第45話 おっほぅ
最近暑くなってきたな。日向で寝たりすると、信じられないくらい毛が熱くなることがある。どうも黒い毛というのは、他の色の毛に比べて熱くなりやすいようだ。そのせいか、我は他の猫に比べて暑がりだと思う。これも黒い毛を持つ者の宿命か…。闇夜に紛れやすいという利点もあるが、こうして欠点もある。世界とはうまくできているものだなぁ。そういえば、アリアも黒い毛だな。アリアも暑がりなのだろうか?
「暑いわねー…」
下着姿で机に向かっているアリアが零す。今は夕食も食べ終え、とっくに日も沈んで涼しくなってきた時間帯だ。我にとっては丁度良い気温である。それでも暑いと言っているのだ。アリアは我にも増して暑がりのようだな。
「はーもう!休憩!」
アリアがペンを投げ出し、片手で首にかけたタオルで顔を拭っている。そして、もう片方の手で何かをつかみ取ると、自分の顔に向けて構えた。
「はぁーー」
気持ち良さそうなアリアの息が漏れる。風もない室内で、アリアの髪がそよそよと靡いている。きっと、先程手にしたのは風を起こす魔道具なのだろう。
「よし!」
アリアはしばらく風で涼んだ後、掛け声を上げて机に向き直った。
「先程から何をしているのだ?」
「宿題よー。指定された魔術陣をフリーハンドで描いてるのー」
アリアが手も止めずに答える。何を言ってるのか、さっぱり分からなかった。まぁ、なにか作業をしているのだろう。アリアと生活を共にして気が付いたが、人間とは忙しない生き物だ。いつも何かをやっている。授業だったり、買い物だったり、この前なんて野外学習とかで歩き続けていた。今も宿題とやらをしている。疲れてしまわないのだろうか?たまには何もしない時間を持つのも良いと思うんだがなぁ。
「良し!終わり!くーぅ!」
しばらく経つと、宿題が終わったらしい。アリアが腕を上げて背を伸ばしている。そして椅子から立ち上がると、振り返る。我と目が合った。
「さぁクロ。新しい魔法の練習するわよ」
宿題が終わったと思えば、すぐこれだ。本当に人間というのは忙しない。
「使い魔は平均四つの魔法を覚えているわ。クロはまだ二つ。まだクロには使える魔法があるはずよ」
最近アリアは我の新しい魔法の習得に熱心だ。我も新しい魔法を覚えたいので協力している。
「できれば、攻撃できる魔法が良いんだけどね。模擬戦の戦績も上がるだろうし」
模擬戦か…。負け続きだからなぁ。我が勝ったのは亀くらいで、後は全敗だ。リノアにも負けた。我らが勝てない理由、それは手数の不足だと思う。我らの攻撃手段は、アリアが魔術で影を飛ばし、我が魔法で物質化することだけだ。我単体での攻撃手段が無い。相手は主、使い魔で二回攻撃してくるのに、こちらアリアと我を合わせても一回しか攻撃できない。しかも、アリアは魔術の発動が遅い。必ず相手に先手を許してしまうし、こちらの攻撃回数は相手の半分以下になってしまう。アリアが我に攻撃手段を求めるのも不思議ではない。
「練習はいいが…その前に背中を掻いてくれないか?」
実はさっきから背中が痒い。
「分かったわ。ちょっと待ってなさい」
そう言ってアリアは机に掛けてある鞄からブラッシング用のブラシを取り出す。どうやら本格的にやってくれるらしい。
「ほらクロ。こっちに来なさい」
アリアに近づくと、背中をブラシでゾリゾリとブラッシングされる。気持ちがいい。だが……。
「もうちょっと上だ」
「はいはい」
アリアの操るブラシが丁度痒かった所に当たる。おっほぅきもっちー。
「ほら、横になって。クロの魔法は影に特化しているわ。影を作るとか、影を飛ばすとか色々試してみましょ」
「その辺は試してみたが、いまいちピンと来なくてな」
思いつくようなことは一通り試してみたが、なかなか形にならなかった。
