Are You "Lady"!? ③

どういう訳か瓦礫の下からするりと両足が抜けた。

そうじゃなくとも軽々しく瓦礫を跳ね除けられるぐらい体に力が漲る、先ほどまで全身を駆け巡っていた激痛も消え失せた。


身体が軽い、全身に活力が戻る。 

これなら行けると、アスファルトを蹴り一足飛びでクモへと飛び掛かる。


「ちょっと待ったああああああああああああ!!!!!」


風景を置き去りにするほどの速度で突っ込む身体は自分でも制御が効かない。

かろうじて両足を構え、クモにぶち当たる事により糸の弾道をずらすことが出来た。

間一髪のところで間に合った安堵感に息が零れる


「身体が痛くねえ、そして軽い! ハク、これなら行け……あれ?」



そしてこの時点になってようやくこの体の違和感に気づいた。

いま喋ったのは自分の声か? 随分と高い気がする。

なんだこの目線、随分と低い気がする!


腕が細いし白いしなんか格好が違うし、ペタペタと顔に触れてみても火傷痕の手触りが感じられないし!


なんだこれ、何が起きた? 嫌な予感が走り、軽くなった股間に手を当ててみると……


「えっ……あれ……!? 声が高い!? 目線が低い!? なんだこれ、俺、俺……!」


悪い予感はいよいよ確信へと変わる。

この事態は、いやこの体は間違いない。


「俺……魔法少女になってる!?」


《さいですよー、いやー上手く行って良かった。 最悪再構成に失敗してゲル状のにくにくしいものになってましたし》


手元にスマホがないのにハクの声が脳内に響く、いよいよ訳が分からない。


「ハク、どういう事だこれ!?」


《先ほども言ったでしょー、これが魔物に対抗する手段です。 分かりやすく言いますとマスターを魔法少女にしました》


「意味が分からない!!」


確かにクモに蹴りは効いたが、大丈夫なのかこれ? 元に戻るのかこれ!


「なに独りごと言ってんですか、前見てください!!」


「……っと!」


空気を切り裂いて振り抜かれるクモの尾を跳んで躱す。

そりゃそうか、こちらがわちゃくちゃしている隙を待ってくれるほど向こうも馬鹿じゃない。


「サンキューラピリス、助かった!」


「気を付けてください、どこの誰かは知りませんが今はあなたが頼りです!」


忠告を飛ばしつつ、ラピリスも糸を切り裂こうと奮闘しているが結果は芳しくない。

元から頼るつもりもないが、救援は期待しない方がいいだろう。


しかしハクの声は他の人には聞こえないのか、気にしてる余裕はないが変人に思われそうだ。


「ああ、任された! というわけでお前の相手は俺だ、このクモ野郎!」


『ギシャアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


尻尾を避けられたことが相当癇に障ったのか、クモは耳障りな叫び声を上げてこちらへ突進してくる。

後ろにはラピリスと気絶した警官たち、避ければ丸ごと轢かれる……か。


「させるかよっ!!」


突っ込んできた鼻っ柱に飛び蹴りをかます。

カウンター気味にたたき込まれた蹴りにクモが怯んだ隙に頭上を飛び越え厄介な尾を掴んだ。


「これでも喰らえ!」


そしてそのまま力任せに引っ張っれば、クモの巨体は宙に浮かびそのままアスファルトへと叩きつけられた。


「よし、やったか!?」


《いいえまだです!》


叩きつけられた痛みに悶絶することもなく、クモはなにごとも無かったかのように起き上がる。

こちらを睨みつける視線は憎々しげだ、なんてタフな……


《忘れたんですか、魔物には魔力を伴った攻撃しか効かない。 いくら背負い投げたところでダメージはないですって!》


「ああそうか、心底厄介だなホント……!」


地形利用はダメ、徒手空拳ならダメージがないわけじゃないがいまいち通りが悪い、元の身体とリーチが違い過ぎて調子が狂う。

蹴ってみてわかったが単純に相手が堅い。

せめて自分にも刀のような武器があれば……


「素手じゃダメです、黒い人! “杖”はないんですか!?」


《杖……? はて?》


「魔法少女が持つ武器をまとめてそう呼ぶんだよ、この体にも刀みたいな武器はないのか?」


《私その辺り分からんですもん! 製作者が仕様の全てを把握してると思わないでください!》


「しとけや把握! ええい、なんか出ろ出ろ……!」


そもそも杖ってどうやって出すんだ? というか杖って出し入れできるものなのか?

