第14話 傍観者
「ヘヘッ。ちゃんと持って来たかぁ? とっとと出せや」
表通りからは見えない、狭くて暗い路地裏。そこに集まるガラの悪い男達の一人が言った。それは断る事の出来ない命令。だからそいつらに囲まれている「僕」は抵抗もせず、大人しくお金を差し出す。
なのに代わりに受け取ったのは理不尽な暴力。腹を殴られて痛みに苦しむ「僕」を笑いながら、男達は去っていった。
僕はそんな一連の流れを、自分の後ろから無感情に見ていた。
今も背中を丸めて苦しんでいる姿を客観的に見ている。淡々と、他人事のように。僕自身とは無関係な映像作品のように。
自分が殴られたはずなのに、「ああ痛そうだな」とぼんやり思うくらいだ。
そもそも、自分の背中なんて見える訳ないのに。
僕はさっきみたいなストレスのかかる状況になると、こんな風に不思議な感覚を体験する。人には理解してもらえないだろうが、これは事実だ。そもそも言う相手なんていないけど。
これは多分、あんな経験を何度も続けている内に編み出された現実逃避の一種だろうと思う。
それが正しい理屈かは分からないし、こんな逃げが正しいとも思わない。
だけど、痛くも辛くもなくて楽。だから僕はこれでも別に構わないと思っていた。
「ただいま」
共働きの為に無人の自宅へ、小さな呟きが静かに響いた。この物寂しさが僕にとっては心地いい。
例の件は、面倒な事にしたくないので親には言っていない。転んだとか高い参考書を買ったとか言って適当に誤魔化している。
帰ってからは、勉強して夕食を食べてお風呂に入って、それから夜遅くまでゲームをするのが日課だ。そのまま寝てしまう事も結構ある。
別に嫌な現実から逃げる為とか、ストレス解消とか、そんなつもりはない。ゲームにそういうのは持ち込みたくなかった。
だから僕は、今日もいつも通りにそれを楽しんでいた。
ただ、この日だけはいつもと違っていた。
まるで何かのゲームのオープニングのようでありながら、それでいて生々しい現実感のある、おかしな「夢」を見たのだ。
曇り空より夜空より、尚暗い空。汚い色にまみれた大地。表面の腐ったような木が作る薄気味悪い木立。
僕はいつの間にか剣と盾を持っていて、鎧を着込んでいる。
少し離れたところでは、小型の恐竜みたいな生き物が唸っていた。まるで獲物が現れて喜んでいるように。
気づいたら、僕の目の前には非現実的な光景が広がっていた。
「え? ……え?」
訳の分からない、認めたくない状況に僕はパニックに陥った。
どう考えても夢か幻覚のような光景なのに、五感はこれが現実だと主張している。そして、恐らくそれは正しいのだと、本能かなにかがしきりに訴えていたのだ。
一応、心当たりはある。ゲームのやり過ぎで変な夢を見たと思っていたけど、あれは現実だったのか。
嫌だ。
そんなの嫌だ。命懸けの戦いなんて嫌だ。あんな怖そうなのと戦うなんて嫌だ。
勝てる訳がない。死にたくない。
頭も心も恐怖で埋め尽くされた。全身が震えてくるし、心臓も爆発しそうに暴れている。
このままでは何もしない内に気絶してしまいそうだった。それどころかショック死してしまいそうだった。
だけど――
少しずつ、ゆっくりと、精神状態が落ち着いてきた。
というより、現実感がなくなってきた。更には感情が薄くなったようにも感じる。
いつの間にか自分自身の背中が見えていた。震えている鎧姿が見えた。
映像を客観的に見ているような、無関係な他人を見ているような、表現し難い視界になっていた。
五感も意識も分離した、いつもの感覚だ。
この状態を意識すると、いつの間にか視界にいる「僕」の震えは止まっていた。直立不動の姿勢を維持している。
視界の中では奥にいる恐竜みたいな生き物だけが動いていた。
――あれ?
