第53話 何のことだ?

「クロー、今日はお風呂入るわよー」


 自分の身体を清め終わったアリアが我を呼ぶ。はぁ。また憂鬱な時間が来てしまったか…。我は諦めてアリアの元へと歩き出した。


「足取り重いわねー。そんなに濡れるのが嫌なの?」


「それはいい。もう慣れた」


 我が何度風呂に入れられたと思っているんだ。いい加減濡れる感覚にも慣れる。冷たくないようにお湯だし、すぐに乾かしてくれるから濡れるのはそんなに嫌じゃない。むしろお湯に浸かるのは温かくて気持ちが良い程だ。


「じゃあ何が嫌なのよ?」


「石鹸がな…」


 石鹸のモコモコの泡で洗われると、全身の毛がキシキシと軋んでしまうのだ。その感覚が慣れない。


「でも石鹸で洗わないと綺麗にならないから」


 石鹸で洗うのは外せないらしい。はぁ…。


「じゃあ入れるわよー」


 アリアが我の身体を持ち上げてたらいの中に入れる。足の肉球から温かいお湯の中に浸かり、毛がお湯を含んで重くなっていく。アリアがお湯を救い上げ、我に掛けていく。我は水が耳に入らないようにペタンと倒した。


「洗うわよー」


「はぁ…。もう好きにせよ…」


 アリアが手で石鹸を泡立て、我をワシャワシャと洗い始める。我にあるのは諦めの境地だ。どうせ逃れられないのだ。ならば無駄な足掻きは体力の無駄である。


 アリアにこうして洗われるのは、これで何度目だろうか?だいたい月に一度洗われるから…10回は超えているな。なにせアリアとは、もう一年以上時を同じくしている。それだけでもう12回を超えるだろう。


 この一年は色々なことがあった。一番大きな変化はアリアと出会い、魔法の存在を知ったことだろう。初めは魔法の魔の字も知らず、魔法も使えなかった我が、今ではクラス最強の使い魔だ。


 アリアと出会ったことで、美味い飯にもありつけるようになったのも大きい。それまで空腹を満たすために仕方なく食べていた食事が、美味しい飯を食べるようになって、我の楽しみの一つになった。最近はついつい食べ過ぎてしまうこともある。


「ゴシゴシー。あ!やっぱりあなた太ったんじゃない!?お肉が摘まめるし、お腹なんてたぷたぷよ。これはダイエットしないと…」


「必要ない」


「太り過ぎは身体に良くないのよ。絶対ダイエットしてもらうから!」


 やれやれ、また面倒なことになったな…。ダイエットって何するんだろう?太ってても良いと思うんだがなぁ。たしかに俊敏性は損なうかもしれないが、その代りに力が強くなる。悪いことばかりではないと思う。


「猫のダイエットって何すればいいのかしら?やっぱりランニング?」


「面倒だな…」


「そんなこと言わないの。私も走るから一緒に頑張りましょ」


「アリアも太ったのか?」


「失礼なこと言わないで。これでも気を付けてるんだから」


 我はアリアの身体を見る。たしかにこの一年でほとんど変化が無い。僅かに変化があったのは、胸くらいか。胸が尖った様に小さく膨らんでいる。胸の先端のピンクが、我を洗う為に腕を動かす度にふるふると揺れている。


「よいしょっと」


 アリアが我の下半身を洗うために身体を前に倒した。我の目の前に胸のピンクの先端がくる。先端が、まるで我を誘っているかのように、ふるふると揺れだす。舐めてみた。


「ひゃうんっ」


 アリアの身体がビクンと仰け反った。そのままペタンと床に座り込み、舐められた胸を手で隠す。顔が真っ赤だ。


「え!?何?今の?え?クロ?あなた何かした?」


「何のことだ?」


 我はアリアの予想外の反応に怖くなり、すっとぼけた。


「違うの?じゃあ何が…」


「そんなことより、お湯が冷めてきた。洗うなら早くしろ」


「あ、うん…」


 アリアがおずおずと我を洗うのを再開する。またピンクの先端が揺れだす。動くものを見るとちょっかい出したくなるのは猫の本能だ。だが、我は手を出すのを我慢する。先程のアリアの過剰な反応…一体何だったのだろう?

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