俺が魔法少女になるんだよ!

赤しゃり

Are You "Lady"!? ①

 

 ――――ビルの頭上を掠める様に飛ぶドラゴンの姿を見ると、春の訪れを感じる。


 大分冷めた缶コーヒーを飲み干し、七篠 陽彩ななしの ひいろはその景色を見上げた。

およそ3mほどの巨躯をくねらせながら、八の字を描いて空を飛ぶドラゴンの姿は実に幻想的だ、まったくもってコンクリートジャングルに囲まれた現代社会には似つかわしくない。


 駅前に群がった人だかりは、そのドラゴンの雄姿を収めようとスマホを構えている。

危機感はないのか、まあ無いな。 何せこの世界には……


『――――そこまでですッ!!』


「……ほら、来た」


 ―――――



 ――――――――…………

 ――――……

 ――…



 ある時人類は「魔力」の実在を証明し、そして制御に失敗した。

「災厄の日」と呼ばれたその日、世界中が扱えもしない魔力に汚染され、「魔物」と「魔法少女」が生まれた。

魔物とは、向こうでノびているドラゴンのような、魔力と共に突然産まれた新生命であり、同時に魔法少女とはその恐ろしい生き物に唯一対抗できる存在である。


『皆さんお怪我はありませんかー!』


 和装に似た青い衣装に身を包んだ魔法少女は、宙を飛び回りながらその格好に似つかわしくないメガホンを構え、周囲の野次馬に呼びかける。


 ……魔法少女、魔力に適応した希少な女児の総称。

どういうわけか、魔力を扱えるのは小学校も卒業していないような少女達しかいない。

年齢が上がるにつれ徐々に魔力を失い、20歳を超えると殆ど魔法少女としての力は失ってしまう。


 残念なことに、危険な魔物を前にした際、我々一般人は魔法少女の力を借りるほかないのだ。

魔物には魔力を用いた攻撃しか効かず、魔力を扱えるのも魔法少女だけだからだ。


『えー、皆さん無事なようで何よりです。 ドラゴンの影響によって電車の遅れが発生しています、4番線ご利用のお客様は……』


 怪我人がいないことを確認し、少女は手元の電子端末に表示された情報を読み上げる。

背筋をピシッと伸ばし、淀みなく電車遅延の情報を読み上げるその姿はとても小学生とは思えない。


『……以上、魔法少女・ラピリスがお送りしました』


「はー、朝から良いもん見たわ」

「はい、営業の坂橋です……ええ、電車が遅れて……」

「んー、我が愛しの姫も愛らしいですがラピリス殿もまた良き……」


 遅れて到着した自衛隊に現場を引き継ぎ、一礼を残して魔法少女は何処かへ飛び去る。

歓声とともにそれを見送った野次馬たちも思い思いに散っていった。


 ……すると、人ごみの中でスマホを弄りながら歩き去る女性のカバンからはみ出した財布が落下した。

周囲の人も気づいていないのか誰も気に留めないようで、俺は慌てて財布を拾って女性の後を追う。


「あの、財布! 財布落としたよ!」


「へっ? あっ、ありが……ひっ!? ごごごごめんなさい!!」


 振り向いた女性の顔は一瞬で蒼白に染まり、よくわからない謝罪を残して走り去ってしまった。

……ああしまった、またやっちまった。


「はぁ……どうすっかなこれ」


 ため息をつき、建物のガラスに映った自分と目が合う。

左目を覆うように焼け爛れた火傷痕がこびりついた、酷い面。

こんな奴が不意に声を掛けてきたら誰でも逃げる、こんなことももう何度目だろうか。


「しゃーない、交番に届けっか……」


エー、ネコババ スレバ…………マジメデスネ……


「……ん?」


 今、何か聞こえたような……?