と、ここで僕は妙な違和感を覚えた。
これに似た景色を見た事があると思ったのだ。
小型の恐竜みたいな生き物も見た事がある。鎧を装備した後ろ姿も見た事がある。
それは現実で、じゃない。ある意味では現実よりも馴染みのある世界。
――なんだ、ゲームじゃないか。
どうしてこんなのが現実だと思ったのだろう。確かに異様にリアルだけれども、そんなのあり得る訳がない。
徹夜している間に寝落ちでもして、そのせいで混乱していたのだろうか。
というかこんなゲーム、いつ買ったんだろう。自分で買ったなら忘れようもないはずなのに。
いくつもの疑問が生まれていく。
でもまあ、別にいいか。
疑問はさておき、僕はプレイを始める。
プレイヤーキャラもモンスターも背景も凄いリアル。こんなのやらなきゃ勿体ない。疑問は脇に置いておこう。
色々と思い出せないけれど、操作方法はなんとなく解る。
プレイヤーキャラは基本的な装備をしている。戦い方も基本に忠実でいいはずだ。
とりあえず攻撃範囲内まで近付き、恐竜型のモンスターに先制の基本攻撃。剣を真っ直ぐ振り下ろした。
すると相手は少し仰け反ったので、かかさずコンボを叩き込む。一回二回と斬り、三回目で強攻撃。それでモンスターは軽くノックバックした。
隙の大きい技の直後なので、ここで無理に追撃はしない。硬直が解けたところで反撃を警戒し、一旦距離を取る。
すると危惧した通り、小型恐竜は遠間から突進をしてきた。それを構えていた盾でしっかりと受ける。
今度はこちらがノックバックしたけれど、ダメージは無いようだった。
だから速やかに反撃へ移り、攻略を進める。
観察を続けていると、相手のデータが分かってきた。
あのモンスターの攻撃は、真っ直ぐ突撃かその場で噛みつくかの二択。そしてこちらの反撃を受けると一旦逃げる。
単調な行動パターンしかない。タイミングはもう把握できた。
だから、あとはもう簡単だ。
噛みつき攻撃を横ステップで回避し、攻撃。体当たりを横ステップで回避し、攻撃。
タイミングに合わせて単純な動作を繰り返す。何度も何度も繰り返していく。
簡単だけど、なかなかにしぶとい。ヒットポイントゲージが見えない仕様らしいので、終わりが見えない。
とはいえそのまま続けていると、ちゃんと相手は力尽きた。
結局ノーダメージで撃破。勝ったところで特に達成感もない、ただのザコキャラだった。グラフィックはリアルだけど、所詮はゲームだから見慣れれば怖くもなかった。
まあ、とはいっても最初ならこの程度の難易度だろう。結構面白そうな、期待が出来るゲームだと思った。
朝起きたら僕はベッドにいた。
あの新しいゲームをした後に寝た覚えは無いのに。まあ、どうせまた寝ぼけたままベッドに入ったんだろう。いつもの事だ。
ただ、そのせいで失敗をした。
学校へ行く前に少しやろうと思ったのに、あのゲームのソフトが見つからなかったのだ。
一体、どこにいったんだろう?
街中の路地、その奥まった場所。薄暗い空間に、僕を含めた集団がいた。
「ハハッ。分かってるよなぁ?」
またしても「僕」は不良に囲まれており、それを僕は例によって他人事のように見ている。
「僕」が大変な状況だけれど、僕自身は相変わらず楽だから割とどうでもいい。
「オラ。とっとと出せよ」
男に凄まれ、視界の中の「僕」が財布を取り出した。そこから抜いたお金を相手に差し出そうとする。
そこで、突然視界が切り替わった。
「ったく。まーたこれかよ」
「仕方ねー。とっとと片付けんぞ」
「おう。終わったらアイツの金でストレス解消だな」
粗野な格好の「盗賊」らしき集団がなにやら下卑た笑顔で会話をしている。こちらに背中を向け、奥にいる空飛ぶ魚型のモンスターを見ながらだ。
他に見えるのは、立派な装備に身を包んだ「主人公」の背中。それと、モンスターが似合う不気味な景色。
また、このゲーム画面だ。
外にいたはずなのに、いつの間に帰って始めていたんだろう。
二度も寝落ちしてしまったのだろうか。それとも、殴られたせいで記憶が飛んだのか。というか、ソフトはなくしたんじゃなかったか。
またしても脳内は疑問だらけになる。
だけどまあ、やっぱりそんな事は別にいい。
それよりも、ゲームを楽しもう。序盤は早くクリアして先に進みたい。
どこまでプレイしてたかは覚えてないけれど、やる事はわざわざ確認しなくても解る。
――今再開したこれは、盗賊討伐のクエストだ。
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