第2話
そして、極めつけは、頭に生えている猫耳だろう。
彼女は猫族と呼ばれる種族であり、獣人の一種だ。
人間と見た目はほとんど違いはないが、頭に生えている猫耳とおしりから生えている尻尾が印象的だった。
能力も違う。
猫のような動体視力、反射神経、素早さは人間より遥かに高い能力を持つ。
彼女は、魔法は使うことはできないが、剣術に関しては、この街で、右に出る者は居ない、と言われているほどの腕前だった。
名前はアエラ。レオノーラの護衛騎士の一人だ。
年齢は今年に入って、26歳と、レオノーラの2つ上である。
騎士と言っても、彼女は貴族出身ではなく、奴隷として売りさばかれていたところをレオノーラの父であるナルシェスが買い、騎士としての教育を施したのだ。
アエラは、最初は剣すら握ったことがない少女だったが、剣術を習うにつれて、どんどんと剣技が向上し、そして、今では、レオノーラの護衛騎士として、重役を任されている。
そんな彼女はいま、怒りの形相でレオノーラの前まで駆け寄ると、そこで、両膝に手をついて、肩で息をしていた。
「大丈夫……?」
酷く疲れている様子に心配したように声をかけるとレオノーラへとギロリと視線を向けた。
「レオノーラ様ッ!!!」
「あ、はい!!」
いきなり、大声をあげられたことで、声が裏返ってしまう。
「どうして、私を置いて、1人で、勝手に行くんですか!?」
と、怒気を孕んだ声を上げる。
レオノーラは、少しだけ気まずそうにしながらボソボソと呟いた。
「だって、忙しそうにしていたから……」
「そういう問題じゃないでしょ!! 私は護衛騎士ですよ?? あなた様をお守りするのが私の仕事なんですよ!!」
そう、捲し立て、顔を近づけてくる。
あわわ、と身体をのけぞらせんがら、まぁまぁ落ち着いて、というも、彼女の怒りはおさまらなかった。
「いつもいつも、勝手な行動ばかりして!」
「ごめんね……アエラ……」
「謝って済むのなら護衛騎士はいりません!!」
レオノーラは、シュンとした様子で肩を落とした。
あまりにも落ち込んでいる彼女を見て、アエラはさすがにこれ以上は怒れないと感じた。
(―――まぁ、無事でなにより、と思うべきか)
と心の中で、つぶやいたあと、諦めとホッとした感情が混じったため息をつく。
「まったく……」
アエラは少し、間を開けて、レオノーラへと視線を戻した。
「それで、今日は何しに外へ行かれたのですか?」
それにレオノーラはしょんぼりしながら視線を落としたまま、かごを静かに差し出してきた。
アエラは眉を寄せる。
「なんですか、これは?」
と、それを怪訝な様子で、覗き込んだ。
「なるほど……薬の素材集めですか」
カゴの中に入っている薬になる素材を見て、アエラは納得がいったように呟く。
レオノーラはコクンと頷いた。
すると、女は呆れたようにため息をついたあと、髪の毛をボリボリと掻いた。
「……出かけるのであれば、私を含めて、最低でも護衛を10名は連れて行ってくださいね。でないと困ります」
「でも……」
「でも、じゃあありません!! あなた様は、この街の領主の一人娘。何かあったら、ナルシェス様に申し訳が立ちません!! もっとご自覚を持ってください」
それに、レオノーラはまたしゅんと肩を落とす。
だが、アエラはさらに続ける。
「それに、フリルつきのシャツにスカートだなんて、泥だらけじゃないですか」
そう言われて、自分の服へと視線を落とした。
確かに、あちこちが土で汚れている。
「本当だ……」
自分の状態に気づいたレオノーラは泥だらけのブーツに視線を落とした。
アエラはまたため息をついたあと失礼します、と言って、手で泥をはたき落とし始めた。
♦♦♦♦♦
ローゼンブルクの街。
街の歴史は長く、ペルナンデ帝国が建国する前から存在する。
長い歴史の中で、ローゼンブルクは様々な種族が共存する街としても有名であった。
多種多様な種族が人間と深く関わり交わうことで、人間の世界では見ることのない珍しい装飾品や食事、建築様式など、多くの文化で溢れ、辺境の地でありながら街はある意味で、活気に満ちていた。
街の中心部にある市場では、毎日新鮮な野菜や果物、肉や魚などの食材が販売され、客引きが声をあげる。
そんな街の中をレオノーラとアエラは歩いていた。
レオノーラは目に入った屋台へと駆け寄り、店の奥にいる大柄の男へ声をかける。
「レーザックさん、こんにちは!」
レーザックと呼ばれた男が作業をやめて、誰だ、こんな忙しい時に声をかけるやつは、というような不機嫌そうな顔で見てきた。
栗色の髪をポニーテールにしたレオノーラがニコニコと笑みを浮かべ、手を振って見せるとレーザックはこわばった顔を緩ませる。
「おぉ、これはこれは、レオノーラ様じゃないですかい。今日はどうしたんです?
「お買い物です」
「買い物? なんでまた?」
「貯蔵庫の食糧がもうなくなりそうだったので、買いに来ました」
「そうかい、そうかい。んで、今日は何をお買い求めで?」
レーザックは並べられた食材を前のめりになりながら一瞥したあと、レオノーラへと視線を戻す。
「このサンマと大根、それとこの少し大きめのレタスをもらえますか?」
「あいよ。ちょっと待ってくれよ」
レーザックはそういうと紙袋を取り出し、サンマに紙を巻いてから入れ、それから大根、続けてレタスを入れた。
「はいお待ちどうさん」
「ありがとう」
レオノーラは手渡された紙袋を受け取ると代わりに代金を払う。
手のひらに置かれた硬貨をレーザックは数えて、満足そうに頷く。
「ちょうどだな」
レオノーラはそれににっこりと笑う。
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