 ――――――――…………

 ――――……

 ――…


「あらぁん、ひー君ったらまた落とし物拾っちゃったの? やだぁ、アタシったら朝から超ラッキー☆」


「こちとら朝から気分最悪だけどな……」


 財布片手に訪れた交番では、気色の悪い警官が体をくねらせながら待ち構えていた。

やはり魔力があふれたあの日から世界はどこか狂ってしまったのだろう、何故こんなオネエのおっさんが警察官になれるんだ。


「で、男島のおっさん。 いつもの書類くれ、さっさと書いちまうから」


「苗字で呼ばないでぇん! んもう、またその顔で逃げられたの? 今年入って何回目よん?」


 男島 信之おとこじま のぶゆき、制服がぱっつんぱっつんになるほど鍛えられた肉体を持つその警官は実に男臭い。

美少年を補導するために警官を志したという危ないおっさんだが警官としての実力は申し分ないだろう。

この近辺で彼の姿を見て犯罪を犯そうとする輩はまずいない。


「ひのふのみぃ、たぶん7回目くらいかな」


「難儀ねぇ……やっぱりその顔の火傷、治せないの? 折角の男前が勿体ないわぁ」



 無言で肩をすくめて首を振る。

今日みたいな事は珍しい事じゃない、そして何度も落とし物を届けるうちにこの警官とも仲良くなってしまった。

この顔は人一倍威圧感を与えてしまうが、目の前の気色悪いおっさんは例外中の例外だ。


「おっさんの男っぷりには負けるよ、それに治療は無理だって何度も……」


7カイッテ…………オヒトヨシ…………


「ん……?」


「どうかしたのぉん?」


「いや……なんでもない、そういやおっさんは駅前のドラゴン騒動に対応しなくていいのか?」


 どうも今日は幻聴が多い、思い当たる節もないけど疲れているのか。

それとも慣れていたつもりで、実は精神的には参っているのだろうか。


「亡骸の片付けなら魔獣課がやってくれるわ、いつもは腰が重いけどラピリスちゃんが尻を蹴り上げてくれたみたい、魔法少女様様だわ」


「“魔物に魔力を持たない者は干渉できない”……だから魔法少女に頼るしかないとはいえ、やるせないよなぁ」


 今朝のドラゴンのような怪物と、まだランドセルも下ろしていない少女たちが殺し合う。

はっきり言って異常なその光景に違和感を覚えないわけじゃないが、“しょうがない”のだ。

魔物は魔法少女にしか殺せない、だからこそ政府は魔力を持つ少女を積極的に保護し、積極的に戦わせる。


「そうねぇ、いっそ私が魔法少女に変身できたら……」


「書けた、そんじゃ持ち主によろしく」


「あぁん、待ってぇ! まだ諸々の手続きと控えの書類を渡さないと怒られちゃう!」


 あのまま魔法少女談議に花を咲かせていたら吐き気をこらえきれる自信が無い。

込み上げてくるものを抑えて、俺は逃げる様に交番を後にした。


「あ゛ー、どっと疲れた。 朝からいろいろと……」


 ドラゴンと魔法少女が死闘を繰り広げていた駅前まで戻ると、さっきまでドラゴンだったものの周りには立ち入り禁止のテープと警官たちが取り囲んでいる。

ドラゴンの亡骸は既に跡形も無いが、それでも道路や周辺の建物が受けた被害は甚大だ。


 早急に修復の手は回るだろうが、暫くはごらんの通り封鎖され続けるだろう。

俺はぼうっとその光景をただ眺めていた。


《……何をしているんですかー?》


「何も、ただ物思いに耽ってる」


《へー、具体的には何を?》


「そりゃまあ色々と……って」


 そこまで呑気に会話を交わしてから、俺はようやく声の主が周りにいない事に気が付く。

そして謎の声の音源――――ポケットにしまっていたスマホを引っ張り出した。


「……やっぱり幻聴じゃねえよな!?」


《――――アッハッハ! バレましたか、いやぁごめんなさい。 ちょっと顔出すタイミングを計り損ねていましたもので》


 ――――取り出したスマホの中、親の顔より見たホーム画面には見慣れぬ白髪の少女が住んでいた。


 ――――――――…………

 ――――……

 ――…


《ご紹介が遅れました! 私、世にも珍しい電脳世界に住まうでございます。 名前は無いので、呼称はお好きなようにー》


 掌に収まるスマホの中には、先ほどから変わらず少女が映し出されている。


《あっ、魔人って知ってます? 魔物の中で人型に近く対話が可能なものをそう呼ぶらしいです、私も聞きかじりの知識なので詳しい分類はよく分かりませんが……》


 灰を被ったように真っ白な髪の毛、同じく汚れが良く目立つであろう丈が長く真っ白な病衣服。


 《いやー、電脳世界にポンッ!と生まれてあっちにふらふらこっちにふらふらと旅を続けておりまして、流石にこの孤独なネットの海を乗りこなすのにも疲れた所、広すぎず狭すぎず程よい容量ひろさのスマホがあるではありませんか!》


 そしてただ一つだけ、対照的に黒く輝く双眸がくりくりとこちらを見つめていた。


「なるほど、その心は」


《泊めてください♪》


 人懐っこい笑みだ、愛らしいと形容してもいい。

画面の向こうの少女とは言え、こう頼まれるとコロっと許してしまいそうだ。 なので……


「断る」


《え゛ー!? どうしてですか、こんなかわいい美少女がここまで頼み込んでいるってのに!!》


「まず1つ、魔人なんて得体のしれない奴を手元において置けるか。 2つ、自分で自分の事を美少女とかいう奴にろくな奴はいない。 そして3つ、お前を手元に置いておくメリットが一切ない!」


