feat. アイうえおか吸血鬼ゴースト

イツミキトテカ

第1話

 オレは、物心ついたときにはすでにタイプの人間だった。


 あんまりにもはっきり見えるし聞こえるもんだから、自分以外の人間にはこの光景が見えてないし聞こえてないと初めて知ったときには、しばらく信じられなくて、みんなにからかわれていると思ったほどだった。


 実際この体質にはいつも困らされていた。


 あいつらときたら、オレがそういうタイプだと分かるやいなや喜び勇んで憑いてきやがる。憑かれると何が困るって、とっても疲れるから嫌になる。それこそ、大きな漬物石を背負わされているみたいにどっと疲れがやってくる。全く持って本当に迷惑している。


 そんなだから、オレは、いつからかスタンスをとることにしていた。見えるし聞こえても、見ないし聞かなければ、それはいないも同然。恨みがましくじっと見つめられようと、言葉にならないうめき声を浴びせられようと、何があろうと、無視無視ガン無視。


 そんな涙ぐましい努力の甲斐あって、最近は憑かれることもめっきり少なくなっていた。普通の人と全く同じにいたって普通に日常を過ごしていた。

 

 もしかしたらそれがいけなかったのかも知れない。


 つまり、オレはすっかり油断していた。


「やっほ!」


 目の前で少女が手を振っている。こんな知り合い自分にいただろうか?


 銀色に輝く腰まで長く伸びた髪、深い緑の大きな瞳は見ていると今にも吸い込まれそうだ。肌は透き通るように白く、美しく整った顔立ちをなお引き立てている。年齢はよく分からない。大人びてはいるが、ニコッと笑った顔が意外とあどけなくて、そのギャップに心臓がキュンと喜びの悲鳴をあげた。鼻の下も伸びていたかもしれない。


 きっとそれがいけなかった。少女はいつの間にかオレのそばにいて、いたずらっぽく見上げていた。


「やっぱり〜。キミ、ね? ねぇねぇ、わたし暇なの。一緒に楽しいことしようよ〜」


 どうやら見えてはいけない少女だったらしい。


 とはいえ、今まで出会ったことのないタイプに少々面食らう。いつものやつらはもっと暗くて、敵意丸出しで、近くにいるだけで気が滅入る、そんな感じだ。


 だけど彼女はそうは見えない。が、見えてはいけない者たちに一もニも無い。この場合、オレがするべきこと、それは、とにかく無視だ。


「あれ? 見えてない? お〜い、お兄さ〜ん。ここにいる美少女見えてませんか〜? えへへ、自分で美少女って言っちゃった」


 少女はゴスロリな衣装に身を包み、紅く染まった頬をすらっと伸びた人差し指で恥ずかしそうにポリポリかいている。


 何が「えへへ」だ。こんなんで幽霊稼業をやっていけるのだろうか。


 オレが余計なお世話に心配していることなど露知らず、少女は小さくため息をついた。


「そっかぁ、見えてないのかぁ。やっと誰かとお話できると思ったのに残念……ん?」


 少女は華奢な小首を傾げた。どうやらオレの背後に控える準備万端の愛車に気が付いたらしい。その瞬間、少女の深緑の瞳がキラッキラッに輝いた。


「もしかして今からツーリング? 天気も良いし絶好のバイク日和だね。いいないいな、カッコいいなー! そうだ、わたしも連れて行ってよ―って聞こえてないんだった…。じゃあ、勝手に着いていくしかないよね」


 なんてこった。これではせっかくの休日が台無しだ。どうしよう。今日のところは止めておくか? 


 そうすればこの陽気な少女の幽霊も、諦めてオレのそばから離れるかもしれない。


 でもなぁ。


 天を仰げば雲一つない澄み切った青い空。少女の言うとおり今日は絶好のバイク日和。メンテも済んで愛車の調子も絶好調。リアシートにはすでに荷物がロープとネットでしっかりきっちり固定されている。


 やっぱり何としてもこのまま走り出したい。


 オレはヘルメットを被り、ハンドルを握った。サイドレバーを跳ね上げ愛車にまたがる。ミラー越しにワクワク顔な少女と目が合ったが気が付かないふりをした。少女はちゃっかりオレの腰に手を回している。だけど感触はない。どうやら人に触れることはできないらしい。そのことに少し安堵しつつ、オレは鍵を回し、セルスイッチをパチリと押す。エンジンがかかった。穏やかなモーター音と振動がほどよく気分を高揚させて心地よい。


「おぉ!」


 少女が無邪気に声を上げた。そんなに感動されるとちょっとドヤりたくなる。


 でも無視だ無視。


 左足でギアをローに入れ、右手でアクセルを回す。次は苦手な半クラだ。左手のクラッチレバーを丁寧に緩めていく。最近はようやく繋がる瞬間が分かるようになってきた。エンジン音の変化に耳を澄ませ、ゆっくり発進していく。愛車がすーっと前へ進む。うん。今日はかなりスムーズに発進できた。初心者丸出しだが大変満足だ。


「わぁ、動き出した!」


 ローからセカンド、セカンドからサード、どんどんギアを上げていく。ドコドコと唸る単気筒の排気音を聞いているうちに、オレの心は無に帰結していく。


「ねぇねぇ、今からどこ行くの?」


 オレは今無心なんだ。話しかけないでくれます? 


「まぁ、どこでもいっか。着いてからのお楽しみ、だね…それにしても」


 ミラー越しに見える少女は、髪をかき揚げくすぐったそうに笑うと、ヘルメットをしたオレの左耳にそっとその桜色の唇を寄せた。


「なんだかこれ、デートみたいだね」


 ―ったく、かわいいじゃねぇか、ちくしょう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る