第3話「witch」

 多々良優は痛い思考を持ち合わせてはいるものの、周囲にひけらかしてはいない。そう言った面は極力隠していた。

 学ランのボタンは一番上まで留め、装飾は一切なし。髪型は長めであるが、視界は遮らず、肩にもかからない。授業態度は静かなもので、反抗心はいつも胸の内に押し込めているため、教員から咎められる事も少ない。

 中肉中背。可もなく不可もなくだ。

 けれど間違いなく、他者を見下していた。

 全てを撃ち殺す力、という妄想はまさに最大の根拠だろう。

 それでも直接的な行動に出ないのは、一度失敗しているからだ。

 そして自分が間違っている事も、ちゃんと知っている。


 高校から優の家までは約一㎞と少し。十数分の道のりを毎朝毎夕歩いている。

 進学理由はもちろん地元だから。本音を言えば離れた地へ行きたかったが、そこまでの意思を彼は持てなかった。

 高校から帰宅する道に小さな公園がある。休日は家族連れがいる事もあるが、平日はほとんど無人。いつもその寂れた光景を横目に通り過ぎている。

 けれど今日は、その公園の前で足を止めてしまっていた。


 来栖湊、いや魔女がそこにいたのだ。


 全身を覆う真っ黒なローブ。更には頭までもすっぽりとフードを被せていて、まだ日の高い時間にはやけに浮いている。


「やはり、魔女だったのか……!」


 推測が現実として現れ、驚愕の裏側で喜びが膨らむ。けれどすぐに警戒心が重なって、彼女を注視し、そこで気がついた。

 左手に握られる杖は、女児アニメのものと思われる、ゴテゴテしたピンク主体のオモチャだった。

 それを知ると突然に、纏うローブもどこかで買いそろえた安いコスプレ衣装に見えてしまう。いや実際そうなのだろう。


 ならば本物ではない。


 途端に熱が冷めていった。

 それでは彼女は一体、何をしているのだろうか。出身中学から考えるに、こちら方面は生活圏内ではなさそうだし、わざわざ足を運ぶような観光地や商業施設もない。

 少し距離を置いて観察をしようとした時、来栖湊はこちらに気が付いた。


 そしてふっと笑い、おもむろに杖をこちらへ差し向ける。


「!?」


 瞬間、優の脳内に走る直感。

 あの衣装は偽物でも、彼女は本物。

 その可能性が電撃的に思考を埋めて、危機感が強烈に高まる。

 そもそも力の源が服装にあるわけない。制服姿の時から彼女は魔女だったじゃないか。

 向けられる杖。それはオモチャでも、そもそも力を持っているのなら、ただ指向性を持たせる触媒として使っているだけかもしれない。

 なによりそれは、自分へと向けられている。力の所在がどうにせよ、優の身へと何かを行おうとしているのだ。


 炎に焼かれるか、蛙に変えられるか。はたまた、撃ち殺すのか。


 危機に優はとっさに動いた。自身にも特別な力があるから、こういう時のシミュレーションは常にしていたのだ。

 射線から逸れて、ジグザグに走る。動線を読まれないように肉薄し、


「やめろっ!」


 ——パシッ!


 魔女の左側面から、握られる杖の先端を叩き落とした。

 するとあっさり魔女の手から杖は放られて、地面に転がったところでペキと部品が折れる。それ以上は何も起きない。

 とりあえずの安堵と、それ以上の焦燥を抱えながら睨みつける。


「お前、何する気だった……?」


 意識し始めて一週間。最初のすれ違い以外では初めて、言葉を交わすまで接近した。

 眉を吊り上げる優に、来栖湊は変わらない魔性な笑みを浮かべる。


「やっと来てくれた」


 彼女は杖を持っていた左手をすっと下げフードを取ると、体ごと優へと向ける。

 そうして、慎重に問いかけた。


「きみは、他の人とは違うものが見えるんだよね?」


 一瞬、何の話か分からなかったものの、すぐに自分の力の事だろうか、と思い当たる。確かにあれは優の脳内で惨劇を見せてくれはする。けれどあれが単なる妄想なのは充分に自覚していた。

 あくまでも遊びを模した癖。その域は出ていないはずだった。

 それでも、尋常でない雰囲気を醸す魔女は、自分に問いかける。

 ならば、妄想ではないとでも言うのだろうか。

 自分も、特別であるのだろうか。


 ……そうならば。

 そうならば、どれほど……


 答えは出なかった。だからこそ、優は少しでも優位に立とうと、言葉を選ぶ。


「だとしたらなんだ?」


 正解は告げない。けれど半ば認めるように。

 それは、己がそうであって欲しいと願っていたから。

 すると来栖湊はグイっと詰め寄り、今までとはまるで違う、無邪気な花を咲かせた。


「私にも見せて欲しいなっ」

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