無口なあの子 魅惑の歌声・サイレンちゃん!

ひぐらし ちまよったか

サイレンちゃんはバナナが大好きホントだよ

 ――初夏のあざやかな森の中、楽しげな会話が、聞こえてくる。


「――イイ季節になりましたねぇ? お武家さま」


「うむ、まことにそうだのう、村長よ」


「アタシの村も山の中ですが、ここの森はあったかくって、気持ちいいですねぇ……」


「ウム! たまには森林浴で一杯やるのも……クイッ……なモノじゃのう」


「そうですね! ホント……こくっ……美味しいです!」


 この二人、全国武者修行の旅の途中、とある田舎の山村を訪れたと、その村のである。

 しばらく共に過ごすうちに、スッカリ意気投合して仲良くなった結果、村長は村の事を、弟にすべてマル投げ! して、武芸者の旅に付いてきてしまったのだ!!

 ――今日も森の中、日が程よく当たる開けた場所を見付けた二人は、さっそくゴザを広げて、楽しいうたげを始めていた。


「お武家様? えへへ……『森林浴』と掛けまして……」


「お、村長! 得意の謎掛けかい? 何か思いついたのかい?」


「はい! 『景気が悪い時の旅館の給料』と解きます!』


「ありゃりゃ! 『都民割』も再開されたことだし、景気が上向いてくれると好いがのう……して、そのココロは?」


「……フィトン(布団)を頂きます」


「うむ! 見事じゃ、村長! ほら、もう一杯!」


「はいっ! ありがとうございます!!」


『……けて……』


「おや……?」


「? どうしました? お武家さま」


「いや……いま、なにか聞こえたような……?」


「へ? そうですか……? アタシ何も聞こえませんでしたよ?」


「ふむ……? 気のせいかのう……?」


『……たす……て……』


「あっ! き、聞こえた! ってか今、に聞こえてきましたよ!? お武家さまっ!」


「でしょ!? でしょでしょ!? なにっ!? 怖いんですケドっ!!」


「なんでしょう? 可愛らしい女の子の声で……」


『……たすけて……』


「――!? い……イヤ~ッ!!」


「お、お、お……お武家さま、落ち着いて!」


「わしっ……ワシ、怖いのダメっ! 苦手なのっ!」


「と、と、と、とにかく……『たすけて』って言ってるみたいだし……こ、声のする方……行ってみます?」


「わ、ワシ、イヤっ! い、行くなら、そんちょう……村長が先頭ねっ!?」


「ええっ!? こういうのは、お、お武家さまのお仕事では……?」


「な、何を言うかっ! 村長! お、おぬし……わ、ワシと違って『後方心眼バック・モニター』……も、持っておるまい!? し、シンガリこそは、ぶ、武士の務めっ!!」


「お、お武家さまは……そ、そんなスキルをお持ちなので……? さ、さすがデス!」


「う……うむ、お、『付き』の……さ、最新式じゃ……」


『たすけて』


「うわっ! 声っ! おっきくなった!」


「きゃぁ! ヤメテェ~っ!!」


「あ、の声だけど……方向的に……こ、コッチ……?」


「い……行くの? ヤッパ……行っちゃうの……?」


 二人は、『頭の中』に聞こえてくる、助けを求めていると方向へ、森の中を、恐るおそると進んでいった。


「し、森林浴の『芳香』は……こ、コッチの『方向』……? なんちゃって……」


「う、うまいぞ……村長……」




「あっ!」


「むむ!」


 森の中をしばらく歩いた二人は、木の根元にしゃがみ込み、みきにもたれてグッタリしている少女を見付け、叫び声をあげた。


「――た、たいへんだぁ!」


「こ、これはいかん! ダイジョウブか!? これっ!」


 少女の元へ駆けよると、武芸者は肩を何度かゆらして、意識の有無を確かめる。


『た……たすけて……』


 少女はうっすらと目を開き、武芸者を力無く見上げたが、ことは無く、二人の頭に、聞こえてきた。


「こ、これはおぬしが、喋っているのか……どうした、少女よ? どこかケガでも、いたしたか?」


『お、おなか……』


「むっ? 腹をケガしたのか!?」


