第28話 花山 華泉が女優を見せるまで

 一日ぶりに部活動をした教室に来ると、中々感慨深く思われる。

 昨日は本当に散々だった。

 恐らくもう少ししたら花山さんが来るだろう。

 なぜ一人で来たのかどうかなど聞くまでもない。

 あの人と一緒に来る勇気があるならば、俺は勇者か何かだろう。

 周りの目ほんと怖い。


 とりあえず空いている椅子に腰をかける。

 それより本当に今日花山さんとドラマの練習をするのだろうか。

 俺は一切そういう演技の経験など無いし、俺ごときが役に立つのだろうか。


「こんにちは」


 俺が開けっ放しにしていたドアから花山さんはひょこっと現れた。


「こんにちは」


 なんか妙によそよそしくなってしまう。

 2人きりだと緊張しちゃうなあ やだなー。


「じゃじゃーん。みてこれ」


「それが台本?」


 花山さんは紙を何枚かペラペラとさせた。


「うん。って言ってもオーディションだから私の言うセリフそんな多くないんだけどね」


「俺がそれの手伝いをすればいいって事でいいんだよな?」


「そう。やってくれる?」


「ああ、できる限り頑張るよ」


「これどうぞ」


 花山さんはプリント(台本)を俺に渡してくれたあと俺の隣にトコトコと寄ってくる。


「じゃあ、この男の子役の方を読んで欲しいんだけど」


 俺が持っている台本の該当のセリフを指でなぞりながら伝えてくれているが、正直言って一切話が入ってこない。

 近い、近いよ。

 女の子ってこんないい匂いするのかよ。


「聞いてる?」


「聞いてます。はい」


 変に怪しまれないようにしよう。

 このままじゃ嫌われてしまいかねない。


「じゃあ、行くね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 やばい急に始まってしまう。

 まだまともにセリフ見てなかった。俺が言うセリフは2行目だな。

 サラッと全体やあらすじを見た感じだと田舎町の女の子がその町の人と協力し、女の子が働くレストランを大きくしつつ、町おこしをする的な話だった。

 なんか朝ドラって歴史系なイメージあったけどこういうのもあるんだな。

 見ないからあまり分からないが。


「おっけー。だいたいストーリーはわかった。なんかあれだな。珍しそうなストーリーだな。あんまりよく分からないけど」


「確かにそうなのかも。だからオーディションも開催するみたいな感じで結構実験的なのかもね。それか、役柄的にあまり作られてない素の演技が欲しいんじゃないかな。お偉いさんも」


「それって知名度ある人不利なんじゃないのか?」


「そんなので諦められないよ」


 いつもとは違った声のトーンの花山さんに俺は少し驚いてしまった。


「そうだよな。じゃあやるか」


「うん」




「「私は絶対この店を大きくするの!」」


 多分、俺が普段テレビ等でドラマなどを一切見ないからこそよりすごいと思っただけかもしれないのだが。

 本当に人が違うように感じる。

 刹那として惹き込まれてしまう演技力の高さ。

 過剰に反応してる訳でも無く、本当に目の前にいるのが花山はなやま 華泉けいなのだとまじまじと思われた。


「あれ、キヨくん?」


「え、ああマジごめん」


「えーと次だよな。本当にごめん。もう1回やってくれないか?」


「うん。こっちは大丈夫だけど、きよくんは大丈夫? 嫌じゃない?」


「いや、全然嫌じゃない。ただ花山はなやま 華泉けいってこんなにすごいんだなって思っただけで」


 花山さんは「えへへー」と照れ笑いした後、「ありがと」と小さな声で言った。


「じゃあ、もう一度するね」




「「私は絶対この店を大きくするの!」」


「「するなら勝手にしてくれ」」


「「言われなくてもしますー。絶対に見返してやるんだから!」」




「どう、良かった?」


「ああ、本当にすごい。でも、これだけなんだな」


 台本には色々とセリフが乗っている気がするが、どちらかと言うと結構情景描写の話の方が多い。


「色々なシーンがあって、そっから本番は2つ選ばれるの」


「そんな形式なのかすげえな」


「キヨくんもやってみてどうだった?」


「俺はやっぱり結構恥ずかしいよ」


「上手だったけどね。なんかイメージにあってて」


「うるせえ」


 俺そんなに勝手にしろとか言うタイプに見えますか。

 言ったことある気は確かにしないこともないが。


「これで終わりか?」


「ううん。もう1つキヨくんと、キヨくんだからこそ一緒にしたいのがあるの」


「俺だからこそ……?」


 そんなセリフがあっただろうか。

 俺だからこそ? 俺だからこそか。

 なんかよく分からないが、とりあえず花山さんの期待に添えるように頑張るぞー。



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