第68話

 拓実のセリフって公判の分もあるし、僕との掛け合いも台本何冊分あるかわからない。

 そんな明るい笑顔で凄いことさらっと言わないでよ!


 演出家の先生はうーんと唸る。


「ちょっと、隆二くん、仮で申し訳ないんだけど、通し稽古してもらえないかな?」

「なっ、高野先生。なんてこと言うんですか? 彼は部外者ですよ? 春原くんの付き人で」


 蓮さんが思ってもみない事態にあからさまに焦りの色を浮かべていた。


「でも彼は役者だ。沙良くんの代わりとして彼女の代わりがくるまで他の連中はきちんと仕上げておかなくてはならないだろう? 私は演出家として今は仕上げの段階にきていると思う。それでなければ芝居そのものが完成しなくなるぞ」

「そ、それはそうですけど……」


 いくらプロデューサーとは言え、初めてのことだ。長年芝居の演出に関わっている高野先生に蓮さんは逆らえないようだった。


 とりあえず、隆二に通しで稽古の手伝いをしてもらうことになった。


 うわーなんか凄いことになってきた。僕の鼓動は少しづつ速くなってくる。


「とりあえず、今までやってきたその後のシーンの続き、第六幕、行くよ、いいね」


 隆二はもうすでに立ち位置に立っている。

 僕は慌てて彼のあとについて行った。


「よしっ、じゃあ拓実のマンション前のシーン2行くぞ」


 演出家の先生のスタートの合図で、僕らはセリフを言い出した。

 まるで夜いつも隆二とやっている稽古みたいだ。


「どうして、僕の気持ちがあなたに通じないんだ……僕は、本当に僕は……」

「ごめんなさい。あなたの気持ちに答えられなくて……」


 淀みのない台詞まわし、女性言葉なのに凄いなりきってる。

 僕と二人きりの時から思ってはいたのだけど、みんなの前で恥ずかしくないのかな?

 と思ってしまう。凄いな隆二。


 一度ワンシーンを通しでやってみると、花園先生が急に飛び出してきて、演出家の高野さんと何かごにょごにょ話を始めた。

 有家さんがうんうんと頷くと、花園先生が親指を立てている。


「あーーうん、ええとね、隆二君、女言葉いらないから男っぽくやってみて?」

「えっ、あ、はい……」

「えっ、でもこれって拓実って女性相手じゃないですか?」


 来風さんが怪訝そうな顔をする。


 そうだよ。その気持は僕も同じだ。

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