第20話 英雄

 君は、昔から皆にとっての中心的な存在だったね。


 いつでも明るくて、馬鹿馬鹿しいのに面白くて、とにかくやたらと行動力があって、かなり子供っぽいところもあるけど、とっても正義感の強い人間だ。

 正直、ずっと君の生き方や考え方には憧れていたんだよ。


 本当に、昔からそうだ。

 幼稚園の時。

 一人ぼっちの子がいれば、強引に仲間へ誘って友達を増やしてたね。その子の事情なんてお構い無しだったから、割とよくトラブルにもなった。でもいつも最後には皆笑っていたよね。

 小学校の時。

 なにか困ってる人がいれば、自分が損してでも首を突っ込んで解決してたね。見返りを求めないで、「俺がやりたいからやっただけだよ」なんて言っちゃってさ。

 中学生の時。

 くだらない遊びを思い付いては、周りの皆を笑わせていたね。先生にいくら怒られても止めないで、全力で遊んでいた。それだけ君は他人を楽しくさせるのが好きだったんだよね。

 高校生の時。

 喧嘩やいじめがあれば、間に飛び込んで止めさせていたね。それで自分が傷ついても、目標が移っても、「助かったのか。なら良かった」とか素で言っちゃうもんだから困ったもんだよ。

 毎日がうるさくて、騒々しくて、退屈な日なんて無かった。


 君はただの人気者じゃなくて、まるで物語の主人公みたいだ。

 いや、皆にとってはみたいじゃなくて本気でそうだった。君は「だろ? やっぱり俺って凄いんだなー」って調子に乗るから滅多に言わなかったんだけどね。

 そうそう。そんなお調子者ぶってる裏では一生懸命努力してたのも知ってる。バレバレだったよ、君は隠してたつもりだったみたいだけど。


 君のそんな主人公っぷりは、あの異変の後は特に拍車がかかってたね。


 あれが初めて起きた時、誰もが訳も分からずパニックになってた。皆武器を持っていて戦う手段はあっても、戦う心構えの方はなかったんだ。

 動いて人を襲うガイコツなんてあり得ないものを前に、平静を保っていられなかったんだ。


 そんな中、真っ先に飛び出したのが、君だ。


 勇気があるのか、無謀なのか、隠すのが上手いのか。恐怖の感じられない勇ましい顔つきだったのは今でも覚えてる。

 とにかく前を見て、動いていた。魔物にも、いつも通り果敢に立ち向かっていた。

 懸命に剣を振るうその姿に、勇気を貰えたんだ。

 だから、恐怖を振り払えた。


 君がいたから、皆も戦えて、こうして生きていられる。

 皆を未来へと導き、体を張って守ってくれた君はヒーローみたいだった。


 そのヒーロー精神は偶然一緒になった見ず知らずの人にも向けていたね。一度戦いになれば、さも当たり前のようにその身を挺して盾になっていた。

 傷だらけになっても、他の人が無事なら笑ってた。全く、見てる方は心配が尽きなかったよ。


 しかも、そんな自己犠牲は戦いの時だけの話じゃない。

 大事故の現場に居合わせたんだってね。魔物のせいで運転手が亡くなって暴走した車が引き起こしたものだったとか。

 自分も巻き込まれて酷い怪我をしてたのに、それを無視して救助活動してたらしいじゃないか。

 閉じ込められてた人を引っ張り出して。人を下敷きにしてる物をどかして。応急処置なんかもして。弱ってる気持ちを励まして。

 そうして君は、何十人もの命を救った。

 正に英雄の偉業。物語の主人公にも負けない本物のヒーローだ。だから――






 …………。


 ……だから。


 そう。だから君のお葬式には、こんなにもたくさんの人が来ている。




 例の事故で多くの人を助けて、救って、生かして、それで……無理をし過ぎた。本当に自己犠牲を貫いてしまったんだね。

 その話を聞いた時、「嘘だ、何かの間違いだ」って思ったよ。でも、同時に「君らしいな」とも思ったんだ。いつかそんな日が来るんじゃないか、って思ってたからかな。

 思う度に怖くなったそんな予想、大外れしてもよかったのに。

 お別れなんてお爺ちゃんになってからでよかったのに。


 幼稚園時代から増え続けた友達は、皆が皆同じ気持ちだ。友達に引き込んだ当の本人が真っ先にいなくなるなよ。そんなの君らしくないだろうに。


 参列してるのは昔からの友達だけじゃない。何時か何処かで君に助けられた知らない人達も一杯。他には君の事を聞きつけたマスコミもいるみたいだ。

 皆、君を目的に集まっているんだよ。


 ここ数日、テレビや新聞でもしきりに君の事を英雄だって報道してる。

 そりゃあそうだ。なんたって、君の人生はまるっきり良くできた作り話みたいなんだもの。世間が放っておくはずがないんだ。

 気づくのが遅すぎるって話だよね。

 しつこい取材には辟易するけど、君なら「人気者ってのも悪くないな」だとかとぼけて言ったんだろうね。そこからお茶の間にアクシデントで笑いをお届けするところまで想像出来るよ。

 実際に見れないのが残念だ。いつまで経っても通じる鉄板ネタの笑い話に出来ただろうに。


 ああ、そうだ。

 君の活躍が有名になった事でね、思わぬところに影響を与えたんだ。

 「悲劇は繰り返してはならない」。

 よく聞くありふれた言葉だけど、君のおかげで現実的な力を持ったみたいなんだよ。


 あの異変の日以降、多くの人は各種の乗り物を避けている。残っていた人も、例の事故をきっかけに離れた。

 でも、それじゃ物流やら人の移動がストップしてしまうし、いろんな会社も仕事がなくなってしまう。危険だけど、世の中に欠かせない必要な事なんだ。

 そこで、その対策に多くの大人が動いていた。

 まずは応急処置的に、運転手の異常で自動的にブレーキがかかるようにしたり、公共交通機関では運転手を増やして護衛を配備したりしたんだ。

 それから根本的な処置だ。

 世界中の技術者が協力して、複数の国が援助費用を出して、企業の利益は度外視して、関連技術を急ピッチで進歩させるみたいだよ。

 そうなれば運転手のいらなくなる未来は遠くないらしいんだ。君も憧れていた近未来的な世界さ。


 いずれは自然にそうなってたんだろう。

 だけど、君の存在がその動きを早めた、ってテレビで偉い人が言ってたよ。世間の関心を集めた話題だから、政府や企業も迅速に対応したんだって。

 勿論、リップサービスや過剰評価かもしれない。でも、それだけのインパクトを人々の心に残したのは事実なんだね。


 世界を変えた君は、やっぱり英雄だ。

 ずっと先まで語り継がれるヒーローだ。


 ……でもね。

 君には英雄やらヒーローやらよりも、もっと相応しい呼び名があると思うんだ。

 拍手や称賛よりも、もっと相応しい言葉があると思うんだ。

 なのに、マスコミは偉業だって褒め称える事はあっても、相応しいそれを言わないんだよ。全然分かってないんだ。

 やっぱり、あくまで縁もゆかりもない他人だからかな。


 だから、最後に。

 その君に相応しい呼び名と言葉で、お別れを言おうと思う。つべこべ言わずに、大人しく受け取ってくれ。




 なんで、皆を泣かせてるんだよ……この、大馬鹿野郎。

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