 魔人……つまり駅前のドラゴンと同じ化け物だ、人の姿をしているからとはいえ油断はできない。

人の形をしていようが本質が分かったものじゃない。 愛らしい少女の姿をしていようが、少なくとも俺は関わりたくない。


 《えーっとえーっと……私がいるとウイルスや迷惑メールをシャットアウトできますよ! えっちなサイトも安心して見放題です!》


「見ねえよんなもん」


 《なんですかもぉー! こんなかわいい子がこんなに頼み込んでるというのに、さてはそっちのケが!?》


 要求が通らなかったら人を性癖倒錯者扱いか、はははこやつめ良い性格していやがる。


「いたってノーマルだよ、好き好んで魔物や魔人とやらに関わらないくらいにはな!」


《魔物だってみんな危険なやつってわけじゃないんですよ! ほら、私が良い証拠!》


「どの口が言ってんだ、仮に百歩譲ってお前が善良だったとしてもだ。 世間の認識は違う、お前を連れて歩く俺まで変な目で見られるんだよ」


 世間から見れば魔物は一緒くたに危険生物扱いだ。

多少の良い悪いは関係ない、この少女が個人的に無害だろうと魔物というものにこびり付いたイメージは簡単に払拭できないのだから。


「俺みたいなやつと一緒にいれば余計にな、悪い事は言わないからどこかよそに……」


《……うう》


 一通りこちらの主張を述べてから気づいた、手のひらの中に収まる少女の瞳に、大粒の涙が湛えられていることに。

ああ待て、それはまずい。 ちょっと待ってせめてボリュームは落として……


《うわあああああああああん!!!!! あんまりだああああああああああああああ!!!!!!》


 想像通り、そして想像の3倍以上の音量で少女が泣き出した。

やばい、いくらスマホ越しとはいえこの泣き声は相当目立つ。

道行く人々も何事かと訝しげにこちらをチラ見しては距離を取って行くじゃないか。


《物心ついてからネットを彷徨って1か月間! 分かりますか、だだっ広い世界に独りきり! やぁっと話の分かりそうな優しい人に出会えたと思ったら理不尽な理由で追い出されるなんて!》


「人聞き悪いな! 他にも良い人いっぱいいるよ、探してみろって!」


《実はねえ、あなたの前に一人こうやって話しかけてみたんですよ! そうしたらどうなったと思います!?》


「……どうなったん?」


 するとさっきまでの泣き顔はどこに行ったやら。

一瞬ですんっとした真顔に切り替わり、ハイライトの消えた瞳でどこか遠くを見つめ少女は絞り出すように呟いた。


《……随分と倒錯した趣味のお方だったようで、ネットから切断されて危うくスマホに監禁されかけました》


「うわぁ……」


 まあ、客観的に見て少女の見てくれは悪くはない。

そういう趣味の人間に声をかけてしまったのは……運がなかったんだろう、ちょっとだけ同情する。


《実はあなたが財布を拾うところから見てましたぁ……お優しい人と思います、どうか、どうかお慈悲を……》


「いや土下座とかされても……ああもう、分かった分かった! 次の住まいが見つかるまでだぞ、良いな!?」


 周囲の目と少女の必死な懇願のダブルパンチにより、とうとうこちらが折れた。 折れてしまった。

同情したこちらの負けだ、今の身の上話を聞いたうえで放っておくのもバツが悪い。

……万が一こいつが問題を起こした時はこちらも覚悟を決めよう。


《やったー! 温かい我が家ゲットだー!!        へっ、チョッロ……》


「何か言ったか?」


《いいえ何も一切ぶへっ! へぷちょっ! ちょ、つつかないでくださいよマイマスター!》


 タッチパネルの恩恵か、生意気な少女を突っつくと向こうも触られる実感があるらしい。

こりゃいいや、何かあった時はつっついて黙らせよう。


「そういや名前、何か呼び名が無いと不便だろ? “ハク”ってのはどうだ」


《えー、確かに私全身これ白色美人でございますがちょっとその名は安直すぎではないかといひゃいいひゃいいいでひゅハク可愛いでしゅしゃいこうでしゅしゅてきでしゅぅ》


 頬を引っ張ってみれば面白いぐらいよくのびる。

ころころ変わる少女の表情も合わさり、嗜虐的な趣味があるやつには最高の玩具になりそうだ。


「そんじゃハク、今から店に戻るが誰にもバレないようにしろよ」


《店? ああ、はいぃ……でもでも、その前にマスターから見て右に2歩動いてもらって良いですか?》


「ん? 右? なんでだ」


 疑問に思いながらも、言われた通りきっかり2歩分右に移動したその瞬間。


《――――



 ―――俺の頬を掠め、真上から飛んで来た何かがコンクリートの歩道に着弾した。

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