保護者ハンターとトランクの中の少女
砂藪
トランクの中に女の子が…!?
列車から眺めるのどかな緑。ぽつぽつと視界を流れていくのを横目にポケットから小麦色の封筒を取り出した。
中身に書かれているのは、狼男の討伐依頼。
満月の夜が近づくにつれて、増加する狼男の目撃情報。しかも、今度の満月は薄い赤色に染まったストロベリームーンだ。狼男でなくとも浮足立つに決まっている。そんな赤い月の夜に備えて、隠居生活を送っている時代遅れのハンターも呼び出されたわけで。
「休ませてはくれないってか……」
列車の窓を開けて、風を感じる。今は化け物の時間ではないから、風を頬に受けてぼうっとしながら、隣に置いてある大きな革のトランクケースのベルトを撫でた。
腰には銀の弾丸が入った拳銃と予備の弾薬が入ったポーチ。トランクケースの中には、さらに予備の弾薬や杭や銀の十字架なんてものがごろごろと入っている。
誰にもこの鞄の中身を見られてはいけない。
一般人にはもってのほかだが、同業者であるハンターにも見られてはいけない。自分の手のうちを曝すのは弟子ぐらいだ。まぁ、俺には弟子と呼べるものはいないんだが。
列車に揺られて四時間、俺は降りた先のモーテルにチェックインした。夕食を近くのレストランで食べてから、陽が沈み始めた頃にモーテルの部屋に戻り、俺はトランクケースを開けた。
その中には、白い絹のような髪に埋もれた小さな少女が入っていた。
「……」
トランクケースの中には弾薬も杭も十字架もない。
ただただ、白い少女が入ってきた。
少女は絶句している俺などお構いなしにあくびを一つして、片目をこすりながら鞄の中から身体を起こすと小さな身体で伸びをした。
「もう夜なの?」
「ど、どうして……」
このトランクケースの中には化け物退治用の道具を詰め込んできたはずだ。出かける前にも確認した。しかし、今はどうだ? トランクケースの中には化け物退治の道具など一つも入ってない。少女が一人入っているだけだ。
「どうしてって……置いてけぼりにされたから」
俺は頭を抱えた。
あっけらかんと言う少女の瞳はコバルトブルー。
トランクケースの上で立ち上がった少女は白いワンピースをひらりと広げるようにトランクケースから跳び下りると俺の前に立って、後ろで腕を組んだ。
「私に隠れて、楽しいことするんでしょう?」
「どうして楽しいことだと思ったんだ……仕事だ仕事。おこちゃまは家で待ってろ」
「あんななにもない田舎で待ってろって言うの?」
確かに俺とこいつが暮らしている田舎にはなにもない。夜中には街灯の光しかちらつかない田舎には彼女が言う面白いものはないだろう。
「ギュンターが私に隠れて、楽しいことしようとしてるの知ってるんだから」
俺の仕事は化け物退治だ。引退したいと思っているからこそ、田舎の家を買って隠居生活を送っているのだ。楽しいなんて思っちゃいない。俺は一部の戦闘狂とは違って、仕方なくハンターになった人間だ。稼業だなんだと言われて、嫌々ながらも射撃の練習もして、何度も親父に現場に付き合わされた結果、大人になってもそれが続いているだけだ。
しかしまぁ、ハンターになったおかげである日、物好きな金持ちを助けた挙句、隠居生活を送れるほどの大金と、目の前の少女を押し付けられた。
「とにかく、アミール。いいか? トランクに入るのはもうやめろ。俺は仕事をしてくるから、絶対にモーテルの部屋から出るな」
「えー」
アミールは頬を膨らませたが、そんな彼女を無視して、俺は扉へと向かった。とりあえず道具がないのは心もとないが、元々トランクにあった道具は保険のために持っているだけだ。いつもは手元の拳銃と弾丸でなんとかやってきた。
さっさと仕事を終わらせて、白い髪のじゃじゃ馬と田舎に帰らなければいけない。
「ちょっと、ギュンター! 私も連れて行ってよ~!」
両耳を塞いで、俺は街に繰り出した。
トランクの中に入っていたアミールに驚いているうちに、日は沈んで、街はすっかり夜の様相を整えていた。
狼男の情報はこの近くのバーで手に入る。被害にあった男性がそのバーでの待ち合わせを希望していたからだ。指定された席は店に入って、一番左手のカウンター席。
まだ夜になったばかりで客もまばらな店内に入る。カウンター内でグラスを磨いていた小太りのマスターがこちらを一瞥したかと思うと「あ」と声をあげた。
「ちょっとちょっとお客さん。ここは子連れで来る場所じゃないよ」
「あ?」
振り返るとアミールがそこにいた。
「……どうしているんだ、アミール」
「暇だから!」
俺は頭を抱えた。
「すまない、マスター。こいつにはミルクでも」
「仕方ないなぁ」
