恋愛来る 願望成就せず

廿楽 亜久

sideA

 ずっと昔、それこそ覚えてないくらい昔の事。

 初詣くらいしか人がいない神社で、母に手を引かれて歩いていると、初めて見かけたその人は、私に気がつくと、笑顔で手を振った。

 それが始まりだったのかもしれない。でも、その頃の私は“それ”だと気がつくことはなく、なんとなしにその手を振り返した。


「おみくじ、どうだった?」


 その人が声をかけてきても、私はおみくじのよくわからない文字に眉をひそめるだけ。おみくじだと楽し気に勧められて、引いてたのはいいが、駄菓子の当たりや外れとは違い、難しい字や言葉ばかりで理解などできなかった。


「あ、もしかして読めないの? どれどれ……末吉……うーん。悪くはない、あ、恋愛、来るって。女の子はやっぱり恋愛は重要だもんね! うん! いいよ!」


 その人は笑って、おみくじを覗き込むと、他にもいろいろ読んで教えてくれて、紐におみくじを結ぶところまで付き合ってくれた。


 それから、毎年、元日になると家族と一緒に初詣に行くと、必ずその人がいた。手を振れば、驚いたように笑顔で振り返し、おみくじを引くと必ず隣に現れては、読めない漢字を呼んでくれる。


 小学校に入ると、少しは読める文字も増えてきたけど、やっぱり難しい文字が多くて読めない。たぶん、その時は、その人のことを、おみくじを読んでくれる人くらいにしか思ってなかったと思う。


「……なにこれ」

「どれどれ? うわっ……凶だ……」

「キョウ……これが噂の……!」


 クラスメイトの誰かが大吉よりも少なくて、レアなおみくじだと言っていた。


「いやいや! レアかもしれないけど、いいものじゃないからね! そうだなぁ……ゲームとかの呪いのアイテムみたいなのだよ?」

「じゃあ、すごく強い」

「あぁ……現代の言葉って難しいなぁ」


 凶に喜ぶ私に、頭を抱えたその人が、人ではないと気がついたのは、サンタクロースの正体が親だとわかるくらい、大したきっかけなどはなく、ごく自然に、いつの間にか気がついていた。

 そして、サンタと同じように、どちらがはっきりというわけでもなく、互いにそれを理解して、何も言わないまま、初詣だけに会うという関係は続いていた。


 だが、気が付けば、私の心には別の感情が湧き上がってきていた。


「あつ……」


 真夏の道を歩いていると、ようやく見えてきた神社。境内を覗いてみれば、大きな銀杏の木の下で涼んでいるあの人がいた。


「え? アレ……!?」


 手を振れば、驚いて、手を振り返してくる。


「まだ夏だよ?」

「なんとなく」


 あなたに会いたくて。


「いくら日陰とはいっても、こんな真夏じゃ倒れちゃうよ」

「水持ってきてます」

「そういう問題じゃないけど、まぁいっか。でも、今度はお昼じゃなくて、少し陽が傾いてからおいで」


 そういって笑って、彼は隣に座る。静かな境内で、好きな人と一緒に過ごす時間は、夏の暑さすら感じさせなくさせて、私は毎日のように通った。


 好きだった。


 きっと、これが友達がよく言っている、恋なんだろう。ただ、私は相手が人間じゃないだけ。

 好きで、好きで、この人の考えるだけで、楽しくも、悲しくもなれて、隣にいて話すだけで、自然と笑顔になれる。


「いつもひとりなの?」

「いつもじゃないよ。元旦は人がいっぱいいるし、夏祭りの日は正月と同じくらい人がいるよ」


 もしかしたら、これを人は“ 狂 信 者 ”って呼ぶのかもしれない。


「寂しくないの?」

「今はね」


 その笑顔で、全部どうでもよくなる。


 高校受験が近くなり、学校も家庭も塾もどこにいっても空気がピリピリしていて、苦しかった。

 重い空気を入れ替えるように、深呼吸をしていると、その人は心配そうに、でも楽しそうに笑っていた。


「現代の子は大変だね。受験、だっけ?」

「うん。学校なんて、そんなに変わる気はしないのに」

「でも、戦争って言われるくらい大変なんでしょ?」

「それはきっと一部……」


 この人も、勉強しろとかいうのかな?

 そう思って、そっと覗き見てみれば、いつもと変わらず隣に座って、他愛の無い話を始めた。


「最近は過ごしやすくなってきたよね」

「うん。私はこれくらいの気温がいいな」

「そうだね」

「……勉強しろとか、言わなんですか?」

「言わないよ。息抜きだって重要だって聞いたよ」

「へぇ……」

「道真公の言ったことだから間違ってないよ」


 道真……道真?


「それって菅原道真!?」

「そうだよ。それから、じゃじゃーん!」


 そういって渡されたのは、有名な鉛筆と学業成就のお守り。


「頼んでもらってきたんだ。本人からもらってきた御利益満点だよ!」


 時々、こういうところで、この人が神様だって思い出してしまう。

 絶対に私じゃ近づけなくて、どれだけ努力しても、手の届かない存在だって思い知らされる。

 色々な場所で調べた。自分じゃ意味ない。だけど、生きてる限り、そばにいけない。ずっと、一緒にいられない。


「こういうことしかできないけど、君が幸せになること、僕も望んでるんだ」

「ありがとう、ございます……」


 そんな優しい言葉すら、私を喜ばせて、傷つける。


「そうだ! 好きな人ができたら、大国主様に縁結びのお守りをもらってきてあげる」


 好きなんです。貴方が。絶対に、一緒にいられない貴方が。

 生きてる限り、この縁は結ばれない。絶対。

 だから、事故でも、なんでもいい。


「だから、泣かないで」


 どうか、早く私を※して――

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