「ええっ! い、痛いの!? 痛いの!? お嬢ちゃん!!」


『お……おなか、すいたの……』


「お……おなか、空いた?」


『……うごけないの……』



 少女は、空腹のあまり、行き倒れていたのだという。


「ふむ……村長! 何か食べる物、持っているかい?」


「あ! アタシ『バナナ』持ってきてます! 後で、お酒のにしようと思って……」


「え!? 村長はバナナをにするのかいっ!?」


「美味しいんですよォ? これが!」


『ば……バナナっ!』


「はいっ! お嬢ちゃん、どうぞ!」


 村長が、むいてあげたバナナを口元へ運ぶと、少女は初めて口を開き、パクリとそれをかじった。


『……もぐもぐ……お……美味しい!』


「まだまだ、たくさん有るからね? いっぱい食べてイイよ」


「コレコレ……そんなに急いで、食べるでないワ……ゆっくりとじゃ……」


 二人は、夢中になってバナナにかじりつく少女を、優しく見まもっていた。




「――うむ、だいぶ元気になったようじゃ……まずはひと安心と云ったところかのう、村長?」


「そうですねぇ……バナナ、十本も食べちゃいましたよ、この子……スゴイですねぇ……」


「……そんなに持って来ていた村長もスゴイがの」


「えへへ……」


『あ、ありがとう……とても美味しかった』


「ふむ……? まだ喋らぬのう? 腹が減って喋れなかった訳では、無かったのかのう?」


「ええ……なにか、病気ですかね?」


『わたし……声……出しちゃダメって、言われてるの……』


「ほう、そうなのか? 誰にじゃ?」


『……せんせい……』


「せんせい……? その先生とやらは、何処におるのじゃ?」


『……死んじゃったの……このあいだ』


「なんと!」


「えっ!? お嬢ちゃん、お父さんとお母さんは?」


は、わたしを置いて……遠い場所で働いてるの……わたしはセンセイと二人で、この森のズ~ッと奥で暮らしていたの……』


「な、な、な、なんじゃと……」


「そ……そんな、それじゃあ、お嬢ちゃん……今まで一人で……?」


『……センセイが死んじゃって、一人っきりになっちゃって……わたし……おっ父とおっ母の所へ、行こうと思ったんだけど……森の中で道に迷って……オナカが空いちゃって……』


「う、ううっ……けなげな子じゃのう……ぐしゅっ……危ないところじゃったワイ……」


「ほ……ホントに……ぐすっ……アタシたち、イイ事しましたね……」


『……バナナ食べさせてくれてありがとう! あんな美味しいの食べたの、初めてっ!!』


「いいんじゃ、いいんじゃよ……じゅびっ……」


「ば、バナナっぐらい……おっちゃんが、いくらでも食べさせてあげるよォ……ぷしゅん……」


「……そ、そうじゃ、村長! ワシらでこの子を、父母の元へ、送り届けてやろうではないかっ!」


「あっ! そ、そうですね、お武家さまっ! そうしましょう!!」


『え!? イイの……?』


「よいとも! どうせワシらは当てもない、気楽な旅じゃ!」


「ええっ!? 武者修行って、気楽な旅なんですかっ!?」


「うっ! む! ご、ゴホンっ! も、モノの例えじゃよ、村長…… ところで少女よ、おぬし、名はなんと申す?」


『……わたし……サイレンたん……』


「三連単? 『勝ち馬投票券』のような名前じゃのう?」


「お、お武家さま……サイレンって名前で、『サイレンちゃん』って言ったんじゃないですか……? だから『サイレンたん』って、なっちゃったのでは……?」


『そうそう! それそれ!』


「ふむ、そうなのか? 頭の中で喋っているのに、舌っ足らずとは……? そのあたりはドウなのじゃ? サイレン」


『……そう言った方が、キャラが立つから可愛がられるって……センセイが……』


「――先生……策士ですね……」


「うむ……中々やりおるワイ……」




 ――こうして、武芸者と村長の、『サイレンを親元へ届ける旅』が始まったのだった。

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