sorrow

sorrow

作者 醍醐 潤

https://kakuyomu.jp/works/16816927860702234934


 君を手放した僕が、君を思い出しながら帰宅する話。


 数字は漢数字で云々は気にしない。

 何気ない日常が上手く書かれている。


 主人公は大学生、一人称僕で書かれた文体。自分語りで実況中継しながら、風景描写と心情が綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 君と別れたことを忘れて、いつものように電車に乗っての帰る主人公の僕。最寄り駅を下り、足早に駅前の広場に向かい、いつものように君をさがして思い出す。

 君はもういないのだった。

 駅前を行き交う人とすれ違いながら、君をさがしている自分に気づいては、道沿いの店をみつけては、君と一緒に行ったときのことを思い出す。

 友人と旅行から帰った後、君が髪をショートに切ったときがあり、似合ってるしとても可愛いと告げたら、飛び跳ねて嬉しそうに喜んでいた姿を思い出す。

 手放した今、すべてが思い出となってしまった。

 山を切り開いて作られた土地にあるアパートにむかって坂を登りきり、振り返る。主人公が乗ってきた逆方向から最寄り駅に電車が入り、川を渡っていく。川向うに広がる街のずっと向こうのどこかにいる君を思い、どうしているのかと思いを馳せる。

 情けなさを恨むのは自分だけでいいと言い聞かせ、悲しむ姿を考えたくない主人公は、暗くなった空に星を一つ見るのだった。


 前半は受け見がちな主人公だが、君を探す自分に気づき、思い出していくことで、後半は回想に転じてドラマを動かしている。


 君とは異性かもしれないし、同性かもしれない。


 君と別れて随分たつ主人公が、思い出して帰宅するだけの話だけれども、上手く書けている。

 書き出しの「最近、寒くなってきた」が良い。

 物語の季節を示しながら、作品全体を暗示させている。

 暑い日が続いたので秋が来ないかもと心配していたが、駅前広場の大イチョウが色づいているのをみて「杞憂であったらしい」と季節のめぐりをたしかめている。

 なので、「ちゃんと季節は巡っているようだ」は蛇足のように思える。でも、後半の展開を考えると、季節や時間は規則正しくめぐっていくのに、主人公の自分はいまも、手放した君との思い出をいつまでたっても忘れられず、とどまり続けようとしている姿と対比あせるために、「ちゃんと季節は巡っているようだ」と念を押して強調しているのかもしれない。


 電車の乗車や下車、改札をくぐり駅前の様子が描写されていて、現実味がある。

 でも、車窓から見える風景の視覚、アナウンスやメロディが聞こえてくる聴覚、周りの人とぶつからないよう、靴をふまないよう気をつける触角。匂いはなかったのかしらん。

 周りの人がいるのだから、もっと音にあふれていそうなのだけれども、視覚描写が多いので「大勢の人が電車を降りていた」けれども、迎えに来ていると思いこんでいる君に会うために「一分一秒でも早く、駅前の広場に出たい。歩いている人を何人も追い抜いていった」ことから、音は気にならなかったのだろう。

「そうだ……もう、いないんだった……」

 と、現実を思い出して落ち込んでからは、外界からの情報は視覚だけに絞られて、内面へと入っていくのだろう。

 このときにさりげなく、「電柱につけられた街灯が灯りはじめていて、空は藍色がかっている」と、時間経過の描写がされている。

 視覚描写はあっても、ここ以外に時間の情報がない。この一文のおかげで、ラストの「黒くなった空に一つの明るい星が見えた」が生きてくる。

 電車が川を渡るのがわかるのは、おそらく窓から漏れ出る明かりやテールライトが見えていたから。でも、そういう具体的な描写はない。具体的に書きすぎると街灯の明るさが増えてしまい、ラストがしょぼくなってしまうから、さらりと書いてあるのだろう。


 作品には見せ場、ドラマ、テーマ性が必要。

 本作の見せ場は、電車を利用している日常風景を詳しく描いたところにあると思われる。ドラマは、別れてしまった君についての葛藤を抱いている主人公。テーマ性とは、作者自身の個性や性格、実体験がにじみ出てくるもの。なので、いつも見ている電車や駅、坂の上から駅のある街並みや風景を描きたかったのか、あるいは主人公の相手の幸せを願う優しさをもっているところかしらん。


 途中、「僕とすれ違うハイヒールを履いた女の人」がいる。

 最近はハイヒールを履く女性はほとんどいない。ヒールが会っても五センチくらい。今は流行っていないし、疲れるし外反母趾になるし、高いヒールを履かないファッションが多いので、珍しい。

 

 主人公はなぜ、君と別れたのか。

「僕が弱かったから──」

 といっている。

 頼りなかったのかもしれない。

「そのせいで、“君”はいなくなってしまったのだろう。玄関のドアを閉めて、ここを去って行ったのだろう」

 だろう、と言っているということは、主人公にも別れた理由がわからないのだ。とにかく、振られてしまったのだ。

 しかも別れたのは「もう結構経つのに」とあるので別れて数カ月経つのだろう。髪をショートに切った話もあることから、夏が終わって別れたのかもしれない。

 

「“君”を大切にすると誓ったのに、“君”を傷付けてしまった僕は、愚か者だ」「いや、それは僕だけでいい──“君”が悲しんだり、つらい想いをしながら生活しているのを考えたくなかった」と、いつまでも別れた相手のことを思い続けては引きずっている感じから、主人公は男だとおもう。


 本作の君が異性として、主人公は女に捨てられたのだ。

 女に捨てられる男は自分本位の考えをする人で、女性の立場で考えられなかったと推測する。パートナーの立場で物事を考えられる夫婦ほど喧嘩をしても破滅的になりにくい傾向がある。また、相手の立場に立てる人ほど、人の話を聞き出すのが上手いこともわかっている。

「たくさんの約束をした。たくさんの予定もたてた」とあるけれど、つきあっているときに、「この子はいま、何を考えているのだろう」と相手の立場になって考え、自分が発言するときも、その発言で相手がどういう反応をするのか相手になったつもりで考える。そういうことができなかったから、破局になったのだと思う。

 別れてから、「君は笑って、泣いて、過ごしているのかな」と思い巡らしても遅い。付き合っているとき、相手と過ごしているときはつねに相手の立場で考えないといけなかったのだ。

 良い教訓を得たと思いましょう。


「僕と同じように、まだ後悔していて、自分自身の情けなさを恨んでいるのだろうか」

 後悔をしてもいいけれども、どこが自分に足らなかったのか分析し、どう改善をしていくのかまで考えなければ振り返る意味がない。同じ過ちをくり返してしまうだろう。


「いや、それは僕だけでいい──“君”が悲しんだり、つらい想いをしながら生活しているのを考えたくなかった」

 相手の幸せを願っている。

 主人公は最後にいい行いをしようとして、読者に共感を持たせている。ラストに星が一つみえているので、これからの主人公の人生に希望がありそう。


 

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