第51話 これがあれば…!
使い魔の模擬戦の時間。以前は嫌いだったが、今は待遠しかった。理由は簡単、早く新しく覚えた影を操る魔法『操影』を模擬戦で試してみたいのだ。うずうずしている。
「ではこれより模擬戦を開始する。最初は、ハーシェ君とルーデルチ君だ」
「「はい」」
「いくわよ、クロ」
アリアに続いて前に出る。ルサルカとイノリスが前に出る姿が見える。初っ端、しかも相手がイノリスとは、相手にとって不足はない。イノリスはこれまで無敗だ。一回引き分けはあるが、後は全て勝利で飾っている。クラス最強の使い魔と言ってもいいだろう。
「では、両者位置について」
先生に促され、アリアの前、開始位置につく。
「分かってるわね?最初が肝心よ」
「分かっている」
アリアの言葉に頷き、開始の時を待つ。
「では、始め!」
開始の合図が聞こえた瞬間、我は実体化と操影の魔法を自分の影に使う。自分の影を操り、自分を丸く包み込む様に展開する。早さが重要だ。歪でも良いのでとにかく早く展開する。周りから見たら、我が突然黒い球体に取り込まれたように見えただろう。
「へぶっ!」
展開が完了した瞬間、息を付く暇もなく強い衝撃に襲われ、左側の影の壁に体が叩きつけられた。身体が殴り飛ばされたのではない。イノリスが影のドームを殴った衝撃でよろめき、左の壁にぶつかっただけだ。
イノリスは開始と同時に高速で相手に肉薄し、殴り飛ばすことを得意としている。イノリスの模擬戦を見ているとイノリスの初手は必ずそうだった。身体能力を強化したイノリスの速度は脅威だ。生半可な回避では間に合わない。たぶん我では回避できないだろう。だから、我は回避ではなく、防御することにした。
「うおっ!」
イノリスが自分の一撃を防がれたことで、追撃を繰り出してきた。その度に影のドームが殴られた衝撃で動き、中にいる我はドームの内側に叩きつけられることになった。けっこう痛い。なんだか自分がイノリスの玩具になったような気分だ。傍から見たら、イノリスが半球状の玩具にじゃれ付いている様に見えるだろう。
「この…調子に乗るなよ!」
我は影のドームを操り、イノリスに向けて槍の様に鋭い突きを放つ。六度放つが、全て回避されてしまった。しかし、距離が空いたためイノリスの攻撃が止む。漸く息をつく暇を得た。この隙に我は伸びた影の槍を回収し、ドームをトゲトゲに加工していく。ふっふっふ、これで下手に手が出せまい。イノリスの弱点は遠距離攻撃の手段が無いことだ。肉弾戦にはめっぽう強いが、こういう搦め手は苦手だろう。
暫し、イノリスと影を挟んで睨み合う。イノリスは攻めあぐねているようだ。我はイノリスに意識を集中する。正確にはイノリスの影に意識を集中していく。
「喰らえっ!」
イノリスの影を実体化し、操る。イメージするのは硬い柱だ。影の柱を下からイノリスの顎に打ち付ける。予想外の一撃だったのか、意識外の衝撃を受けたイノリスの身体が仰け反り、ビクリと震える。だが、まだ足りない。
「まだまだぁ!」
イノリスの影を操り、イノリスの身体を影で覆っていく。頑丈さに重きを置いた影だ。いくらイノリスの身体能力でも抜け出せまい。自分の身体が絡め取られているのに気が付いたイノリスが暴れる。
「グアァアアアアァ!」
ピシピシ
イノリスの力に耐えかねて、イノリスを覆っていた影に罅が走った。マジか!?我は新たにイノリスの影を実体化し、イノリスを更に覆い、硬め、身動きを取れなくしていく。
「イノリス!」
ルサルカがイノリスを覆う影目掛けて石の槍の魔術を放つ。石の槍が命中した箇所の影が少し削られるが、それだけだ。我は影を操り、罅割られた影や削られた影をすぐに補修し、更にイノリスの身体を影で覆っていく。
「クロ、いくわよ!帳!」
アリアの魔術が発動し、イノリスの周りが暗くなる。我はアリアの魔術によりできた影を実体化する。イノリスを含む空間が影に飲まれる。ここまで厚い影に覆われれば、流石のイノリスでも抜け出すことはできまい。以前、使用を禁じられた戦法だが、呼吸ができないのが問題であって、影を操り、顔を出して呼吸できるようにしてやれば良い。影の中から現れたイノリスの顔は、なんだか情けない顔をしていた。
「にゃー…」
「そこまで!ハーシェ君の勝利とする」
先生により、我らの勝利が告げられた。やった!イノリスに勝ったぞ!
「クロー!やったわ!ってこの影の実体化の魔法解いてよ」
アリアが我に駆け寄ってきたが、影のドームの前で右往左往している。そうだな、もう模擬戦も終わったし、解除しなくては。我は影の実体化の魔法を解いていく。影のドームが消え、イノリスを拘束していた影も姿を消す。
「やったわクロ!私達、やればできるじゃない!」
影のドームが消えた途端に、アリアに抱え上げられて抱きしめられた。ちょっと苦しい。アリアはイノリスに勝てたことがよっぽど嬉しいらしい。我も嬉しい。これまで模擬戦では負け続きだったが、今回はクラス最強のイノリスに勝てたのだ。これは実質我が一番強いということではないか?違うか。
あのイノリスにも勝利できる力。これがあれば…。
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