「そう…。クロの新しい魔法ってどんな魔法なんだろう?…はい、反対向いてー」
ゴロリと寝返りを打つ。或いは、我の魔法は今ある二つだけなのかもしれないな。平均四つ覚えるというだけで、必ず四つ覚えるわけではないのだ。
◇
ゴーンゴーンゴーン
朝の鐘が鳴っている。
「うぅーん…はぁ…」
アリアが一瞬目を開けるが、すぐに閉じられてしまった。そして、規則正しい寝息が聞こえてくる。どうやら、また眠ってしまったらしい。やれやれ、我が起こしてやるか。我はアリアの腹の上で起き上がり、伸びをする。尻を上に突き出すように、グッと背中を反らす。くぅー気持ちがいい。さて、アリアを起こすか。
「アリア!起きろ!鐘が鳴ったぞ!」
我は声をかけつつ、アリアの胸を乱打する。アリアの胸は固い。振り下ろした肉球には、胸骨の感触がダイレクトに返ってくる。
「うぐぐぐぐ。分かったから~。止めなさ~い」
ふにゃふにゃのアリアの声が静止を求める。
「起きたかアリア?」
「あぁ~もう。今日は休みなのに~」
「今日も休みなのか?」
昨日も一昨日も休みだったはずだ。今日は授業があると思ったのだが。
「今は夏休みよ。しばらくは休みが続くわ」
よく分からんが、しばらく休みらしい。
「というわけで、お休み~」
アリアがまた寝始めようとしている。
「待てアリア。我は腹が減ったぞ」
「あ~そっか、それがあったわ…。私は別に食べなくてもいいけど…」
コイツ、正気か!?飯が要らん奴がいるとは…。
「我は食べたい!もう腹がペコペコだ」
「そうよね~…。仕方ない、起きるか」
アリアが渋々起き上がる。最悪、我の朝食が無くなるところだったのか。これからも、休みなど関係なく、アリアを叩き起こさねばいかんな。我が決意を固めていると、アリアがそのまま部屋を出て行こうとする。
「待てアリア。髪くらい整えたらどうだ?みっともない」
「…あなたに言われるとは思わなかったわ」
どこに目を付けているのだろう?我の毛並みを見てみよ、綺麗に整っているだろうに。人間の着る服についてはよく分からんが、毛並みについては、我はちとうるさいぞ?
アリアが面倒くさそうに椅子に座り、髪を梳かしていく。アリアの髪は長いからな、時間がかかりそうだ。
食堂に着くと、レイラとルサルカの姿を見つけた。二人ともすでに食事を始めている。アリアと我はそこに合流し、食事を始めた。三人娘は食事中もおしゃべりが止まらない。食べることよりも、しゃべることに重きを置いているみたいだ。
「夏休みねー…。こんなに長い休み貰っても、することが無くて暇なのよね」
「あたしも。遊びに行きたいけど、どこに行けばいいのか分からない」
やることがないなら、ゆっくりすれば良いのに。人間は働き過ぎなのだ。たまには、何もない時間を謳歌すればいい。
「でしたら、王都の観光でもしますか?お二人ともまだでしょう?よろしければ私が案内しますよ」
「ほんと!?私、王都ってほとんど見てないから助かるわ」
観光とはなんだろう?探索の一種だろうか?たしかに自分の住む場所の情報は大事だ。敵の居場所や、危険な場所の情報は時に命を左右する。
「あとは何か趣味を見つけてみては?」
「趣味?例えば?」
「そうですね。例えば、刺繍やレース編み、お裁縫、後は読書なんてどうでしょう?たしか、学院の図書室に物語の本があったはずです」
その後も三人娘の話は続く、もうとっくに食事も摂り終わっているのに食堂に居座るつもりのようだ。我は腹いっぱい食べて、眠たくなってきていた。一眠りするか。
「アリア、我は部屋に戻るぞ」
アリアに一声かけて部屋に戻る。食堂は人通りが多くて落ち着かないのだ。部屋でゆっくり寝たい。
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