考える時間も試す時間も無い、前方に手をかざして力を込めてみる……が、なにもでるわけもなく。


『ギルアアァ!!!』


業を煮やしたクモが尾を構える―――何度目かもわからぬ忌々しい砲門。

そして後ろにはラピリスの時と同じく気絶した民間人たちがいる、やはりこいつ……


「だがその手は二度と食うかッ!!」


砲撃の瞬間、足元に転がっていた瓦礫を蹴り上げ掴み取る。

剥き出しになった鉄筋を握り、バットのように構えたそれで糸弾の糸弾を打ち返す。


『ギァガァ!!?』


「へっ、見切ったんだよその手口は! 今度はこっちの番……」


驚くクモを尻目に、砕け散ったコンクリの代わりに手元に残った……箒?

あれ? さっきまで俺、鉄筋握っていたような


《マスター、その箒いつ出しました!? めっちゃ魔力感じるんですけど!》


「それです! 多分それがあなたの“杖”です!!」


「……箒じゃん!」


見た目以上に掌にズシリとのしかかる重みは鈍器として有用ではありそうだが、あくまで箒だ。

とてもじゃないが切った張ったが出来るような代物とは思えない、俺も刀が良かった!


《マスター、来ます!》


「ああもう、やるしかねえ!」


砲撃が効かないとわかるや否や、飛びかかってきたクモの腹へヤケクソ気味に箒を叩きつける。

するとどうだろうか、箒はそのままメキリと景気のいい音を立てクモの腹にめり込んだ。


『グギャアァ!!?』


会心の一撃、ようやっと悲鳴らしい叫びを上げてクモが飛び退く。

ここに来て一番のダメージだ、クモの瞳に驚愕の色が見えはじめる。


「これなら行ける……こいつを倒せるぞ、ハク!」


《ええ、しかしマスター……あの、1つ問題が》


「なんだ、一体何の問題が……」


視線をクモから手元に落とすと、握った箒はポッキリと折れていた。


「……折れたァ!?」


《うわーん!大事に扱わないからぁ!》


箒は思いっきりぶっ叩いたのが悪かったか、穂の部分が根元からポッキリとご臨終している。

クモの野郎も折れた箒を見て余裕を取り戻したか、再度尾の主砲をこちらへと傾けた。


「ら、ラピリスさん! 杖ってのはどうやったら治るんですかね!?」


「知りませんよ!? そもそも杖とは魔法少女の心情を写したもの、そう簡単に壊れるものじゃないです。 むしろそんなものが壊れて貴女が大丈夫ですか!?」


《やばいですってマスター、今度はバリっバリにパワー溜めて撃ってきますよあのファッキンスパイダー!!」


ええい三者三様わちゃわちゃしい!

