第35話 愛してると言ってもいいね

「街が見えます。この森を抜ければすぐの場所です」


 レイラが宣言する。その目は閉じられ、何かを見ているようには見えないが断言してのけた。実はこれにはキースの魔法が関係しているらしい。キースの魔法は以心伝心。キースの見ている風景や聞いている音等を相手にそのまま伝えることができる。それを利用して、キースが上空からの景色をレイラに見せて、周囲の状況を確認しようとしているところだ。


「レイラさん、その街の近くに川は見えますか?」


「はい、見えます。街のすぐ傍を川が流れています」


「ここから街までどのくらいかかりますか?」


「正確には分かりません。ですが…おそらく日が暮れる前にはたどり着けるかと思います」


 その言葉を聞き、ヒルダが頷いた。


「レイラさん、もう結構ですよ。ありがとうございました」


「はい。キースありがとう、もういいわ」


 レイラが目を見開く。青い瞳がキラリと輝き綺麗だ。


「わたくしは、中間の街オマルハマだと思います。今日中にたどり着けそうですし、このまま進みましょう」


 反対意見は出なかった。日はだいぶ傾いているが、野営の準備をせずにこのまま進み、街に入るつもりのようだ。一行は休憩を終えてまた歩き始める。




「街が見えました!」


 森を抜けると、それほど離れていない場所に石の壁が見えた。森の木々が邪魔して見えなかったが、どうやら知らない内に随分と近づいていたらしい。


「後少しですわ。皆さんがんばりましょう」


 一行の歩くスピードが速くなった。一刻も早く街の中に、安全な場所に入りたいのだろう。もう夕方を過ぎ、辺りが暗くなってきている。人間は夜目が利かないからな。暗闇を恐れている。もしかしたら、昨日の夜オオカミに襲われたことも、それに拍車をかけているかもしれない。




 街に入るのに一悶着あったせいで、街に入れたのは日が暮れて夜になってからになってしまった。まったく門番の奴等め、イノリスが危険だなんだと騒ぎおって、こんなに心優しい女はそうはいないぞ。


「ここがオマルハマ」


「イノリスも入れてよかったですね」


「にゃ~」


「先に宿を確保してしまいましょう。空いているといいのですけど…」




 宿はすぐに見つかった。この街は宿がいくつもあり、探すのも苦労しなかった。


「部屋に置く荷物もありませんし、先にご飯にしましょう」


 部屋には入らず、また宿の外に出た。どうやら宿の外に飯を出す店があり、そこで食べるようだ。


「クロ、大人しくしてなさいよ?絶対、他の人の料理を盗っちゃダメよ?盗ったらご飯抜きですからね」


 アリアがすごい念を押してくる。アリアが飯をくれるなら、わざわざ盗る必要もないのだ。そんなに心配しなくても良いのだが。


「イノリスが入れそうな店がありませんね」


「あの店はどうでしょう?店の外に席がありますので、そこで食べれば良いのではありませんか?」


「そうですね。そうしましょう」


 飯を食べる店が決まったようだ。四人が店の外に置かれた席に着くと、ウェイトレスがイノリスにビビリながら近づいてきた。


「…いらっしゃいませ。噛みませんよね?」


「大丈夫ですわ。それよりもメニューを」


 ウェイトレスがヒルダにメニューの書かれた板を渡す。どうやらメニューの書かれた板は一つしか無いようだ。四人で顔を突き合わせてメニューを見ている。


「クロ、あなたは何食べたい?」


「我はチーズが食べたい」


「本当に好きなのね」


 何を当たり前のことを、愛してると言ってもいいね。若干呆れた表情のアリアがウェイトレスに注文してくれる。


「すみません、煮た鳥のささみに焼いたフレッシュチーズをかけた物を下さい。チーズ多めで。猫にあげるものなので、器は適当なものでいいですよ」


「猫にチーズ…?分かりました」


 ウェイトレスが皆の注文を聞き、店へと足早に戻っていく。


「皆さん、今日もお疲れさまでした。旅はまだ続きます。今日の食事と宿で英気を養いましょう」


「本当に疲れたわ。足が棒みたい」


「もうアリアったら。でも本当に疲れましたね。こんなに歩いたのは初めてです」


「足が疲れたら揉むといいよ。よく揉むと明日に響かない」


 アリア達が皆して足を揉み始めた。


「本当に効くのかしら?でも揉むと気持ちいいわね。レイラどうしたの?」


 レイラが微笑みを浮かべている。何かいいことでもあったのか?


「いえ、自分の足ではないように硬くなっていて。それが少しおかしくて」


 四人が足を揉んでいると、先程のウェイトレスが両手に料理をもって現れた。まだイノリスが怖いのか、イノリスからは距離を取っている。失礼な奴だ。


「鳥の胸肉の茹でた物はどなたですか?」


「はい!」


「こちらにも一つください」


 どうやらリノアとイノリスの飯が来たようだ。ヒルダとルサルカがそれぞれ使い魔に飯を与えている。イノリスなんて一口でペロリだ。


「おかわりお願い。ささみでもいいよ。後10個は食べるからじゃんじゃん持ってきてー」


 ウェイトレスが慌てて店へと帰っていく。そしてすぐに戻ってきた。


「ささみのチーズの方は?」


「こっちよ」


 アリアが飯を受け取る。ここまでチーズの芳醇な香りが漂ってきた。


「はい、熱いから気を付けなさい」


 アリアが我の前に飯を置く。肉の上にたっぷりチーズが乗っていた。チーズで肉が見えない程だ。鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。チーズのまろやかな匂いが鼻いっぱいに広がる。あぁ良い匂いだ、食欲をそそる。だが、匂いを嗅いだだけで分かる。コイツは熱々だ。。湯気ももくもくと出ている。アリアも熱いと言っていたし、しばらくは食べれんな。我は飯の前に座り、飯が冷めるのを待った。




 もういいだろうか?だいぶ待った。湯気もおさまってきたし、何より我の腹が限界を叫んでいる。恐る恐るチーズに近づき、一舐めした。熱いっ!だが、食べれない熱さではない。ペロペロとチーズを舐め取っていく。美味い、やっぱりチーズは最高だ。


 チーズを舐め取っていくと、肉が顔を出した。そうだ、肉もあったんだった。チーズに夢中で忘れていた。だが今更肉というのもな…。我はチーズに満足している。できればチーズだけで腹を満たしたいが、それにはチーズが足りない。仕方ない、肉も食べるか。ガブッ。


 んっ!?なんだこの美味さは…!?


 肉が美味い。この味ひょっとしたらチーズよりも…!もう一度肉に齧りつく。美味い。この味は…肉の味自体は淡泊と言っていい、たぶんいつも食べてる肉だ。馴染みがある。その淡泊な味の肉と、濃厚な味のチーズが合わさることによって、チーズ単体以上の極上の味へと昇華されている。


 肉の淡泊な味がチーズに疲れた口の中を癒し、肉の味が加わることで、よりチーズの味が明確に感じられる。肉単体ではパサつきが目立ったが、それをチーズが優しく包み込み、潤いを与えている。

 どちらも単体で別々に食べるよりも、合わせて一緒に食べた方が美味しい。まさかこんなことが起こり得るなんて…!味の相乗効果とでも言えばいいのか。これは世紀の大発見だ!


 我は早速この発見を教えてやりたくなった。


「アリア、良いことを教えてやろう。肉とチーズ合わせるとうまいぞ!」


「知ってるわよ。美味しくてよかったわね」


 なん…だと…ッ!?


 もう知っていたのか…。これも人間の英知というやつか。まったく人間とは末恐ろしいな。

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