 ゆえに生き物が生まれ、中でも人間が種族として繁栄するようになると欲望によって同族同士で殺し合いすらする人間に多くの天使が忌避間を持っていた。


 その中でも特に強く人間を嫌悪している一人の天使が居た。


「はぁ……人間滅べばいいのに…」


 人間界を見る事の出来る天界の泉を見ながら長い金色の髪を払いのけた天使は、人間達の姿を見ながら気だるげに物騒なことを口にした。その琥珀色の瞳が持つ美しさを台無しにするほど暗く濁っていて、ここに人間絶滅スイッチとかあれば躊躇なく押しそうなほど暗い空気を纏っていた

 背中に生えた天使を象徴する純白の羽も力なく畳まれている。

 もはや天使とは言えないほど暗い空気を纏う姿に周囲の天使達ですら近寄ろうとすらしない。


「やぁ~また物騒なこと言いながら人間観察してるの?」


 そんな誰も近づかない天使に気軽に声をかけたのは銀色に輝く少し短い髪で目元だけ隠して、小柄な少年に見えたが背中には黒い蝙蝠のような羽を生やし頭には渦を巻く角が生えていた。

 つまり少年は『悪魔』だった。


 そして話しかけてきた相手が悪魔の少年である事を確認すると、天使はどこか呆れたような表情を浮かべる。


「そういう貴方こそですか」


「うん!だよぉ」


 呆れられているにも関わらず悪魔の少年はとても楽しそうにニヤニヤと笑う。

 軽薄にも見える姿に天使は本当に呆れたと言うように小さく首を振る。


「よくも懲りずに天界に入ってきますね。悪魔の貴方はいるだけでも辛いでしょうに…」


 そう言って天使が悪魔の少年の体を少し気遣うように見る。

 しかし当の本人は気にするような素振りもなく満面の笑顔を浮かべていた。


「はっはっは~!気にする必要ないよぉ。新しく開発された塗り薬のおかげで、1日2時間ほどは問題なく展開で活動できるからねぇ」


「いつの間に…」


「天使の君が知らなくても無理はないよぉ。必要のない物だからねぇ」


「…確かにそうですね」


 悪魔にしか効果のない薬品なんて天使である彼女には何の意味もない物で、そんな物を一々把握するほど天使も暇ではない。

 そんなことを天使が考えている間に横に腰を下ろした悪魔の少年は同じように人間界を見下ろす。


「それで君はま~た人間滅亡願望まるだしぃ?」


「えぇ…そうですね。汚物が消えれば世界は美しくなると思いますので…」


 人間界を見ながらそういう天使の目は先ほど以上に暗く淀んだ闇が見えた。

 悪魔の少年は天使の暗い瞳を見ると困ったように小さく笑みを浮かべる。


「人間が消えても、別の生き物が置き換わって進化するだけで意味なんかないと思うけどねぇ」


「だとしても、数千年は安息の時間を手に入れられる。それだけで私には十分ですよ…もっとも実行する手立てなんて持っていませんがね。残念ながら…」


「持っていたらやってるんでしょぉ?」


「もちろん」


 一切の躊躇なく即答で頷く天使に悪魔の少年は困ったように苦笑いを浮かべた。


「まったく、変わらないのは君もだよぉ」


「うるさいですね。そういう貴方もいまだに人間が大好きなのでしょう?」


「うん!もちろんだともぉ‼あんなに発展してもなお。いや、むしろより強く欲望を持ち続けているっ!これは素晴らしい事だよぉ」


 急にスイッチが切り替わったようにテンションの高くなった悪魔の少年は両腕を大きく広げ、歓喜の表情を浮かべて地上の人間達を見る。そこにはどこかの国の賭場が映っていて人間がお金を掛けてゲームをしていた。

 更に悪魔や天使に備わっている目には人間達の欲望がしっかりと立ち上る湯気のような形で確認できた。


「あれだけの損失を出しても諦めず『まだ次がある!』と根拠のない理由付けで続け、中には身を亡ぼすまで続ける者も居るぅ。なんて根源的な金銭欲‼」


「はぁ……悪魔が欲に歓喜するっていうのは知っていますが、貴方は極端すぎる気がしますね」


「それは君もでしょ~?天使が潔癖気味で人間嫌いが多いけど、君ほど嫌悪している天使は僕もさすがに知らないよぉ?」


「「………ふっ」」


 無言でにらみ合っていた天使と悪魔の少年はどちらともなく小さく笑みを浮かべると、改めて座り直して人間界を見下ろす。


「でも、僕も別に欲のすべてを肯定するわけではないよぉ?暴力的な物はさすがにダメだねぇ」


「それは否定するのですね。少し意外です」


「当たり前だよぉ。暴力的なのは見て居て気分良くないからねぇ~物欲とかなら迷惑は基本誰にもかからないからねぇ。欲は自分の力で叶えようとするから美しいのよぉ」


 そう言った悪魔の少年は人間界の働く青年を見る。

 彼も賭場に居た人間達と同様に途方もない欲のオーラを出しているが、色は少し濁っている程度で比較的綺麗に見えた。


「彼は将来高級車に乗りたいって夢のために今から働いて貯金しているらしいよぉ」


「くだらないですね。貯金は良い事だとは思いますが、目標が高い車に乗りたいですか?それに何の意味があるのですか」


「だから君は欲を理解できてないんだよぉ~!欲望は本能的な部分が最も近い、そこに合理的な理由なんて基本ないんだっからぁ」


 少しだけ馬鹿にしたように悪魔の少年は説明するようにそう言った。

 だけれども天使は納得できていないようだった。


「そんなもの理解できませんよ」


「まぁ~理屈で説明できるうちは本当の意味でのじゃないってことだよぉ」


「……」


「難しく考えている内は理解できないだろうねぇ~」


 悪魔の少年は自分の言ったことに深く考え込んでしまっている天使を見てからかうように笑顔でそう言う。今回は別段馬鹿にしたような雰囲気はなく本心からの言葉だった。

 それがわかるだけに天使は余計に考え込んでしまう。


「はっはっは~僕達には無限の時間があるんだし、ゆっくり考えればいいんだよぉ~」


「次会うまでには答えを出します」


「いや、別にそこまで「絶対に答えを出します」あ、はいぃ」


 有無を言わせない圧を放つ天使に悪魔の少年は素直にうなずいた。

 それからは特に言葉はなく2人は並んで人間界を見続ける。日が沈み、また昇るそれをなんだか繰り返すほど観察を続ける。

 最終的に2人は同時に口を開いた。


「やっぱり人間は嫌いです」

「やっぱり人間は最高だぁ!」


 今回も最後まで意見の合わない天使と悪魔だったが、不思議と中は悪くなく同じように数か月に一度の人間観察会は開催され続けるのだった。

 いずれどちらかが考えを変える…その日まで…

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人間嫌い天使と人間大好き悪魔 ナイム @goahiodeh7283hs

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