俺はアミールを一番左のカウンター席に座らせて、その隣に座った。アミールはマスターからミルクをもらうと「ありがとう」と微笑んだ。マスターが照れくさそうにしているのを横目に俺はジンジャーエールを煽った。
「マスター、最近、ここらへんで狼男が出たって聞いてるが、店を開いてて大丈夫なのか?」
マスターは肩を竦めた。
「狼男も店の中に突っ込んでこないでしょう。酒の匂いで鼻がひん曲がっちまうでしょうから」
「それもそうだ」
「お嬢ちゃんもいくら暇だからってお父さんについて夜出歩いちゃダメだからね? 今日はミルクを飲んだらお父さんと一緒に帰るんだよ?」
マスターは狼男の話よりも珍しい子どもの客に夢中のようだ。
帰ろと言われても俺はこのバーで待ち合わせをしているから帰るに帰れない。アミールに一人で帰れと言うわけにもいかない。そんなことを言ったら、マスターになにを言われるか分かったものじゃない。
「狼男が出るの?」
「そうだよ~。お嬢ちゃんは狼男には会ったことがあるかい? 本当に怖いんだよ~。狼みたいな口に狼みたいな爪に狼みたいな顔なんだ!」
「うん、狼男だし、そうだよね」
説明が圧倒的に下手なマスターに相槌を打つアミール。そんな二人を横目にバーに出入りする人を眺めていた。誰も俺の隣に来ようとしない。狼男の被害にあった人間が一向に来ない。
「このバーに来るために田舎を出てきたの?」
夜も更けて、店内もそこそこ客で埋もれ、マスターが話しかけてこなくなって暇になったのかアミールが俺を見た。
「狼男の討伐の依頼が来たんだ。ここで被害者に情報をもらえるはずだったんだが……」
「被害者?」
「ああ、狼男にひと噛みされて逃げた男が……」
いや、ひと噛みされて逃げた男を狼男が放っておくわけがない。
狼男と言っても理性があるだろう。理性はあるが、満月の夜は破壊衝動が抑えられずに暴れてしまう。箍が外れてしまうのだ。しかし、中には自分の醜態を覚えている狼男もいる。そういう者が自分のことを覚えているかもしれない被害者を逃がしたままにしておくだろうか。ハンターを呼ばれるかもしれないのに。
「アミール。帰るぞ」
マスターに金を払うとアミールはカウンター席から跳び下りた。
被害者は俺に会いに来るために店に向かっていたはずだ。そんな被害者を狼男が発見したら……俺だったら、目撃者は殺している。
アミールが俺の後をついてくるのを確認して、俺は近くの路地を確認しながら歩いた。
すぐに血の匂いがした。
バーから何軒か建物を挟んだ先にあった人二人が並んで通るのが限界の路地に血の匂いの主はいた。
爪と牙で喉を切り裂かれた男が地面に倒れている。
静かに腰から拳銃を引き抜くと、それに覆いかぶさっていた狼男が振り返る。ぎらついた目がこちらを睨みつけ、剥き出しになった歯から垂れた血が地面に落ちるのと同時に引き金を引く。
弾丸は肩を掠めただけで、瞬きの間に眼前に狼の牙が迫っていた。
「しま……っ」
きっと隠居生活だなんだと田舎に引っ込んでしばらく拳銃を握っていなかったからだろう。死んだ親父にも毎日撃つ練習はしろとどやされていたのを思い出す。ああ、これが走馬灯か、なんて思っているうちに痛みが来ると思っていたが、全く来ない。
死ぬ直前はこんなに長く感じるのかと、怖いもの見たさで目を開けると狼男が土下座していた。
俺に対してではない。
俺の前に立っているアミールに対して、頭を地面にこすりつけている。
「吸血鬼様がいるとは知らず……!」
「いや、人間を狩るのはいいけど、ギュンターはダメだよ。私の保護者だからね」
「分かりました! 手は出しません!」
全身からどっと疲れが出る。
「ギュンター、この狼男どうする?」
「……依頼されたからな。討伐しないと」
「えー、そうなの? じゃあ、そういうことで」
アミールは俺に確認も取らずに狼男の首に噛みついた。
しばらくして、狼男がその場に倒れて動かなくなったのを見て、俺は頭を抱える。これじゃあ、どう考えてもハンターに討伐されたのではなく、吸血鬼に殺されたようにしか見えない。本当にそうなのだが。
「それにしてもギュンター、死にそうだったね。私がついてこなかったら、どうなってたか分からないよ?」
「そもそも、お前がついてきたせいで道具がなかったんだよ」
「ギュンター、弱いから武器を持つより私を連れてた方がいいよ」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
俺は呆れながら、アミールを小脇に抱えてモーテルに帰った。
保護者ハンターとトランクの中の少女 砂藪 @sunayabu
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