第22話 真理は小さな胸の中
帝都ブリスタリア。
帝国の中心に位置する巨大都市。
緩やかな丘の上で、遠くからその姿を認めたリタはどこか呆然としていた。
「帝都……本当に辿り着くなんて……」
「おいおい、来れると思ってなかったのか?」
「……思ってなかったです。だって私は学校を
「……リタ」
「ぜんぶ、お前のおかげです、エイトール。なんてお礼を言ったらいいか……」
「そんなのいいって。俺たち、友達だろ?」
リタは目頭が熱くなった。
ただそれだけの理由で命をかけてくれた。
何の見返りもなく本当にここまで守ってくれた。
正確には宝石をもらって欲しいという要求はあったが、そんなものエイトールには何の利益もない。
「……心苦しいです。お前はこんなにも頑張ってくれたのに、私にはすぐに返せるものがありません。皇帝になったらすぐにお前には
「いらねぇって。俺、王族だぞ? 金になんか困ってないぜ?」
「……ですよね。でも……」
そうは言っても、リタは納得できない。
こんなに頑張ってくれたエイトールには何か恩返しをしたい。
しかし、金銭の類にエイトールは興味ない。
そもそも今のリタは何を持っている?
身分を隠して生きていたリタには特に価値のある持ち物はなく、あるものとすれば健康な身体くらいで……。
……身体?
(……っ)
ふと、思いつく。
しかし、そこで尊敬する母の言葉を思い出す。
『いいかい、リム。男はみんな狼なんだよ?』
リタは知っていた。
森の旅で、エイトールが夜中にこっそりと茂みの方へ消えていくのを。
彼だって健全な思春期少年だ。
そのことをとやかく言うつもりなどない。
「え、エイトール、こ、ここ、これは提案なのですが……」
「おう?」
「わ、私の身体であれば、す、好きにして構いませんよ?」
「いや、お前、胸ねぇし」
「……」
「はっ!?」
口にした後、エイトールはすぐに己の失言に気づく。
リタが胸囲の大きさについて気にしていることは知っていた。
これまでもそのことを
ましてや今回は直接的にその戦闘力の低さを指摘した。
張り手のひとつでも飛んできておかしくない。
恐る恐るエイトールは首を曲げ、リタの方を見ると――。
「……」
「リ、リタさん……?」
リタはなぜか悲しそうな顔で自分の胸に手を置いていた。
どうしたのかと、エイトールが心配の視線を向けていると――。
「自分の貧相な身体が憎いのです。もっと魅力的であれば、エイトールに恩返しできたというのに」
「なっ!? それは違うぞ、リタ! お前は可愛い! それはお前のその胸も含めての話だ! むしろ胸があったらそれはリタじゃねぇ!」
「でも、お前は私の身体に興味がないって……」
「つ、強がってたんだよ! 本当は触りたいに決まってんだろ!」
「なら触りますか?」
「おう、触る!」
そう言って向かい合ったふたり。
頬を赤くしながら胸を突き出すリタを前に、エイトールは固まった。
(…………え、マジで触っていいの?)
丘に流れる風が、ざわざわと草を揺らしている。
街道から外れているので人の気配はない。
ふたりっきりの世界で、エイトールは目の前の女の子を観察した。
頬を朱に染めたまま、ぷるぷると小刻むに震えている。
だがその赤い目は恐怖に怯えると言うより、どこか期待しているようにも見えた。
その
(……あれ? リタってこんなに可愛かったっけ?)
リタが美少女なのは知っていた。
けど、何と言うか、今はその可愛さがより際立っている。
でも、そのふたつの要素から離れた今のリタ――。
弱々しく、でも
「どうしたのですか、エイトール? 触らないのですか?」
「えっ、あ、えっ?」
「……やっぱり、私の身体に魅力がないから」
「そんなことはねぇ! さ、触るから!」
エイトールは咄嗟に腕を前へと差し出した。
どんな時だって堂々としていたエイトールが目を泳がせまくっている。
差し出した手だってぷるぷると震えていた。
その震えた手がゆっくりと進んでいき、やがてリタの胸へと辿り着き――。
ふにゅり。
柔らかい女の子の感触が、エイトールの
(うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?)
エイトールは真理を知った。
この世界の真実を知った。
大きさではないのだ!
大切なのは大きさなんかでは決してないのだ!
(こ、こ、これはヤベェ……!)
掌から伝わる感触。
その極上の感覚に、エイトールの脳には幸せの火花が散った。
この世界にはこんなに素晴らしいものがあるのかと、己の無知を呪ったほどだ。
エイトールは揉むことすらしていない。
リタの胸の上に手を置いているだけ。
それなのに、エイトールは幸せで溺れそうだった。
「……んぁ」
「――っ!?」
リタの口から漏れた甘い吐息。
その小さな
心臓がドグドグと
生きていてよかったと、エイトールは己の生存に感謝した。
だが――。
(こ、これはダメだ!)
エイトールは咄嗟に手を引いた。
そんな挙動を、リタが不思議そうな瞳で見つめてくる。
名残惜しいとでも言うかのように、その瞳を
「どうしたのですか、エイトール? やはり私の身体は――」
「バカ! 魅力がないわけないだろ! 幸せで死ぬかと思ったぜ!」
「そ、そうなのですか……、それならもっと触ってもいいですよ? お前が相手なら私は別に構わない――」
「ダメだ!」
エイトールは強い否定を叫んだ。
まるで自分に言い聞かせるように。
「このままだったら俺が溺れちまう! まだ俺たちは目的を達成したわけじゃないんだ! こんなことで油断するわけにはいかねぇ! 少なくともお前が皇帝になるまでは!」
「……」
リタは目を見開いた。
本当に強い人だと、エイトールに尊敬の念を抱いた。
こんな過酷な状況でありながら、目の前に小さな幸せに飛びつかない。
常に目的を見誤らない、確かな心がある。
リタにはその心が眩しかった。
「そうですね。変なことを言いました。ごめんなさい、エイトール」
「俺こそ悪かった! 早く帝都に行こうぜ!」
そう言って、エイトールは手を差し出す。
スッと自然にその手を取ったリタは、並んで帝都に向けて歩き出した。
でも、その途中――。
イタズラを思いついた子供のような顔でリタが言う。
「……溺れてしまうほど、私の胸はよかったのですか?」
「うっ、そうだよ! 文句あっか!?」
「ないですよ。むしろ嬉しいです。エイトールが喜んでくれて」
そう言って、リタはピタッとエイトールに身体を寄せた。
驚くエイトールの顔を見上げながら、リタは言う。
「……この旅が終わったら、もっとスゴいことをしましょうね?」
「――っ!?」
エイトールが目を見開く。
無理をしたのか、それを口にしたリタの顔も真っ赤だ。
耳まで真っ赤だ。
流石に
それからしばらく無言で、ふたりは歩く。
繋がった手からはお互いの温度が――。
やけに熱いその感触が、ふたりの心の
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