第40話 あの狂乱は、いったい何だったのだろう?
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ…たぶん。ほら、浮いてるもの」
翌日。昼食を終えた我らは、船着き場へと来ていた。これから船に乗るのだが、我は船というものが信じきれずにいた。こんな大きい物が水に浮くなんて信じられない。だが、そんな我を嘲笑うかのように船は水の上に浮いている。不思議だ。そうだな、事実は認めないといけない。認めようじゃないか、船は水に浮く。それはいい。だが、いくらなんでもこんな人数で乗れば、流石に沈むんじゃないか?
「やはり乗りたくない」
「何言ってるのよ。あなたも乗るの」
アリアは我を抱き上げると、逃げられないようにか、きつく抱きついてくる。
「あなた太ったんじゃないの?前よりも重い気がするわ」
そして遂にアリアが船に乗る番がきた。
「い、行くわよ」
アリアの声が震えている。アリアも船に不安があるのかもしれない。アリアが恐る恐るゆっくりと船に乗り込む。船は小揺るぎもせず、見事アリアと我を支えてみせた。すごいな船。
「ほら、大丈夫だったじゃない」
アリアが我と自分に言い聞かせるように呟くと、先に乗っていたルサルカの隣に腰を下ろし、我を太ももの上で抱えた。ルサルカの傍にイノリスの姿はない。イノリスは我の影の中で待機中だ。イノリスは身体が大きいからな。イノリスが乗れるような大きな船だと、今度は金が足りなくて乗れないらしい。人の世とは世知辛い世の中だ。何をするにも金がかかる。
「イノリス残念だったわね」
「おっきーからね。仕方ないよ。寂しいけどね…」
「にゃ~」
我の影の中からイノリスの声が聞こえる。影の中からでも音は聞こえるからな。きっとルサルカを元気づけようとしているのだろう。
「ふふっ、そうだね、イノリス」
ルサルカが笑顔を見せた。きっとイノリスが気の利いた言葉でもかけたのだろう。流石はイノリスだ。やはりいい女だな。
しばらくすると船が動き出した。船は徐々に加速し、川を上っていく。歩くよりもずっと速い速度だ。
「速い速ーい!」
「このぶんだと、オマルハマまであっと言う間ね」
「風がきもちー!」
船が風を切り進んでいく。耳が風でゴウゴウとうるさいので、我は耳をペタンと倒した。
「なんだか寒くなってきたわ」
「うん、寒い」
最初は新鮮で気持ちよかった風も、ずっと当たっていれば寒くもなる。アリアもルサルカも腕を摩っている。
「あっ!そうだわ、クロ、毛布出して。二枚ね」
なるほど、毛布で暖を取ろうというわけか。我は早速毛布を出す。
「ありがと。ヒルダ様、良かったら毛布、レイラと使ってください」
アリアが後ろの席に座っていたヒルダに毛布を渡すと、自分とルサルカで毛布を羽織った。我は毛布に巻かれて、顔だけ毛布から出ている状態だ。しばらくすると、じんわりと暖かくなってくる。温い温い。
「クロ、あなたあったかいわね」
「どれどれー、お!ほんとだ」
アリアとルサルカが冷えた手で我に触れてくる。お前らが温かい分、我が冷たい思いをしているのだが?はぁ、仕方ない、我慢してやるか。
日が少し暮れて、空が赤く燃えだした頃、我らはオマルハマに到着した。船ってすごいな。座っているだけで、歩くよりも早く移動できる。
船から降り、船着き場からオマルハマの街の中に入る。イノリスを影から出したら、軽い騒動になり、そのせいで警邏の者に事情聴取を受け、時間を取られたりもしたが、今は警邏から解放されて、店で飯を食べているところだ。
「やはりサンベルジュに比べるとお魚が割高ですわね。王都で食べるよりも安いですけど」
「お金まだありますから頼みますか?」
「でしたら、わたくしお酒が頂きたいわ」
「「お酒!?」」
「お酒と言っても、ワインを水で薄めた物ですわ。ジュースみたいな物です。皆さんも良かったらいかが?」
酒とはなんだろう?それよりも今は久しぶりに食べたチーズに集中しよう。相変わらず絶品だな。肉とチーズの組み合わせはやはり最強だ。
なんだろう、先程からアリア達の様子が変だ。
「それでですね、パパったらこの間、私と一緒にお風呂に入ろうとして、恥ずかしいから嫌だって言ったのですけど、私のおしめも変えた事もあるから、何も恥ずかしがる必要はないとか言い出して、デリカシーが無くて困ります。いつまでも私を子ども扱いして。私、もう子どもじゃないのに!」
「分かります。分かりますわ。わたくしもお父様にいつも子ども扱いされて、悔しいやら腹立たしいやらで」
「アハハハハハ。私なんてお父さんとケンカしてやったことあるわよ!」
「うぅ…お父さん…お母さん…ぐすっ…」
四人とも顔や耳が赤いし、言動がおかしい。普段大人しいレイラが声を荒げているし、いつも元気なルサルカが泣いている。アリアなんて先程から笑いっぱなしだ。一見平気そうに見えるヒルダも、身体がふらふらと前後に揺れていて見るからに危ない。コイツ等大丈夫だろうか?一体何があったというのだ。
「おかわりですわ!」
「あたしも…!ぐすっ」
「お嬢ちゃん達、もうその辺にしといたらどうだい?」
「飲まなきゃやってられませんわ!」
「えー…。嬢ちゃん達にもいろいろあるんだな…。でもダメだ!」
その後、お代わりは何故か受理されることはなく、アリア達のどんちゃん騒ぎは終焉を迎えた。今は宿に向かって歩いているところだ。
「風が涼しいですわ、気持ちいい。酔いも醒めてきましたわね」
「私ったら、なんてはしたないことを大声で…」
「お酒って楽しいのね。まだ少しいい気分だわ」
「あたしも、なんかすっきりした」
やっといつものアリア達に戻ってきた。もう大丈夫だろうか?あの狂乱は一体何だったのだろう?
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