第3話
大陸のちょうど中央辺りに存在するローゼンブルクの街。
周囲を山岳に囲まれた緑豊かな土地として知られており、街の歴史は古く、ペルナンデ帝国が建国する前から存在している。
人口は3000人程度で、小さな街だからか、街としての重要性は低く、戦争に巻き込まれることはなかった。
ローゼンブルクは商人や旅人が行きかう交通路であり、その長い歴史の中、様々な種族がこの街に滞在し、人間と深く関わっていた。
その中で、帝国とはまた違った独自の文化を形成され、珍しい装飾品や食事、建築様式などなど、小規模な街でありながらも、活気に満ちていた。
街の中心部にある市場では、商人たちによる流通が頻繁に行われるため、毎日新鮮な野菜や果物、肉や魚などの食材が販売される。
そんな街の中をレオノーラとアエラは歩いていた。
レオノーラは目に入った屋台へと駆け寄り、店の奥にいる大柄の男へ声をかけた。
「レーザックさん、こんにちは!」
レーザックと呼ばれた男が作業をやめて、誰だ、こんな忙しい時に声をかけるやつは、というような不機嫌そうな顔で見てきた。
栗色の髪をポニーテールにしたレオノーラがニコニコと笑みを浮かべ、手を振って見せるとレーザックはこわばった顔を緩ませる。
「おぉ、これはこれは、レオノーラ様じゃないですかい。今日はどうしたんです?
「お買い物です」
「買い物? なんでまた?」
「貯蔵庫の食糧がもうなくなりそうだったので、買いに来ました」
「そうかい、そうかい。んで、今日は何をお買い求めで?」
レーザックは並べられた食材を前のめりになりながら一瞥したあと、レオノーラへと視線を戻す。
「このサンマと大根、それとこの少し大きめのレタスをもらえますか?」
「あいよ。ちょっと待ってくれよ」
レーザックはそういうと紙袋を取り出し、サンマに紙を巻いてから入れ、それから大根、続けてレタスを入れた。
「はいお待ちどうさん」
「ありがとう」
レオノーラは手渡された紙袋を受け取ると代わりに代金を払う。
手のひらに置かれた硬貨をレーザックは数えて、満足そうに頷く。
「ちょうどだな」
レオノーラはそれににっこりと笑う。
「にしても、こんなお使いみたいなことメイドに任せておけばいいのに」
「いいえ。そうはいきませんよ。それに街はいま、どのような状態なのか、知る必要がありますからね。困っていることはないか、問題は発生していないか、とか。今の街の状況を知らない領主の娘なんて、誰もついてきませんよ?」
「そりゃあ、そうだけどよ。でも、領主様のご息女様なんだから、少しは危機感をもった方がいいと思うんだがな」
「というと?」
そう小首を傾げて見せた。
それにはレーザックは苦笑いしてしまう。
「……レオノーラ様は本当に純粋なお方だ。だから、心配なんですよ。護衛も連れずに、盗賊や暴漢にでも襲われたらどうするんで?」
盗賊や兵隊崩れなどが暴れており、非常に治安が悪い時代でもあった。
それにはこの国、すなわちペルナンデ帝国が戦争を続けていることにより、家業を失い、土地を奪われ、手足を負傷しては、戦で家族を失った人々が、明日を生きるために盗賊や兵隊崩れになったという側面もあった。
彼らを帝国は保証しない。
だから、弱き者は生きるために、必死にならざるを得ない時代だった。
そんな中で、金持ち貴族、領主の令嬢が街中を護衛なしにふらついているのだ。
狙わない理由が見つからないだろう。
レーザックの指摘にようやくわかったレオノーラが言う。
「そういうことでしたら大丈夫です。私の後ろに控えているアエラがしっかりと守ってくれますので」
レオノーラはそういうと後ろを振り返る。
彼女のすぐ後ろで、べったりと張り付くように立っているのは、護衛役兼身の回りの世話役のアエラが立っていた。
鋭い眼光、噛みつくような目つき。
周囲をしきりに警戒し、誰がレオノーラの近くに近づいても一瞬で蹴散らせるように気を張っている。
周りから出る音にも敏感で、頭の上にある猫耳がぴくぴくと動いていた。
「だとしてもだ。もっと護衛を増やした方がいいと、俺は思うんだがな」
レーザックはレオノーラの後ろに立つアエラを見ながら言った。
アエラはそれに対して、大きくため息をついた。
「ㇾ―ザックさんのおっしゃる通りです。この方にもっと言って欲しいものです」
「ち、ちょっと! 私の味方をしてくれるんじゃないの??」
「レオノーラ様、残念ながらこればかりは、あなたのために言っていることです。お分かり頂けますよね?」
アエラの言葉に、レオノーラは眉根を寄せて不満そうな表情をした。
しかし、反論することはなく、小さく肩を落とす。
その様子を見て、レーザックは笑い声をあげる。
「ちょっと! なんで笑うんですか!」
「すまねぇ、すまねぇ。レオノーラ様を見ていると、つい面白くってなぁ」
そんなことを言いながらも、レーザックはまだ笑っている。
「もぉー笑わないでくださいよー」
頬を膨らませるレオノーラを見て、どこか、癒されてしまう。
自然と笑みがこぼれてしまうような存在。
誰もが彼女を太陽のように温かく、そして、花のように優しいことを誰もが知っていた。
そのため、領主の娘という立場でありながら、街の住民たちとの距離感も近く、恨まれることが多い立場のはずが、周りから愛されているのがひしひしと感じられる。
気づけば、彼女の周りには、街の住民たちが集まり、輪を形成していた。
「レオノーラ様! こっちにも買い物してくださいよぉ!」
「あぁ、うちなんて、新しい装飾品が入ったんですよ! ぜひ!」
「レオノーラ様、見てください!! さっき、焼いたばかりのパンです!! お一つ、いかがですか!?」
次々に話しかけられるレオノーラ。
それに一つ一つ答えていく彼女を見て、アエラは呆れてしまうように大きくため息をついた。
どれだけ、周囲を警戒したところで、これだけの人混みだ。
もうどうしようもない。
(――――もう、仕方がないなぁ……)
顔ぼれはほとんど、見たことがある者たちばかりなので、特に心配する必要もないかった。
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