落ち着け、考えろ、考えろ、考えろ。 杖が本当に折れないってんならおかしな話だ。

魔法少女になる過程が違うから前提から違うのか? 待て、よく考えろ。


「そうか、もしかして……」


――――その瞬間、歩道橋を叩き壊したあの砲撃が撃ち放たれた。





もうもうと巻き上がる土煙はクモに勝利を確信させる。

ニヤリとつり上がる口角は人間のそれを思わせるほどに強かで、狡猾な笑みだ。


万が一生きていたとしてもあの威力、そして粘着質の糸はそう簡単に剥がれない、身動きが取れなければ自分に傷をつけられる者達でも恐ろしくはない。

あとはこの牙を突き立てその肢体を貪り喰らうまで……と、


「―――残念ながらここから先はお前のランチタイムじゃねえよ」


その声にクモの動きが強張る。 ああその顔は分かるぞ、「なんで?」って面してるな。

手に持った箒を振り抜き、土煙を振り払って見えたその面は魔物のくせにずいぶん人間臭いものだった。


「あてが外れたなクモ公、だけど今の一撃は死ぬほど痛かったぜぇ……!!」


《マスター、声めっちゃ震えてますよ》


「あの……大丈夫ですか、顔面真っ青ですけど?」


激痛を堪え、震える腕に握られるのは絹のように美しい真っ白な箒。

正確にはクモの糸で編みこまれた箒のように見える何か、あいつの糸弾から作った俺の杖だ。


「めっぢゃいだい……鉄筋がいつの間にか箒にすり替わってた時点で気づくべきだった、あれは鉄筋が箒になっていたんだ……」


見た目以上のずっしりとした重みは鉄でできたものだったから。

そして簡単にへし折れたのは力み過ぎなんかじゃない、コンクリで造られた穂先に柔軟性が足りなかったためだ。


「んでもってたった今、!」


糸が衝突する瞬間、掌底で受け止めた糸弾は一瞬で箒のような形状に代わりこの掌に収まった。

ただし形が箒に変わっただけで撃ち込まれた運動エネルギーは変わらない、受け止め切ったのは気合い根性の問題だ。


「掴めるものなら何だってつえに変わる! 覚悟しなクモ公、何回折れたって関係ねえ。 お前を叩きのめす武器はそこら中にあるんだからな!」


瓦礫1つですら武器になる、もはや辺り一面に広がる瓦礫の山は武器庫同然。

糸の箒を構えると、クモは旗色が悪いと見たのかじりじりと後ずさり……そのまま大きく飛び退き逃げ出した。


《あっ、逃げ……》


「逃がすかァ!!!」


反射的に逃げるクモの背に糸の箒を投げつける。

見た目をはるかに超える膂力から放たれた箒は空中で解け、網状に広がりクモを包み込む。


握っている時はなんとも無かったが糸の粘着性は保たれているらしい、クモがもがけばもがくほど箒の網はその身体にまとわりついていく。


「おお、便利だなこれ。 あと二、三本欲しい」


『ギ……ギギ……」


クモの声は心なしか憤りに満ちている。

この場において先ほどまであいつは絶対的強者だったはずだ。

それが自分よりはるかに小さな少女によって覆される、屈辱以外の何物でもない。


《よし、トドメですよマスター! こちらをどうぞ!》


虚空からスマホが現れ、手元に落ちる。

画面の中には先ほどとはまた違うアプリを抱えたハクがいた。


《タップして下さい、すると必殺技シークエンスに移行しますので》


「その操作いる?」


《いりますよ! 正規の魔法少女じゃないんですから大技を使うにはいちいちマニュアル入力が必要なんです!》


なるほど、何となく省略できそうなものだけど鋼のこだわりがあるっぽいし仕方ない。


「なにやっているんです、クモはまだ生きてますよ!」


大顎で糸を食い千切り、絡まった網から命からがらクモが脱出する。

いまだ体中に糸が纏わりついてはいるが、なりふり構わずといったように忙しなく足を動かして逃走。


いや、逃げている訳じゃない。 その足取りと瞳は何かに狙いを定め……


《マスター、不味いです! あそこに逃げ遅れた一般人が!》


クモの目線の先には、最初の砲撃から逃げ遅れたのか瓦礫に埋もれて気絶している少年がいた。

ああなるほど、このままやられるくらいなら一人でも道連れにでもしようと。 

そうか、ただ逃げるだけならまだ温情があったが慈悲は必要ないらしい。


少年へ襲い掛かるクモヘ向け、蹴り上げた石材を勢いよく投げ飛ばす。

矢のような速度で投擲された石材は空中で箒へ形を変え、無防備なクモの腹へ衝突した勢いそのままクモごとビルの壁面へ突き刺さった。


「飢えて人を襲うってんならまだ分かるさ! だがお前はそれ以上に人をいたぶった! 挙句不利になると道連れを探す、その狡い根性が気に食わねえ!!」


感情の高ぶりに任せハクが抱えるアプリを叩く。

身体が、熱い。


「決めたよ、お前は“火あぶり”だ!」


≪BURNING STAKE!!≫


鳴り響く電子音声とともに全身に熱が迸る。

力が漲る、魂が迸る。 圧倒的熱量に呼応するかのように首元のマフラーが緋色に染まり、左足に炎が灯る。


《ご主人、あの箒目掛けて叩きこんじゃってください!》


ハクのアドバイスを聞く前に、本能に任せ地を蹴り跳び出す。


アスファルトが砕けるほどの力で跳躍した体は、一直線にクモに突き刺さった箒へ吸い込まれるように叩きこまれる。

そのまま全身で風穴を開けると、クモに空けられた穴は赤く燃え上がり、一瞬にしてその全身を炎で焼き尽した。

醜い断末魔と炎が晴れた後に残るのは、僅かな燃えカスと六角形に輝く宝石のみ。



そして俺の身体はビルの窓ガラスを突き破って中のオフィスを滅茶苦茶になぎ倒しながら停止した。


「あ゛ぁー!!?」


《あーマスター待って止まって! 魔石! あのクモの燃えカスと一緒にドロップした宝石回収してください!》


「ちょっと待てや! あああぁぁあぁパソコンとかぶっ壊れてないだろうなこれぇ……」


勝利の代償は大きい、ここは元はオフィスビルの一画だったのだろうか。

ぶっ飛ばしたデスクや書類をなるべく元通りにしてから俺たちはビルから脱出した。



――――――――…………

――――……

――…


「ご協力感謝しますけど……もう少し加減できません?」


「いやー……あはは、面目ねぇ……」


可能な限りオフィスの整理を終えてから恐る恐るから顔を出すと、仏頂面の魔法少女と目が合った。

無理矢理切り裂いたのだろうか? その身体にはいまだしつこく糸がへばりついているが、しゅわしゅわと音を立てて空気中に溶けて徐々に消えている。

クモが消えたから糸も消えるか、つくづく魔物とは謎が多い。


「まあ良いです、改めて魔物討伐への協力感謝いたします。 貴女が居なければどうなっていたことか」


「いやいや礼とか良いって! 俺もなんだかよく分かってないし……それよりあの、周りの人は……」


深々とこちらへ礼を向ける少女を慌てて止め、周囲を見渡すと先ほどまで気絶していたはずの警官たちが忙しなく被災者の救助に動いている。 タフなもんだ。

遠くからは救急車のサイレンも聞こえてきた、幸運なことに致命的な怪我を負った人もいない。

あとは彼らに任せればいいだろう、建物や道路が受けたダメージは大きいが今は人命が失われなかったことが何より喜ばしい。


「後の処理は我々にお任せください、それとつかぬ事を窺いますがあなたの魔法少女名は?」


魔法少女名……確か魔法少女ごとの通り名だったかな、目の前の彼女が「ラピリス」であるように。


「え、えーと……ごめん、今回が初めてでまだそういう名前とかはその」


「なるほど、危機的状況における魔力の覚醒でしょうか……」


ふむふむと一人で納得してくれた様子、出来ればボロが出ないうちにさっさと退散したいところ。

この隙にさっさと雲隠れしてしまおう。


「じゃ、自分はこれで……」


「――――では政府機関への登録も無いと」


後ろを向けた背に冷たい刃物が押し付けられる。


「……あの、これは一体?」


「申し訳ありません、未登録の魔法少女であれば見逃すわけにはいきませんので。 少々貴女の身柄を拘束させていただきます」


…………少々雲行きが怪しくなってきたぞう。

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